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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(5)戦慄と予感


 それは本来、するべき戦いではなかった。

 人々を守る特務執行官は、周囲の被害を最小限に抑えて戦う必要がある。しかし今、美しき大地の女神はその思考を持っていなかった。

 忌まわしき、そして恐るべき【統括者】を相手にした戦いは、持てる力のすべてを懸けて臨まねばならなかった。


「どうした!? 偉そうなことを言っておきながら、やはり逃げ惑うだけか!!」


 荒ぶる風の中で【イアペトス】が吼える。

 着弾するエネルギー球が地を砕き、市街地を人工物の荒野に変えていく。

 動く者は他になく、ICコードを使わずともその場に来ようとする者もいなかった。


「言いたいことは、それだけですