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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(6)足掻く者たち


 最終形態の発動――それは特務執行官にとっての切り札であり、かつては大きな損害を出しつつも勝利を約束させるものであった。

 しかし、戦いの激化に伴い、それは絶対でなくなった。【統括者】や新種といった新たな脅威に対抗するにはイーブンか、あるいはそれ以下にまで落ち込んでいるというのが実情だったのである。


「はああぁぁぁっっ!!」


 鋼と化したメルトメイアは、間断なき打撃を繰り出す。

 それは普段の彼女を知る者が見たら、意外に思えるほどの連撃だったろう。光を纏って空を切り裂く手刀や蹴りが、容赦なく赤眼の影を襲う。

 その攻撃を時に受け止め、時にいなしながら【イアペトス】は哄笑する。


「なかなかやるようになったな……特務執行官の女!!」


 弾ける光と闇のスパークが、辺りの空間すらも震わせた。

 ぶつかり合う異常な力と力の余波が、嵐となって荒れ狂っていた。

 もしこの場に人間がいようものなら、あっという間に消し炭になって吹き飛んでいたことだろう。


(くっ……やはり、まだ足りない……!)


 しかし、攻めているはずのメルトメイアは、焦燥に駆られていた。

 訓練によってある程度A.C.Eモードの制御が可能になってはいたが、完全ではない。エネルギーの収束が甘いためか【イアペトス】の防御を突き破れずにいる。

 元々、直接戦闘を得意としていない彼女では、今のところここが限界だった。


「だが、こんな単調な攻撃で我を倒そうとは、お笑いだ!!」


 すると、それまで受けに回っていた【イアペトス】が攻撃に転じた。

 メルトメイアの打撃の軌道を見切った彼は、カウンター気味に手にしたエネルギーを叩き付ける。


「ぐぅっっ!!」


 爆音と共に、天に広がった衝撃波。

 鋼の女神の身に亀裂が走り、鮮血が舞う。

 そのままメルトメイアは、荒れ果てた人工の大地に落とされた。


「多少、力を得たところで、それを生かす術を身に着けていないのではな……」


【イアペトス】は、侮蔑気味に言い放つ。

 力もさることながら、とっさの判断や技量面でもメルトメイアは劣っている。

 戦いのエッセンスが足りない者に、元より勝機などありはしない。


(……まだ、終われない。もう少し……あと、少し……!)

「まだ来るか……その気概だけは認めてやるがな」


 それでもメルトメイアは、あきらめた様子がない。

 絶えぬ闘志をみなぎらせ、再び天空に舞い上がってくる。

 その様を見つめる黒き影の目が、歪に煌めいた。






 荒れた天空に、破壊の轟音が響き渡る。

 闇に近い雲の下を飛びながら、ソルドとシュメイスは敵との距離を一定に保つ。

 時折放たれる雷のような閃光が空気を焼き、風を大きく乱した。

 その攻撃を回避しつつ、反撃の炎や真空の刃を飛ばす二人だが、龍の装甲は打ち破れない。


『あの雷撃はなかなか厄介だな』

『ああ……それに遠巻きにしても埒が明かんようだ。強引にでも距離を詰めるしかあるまい』

『なら、ここは俺に任せてもらうぜ。少し奴の注意を引いてくれ』

『? 構わんが……なにをするつもりだ?』

『そいつは見てのお楽しみってね』


 訝しむソルドを横目に、シュメイスは意識を集中した。

 その身から放たれた緑色の光の粒子が、風と共に周囲を舞う。


(エネルギーフィールドの収束……推力の集中をイメージ……あとはその通りに力を誘導するだけ……!)


 A.C.Eモードに匹敵するパワーが放たれつつあった。

 仲間の意図を汲んだソルドはその場から距離を離すと、龍の視線を誘導しつつ、接近する。

 撃ち放った炎の弾が敵の鼻先で爆発を起こすが、龍の挙動に変化はなく、雷撃が的確に彼を狙ってきた。

 しかし、重力制御を切り替え、嵐の力も利用して縦横無尽に飛び回ることで、ソルドは敵の攻撃をやり過ごす。軌道計算を乱すことで、彼は龍の照準を逸らしたのだ。


『よし。OKだ!!』


 そこで準備が整ったのか、シュメイスの声が聞こえてきた。

 とっさにブーストをかけるように、ソルドは後方へと飛んで逃れる。

 次の瞬間、空が割れるような甲高い音が響き渡り、シュメイスの身体が元いた空間から消えた。


『!? これは!?』


 ソルドは思わず目を見張った。

 一筋の閃光が龍の身体を貫き、その巨躯に大きな風穴を開けていた。

 なにが起こったのか――それは龍自身も認識できなかったのではないだろうか。動きを止めた鋼の身体は、そのまま力を失ったように海の中へと落下する。

 少し遅れて、大爆発と共に激しい水飛沫が舞い上がった。


『どうだ? 即興の割にはうまくいったろ?』


 視界を覆った水の壁が晴れたあと、数百メートルほど先の空にシュメイスの姿はあった。

 振り返ったその顔にはいつも通りの笑みが浮かんでいたが、少し消耗しているように見える。


『いったい、今のはなんだ? いつの間にあんな技を……?』


 追いつきつつ、ソルドは問う。

 先ほどのシュメイスの動きは、特務執行官である彼でさえ捉えられないほどのスピードだった。

 まるで瞬間移動かと思うほどに――。


『まぁ、前からいろいろ考えていてな。どこかで試そうとは思っていたのさ……』


 シュメイスの説明では、それはA.C.Eモードの制御訓練を生かした応用技術とのことだった。

 前面に極小のエネルギーフィールドを円錐状に展開し、後方に推力となるエネルギーを集中して爆発し、突貫する。考え得るあらゆるリソースの九割を推進力に傾け、文字通りの神速を生み出すことを目的とした技なのだと――。


『なるほどな。しかし、それはかなり諸刃の剣なのではないか?』

『ま、お世辞にもスマートな技とは言えないな……』


 普段、無茶ばかりしているソルドとは思えない言葉に、シュメイスは苦笑する。

 確かに彼本来の戦闘スタイルからは、大きくかけ離れた技である。

 事実、極小のフィールドでは突貫時のダメージを完全に軽減できず、下手すれば自爆しかねない危険性も秘めていた。加えて発動までの隙も大きいため、改善の余地は多い。


『ただ、俺も神速の特務執行官っていう肩書には、それなりに自負があってな……バカにされたままじゃ終われないってことさ』

『……?』


 それでも彼としては、この技に秘めた思いは大きかったようだ。

 最後の言葉の意味を測りかねたソルドだったが、それに対しシュメイスが説明を続けることはなく、ただ鋭い視線のみを中空に投げていた。






 凄まじい衝撃音と共に、空に閃光が弾けた。

 続いて大地が陥没し、中心を起点に放射状の亀裂を作る。


「かはっ……」


 自身の力の源たる大地に叩き付けられたメルトメイアは、口から激しく血を吐いた。

 これで何度目だろうか――すでにこの戦いで地に落とされた回数は、両手で数えられる回数を超えていた。

 朽ちる前の彫像のようにヒビだらけだった鋼の身が、光と共に人の姿へ戻っていく。

 最終形態が解除され、美しき肢体を血に染めた彼女は、震えるように立ち上がった。


「ほう……まだ立つか」


 地に降り立った【イアペトス】は、感心したように言葉を放つ。

 勝機などどこにもない状態で立ち上がった女を、赤い目が真っ直ぐに見つめていた。


「意地だけは大したものだ。それとも執念と言うべきか? それには素直に賛辞を送ろう」


 滑るようにメルトメイアの傍へとやってきた黒き影は、淡々と言う。

 その手には、すでに破壊のエネルギーをみなぎらせていた。


「だが、これ以上は無意味なことだ。【秩序の光】を砕き、今度は確実に地獄へ送ってやる」

「や……やれるものなら……やってみたら、どうです……?」

「フン……つまらぬ強がりを……」


 息も絶え絶えなメルトメイアは片膝をつき、跪くような姿勢で【イアペトス】を見上げた。

 一見、屈したとも見える姿だったが、しかしそこには別の意図があった。

 燃えるような黒い陽炎を宿した手が振り下ろされようとした瞬間、両者の間の地面が鋭く隆起する。

 大地の女神が生み出す地の槍だった。


「バカめ。同じ手を二度も食う我だと……なに?」


 かつて対峙した時に、不意を打たれた攻撃――しかし今の【イアペトス】に、あの時の油断はない。

 わずかに身を逸らすことで回避した彼だが、次の瞬間、槍は巨大な手に変化する。

 そのまま叩き付けるように、大地の手は【統括者】を抑え込んだ。


「い、今ですっ!!」


 叫びと共に渾身の力をもって地を蹴ったメルトメイアは、中空に大きく舞った。

 刹那、彼女の元いた場所の後方から、凄まじい光の奔流が飛んでくる。

 その光は、大地の手諸共に【イアペトス】を包み込んだ。


「うおっ!? うおおおおおあああぁぁぁぁぁぁ……!!!」


 絶叫が天にこだまし、すべてが光の中に呑まれた――。


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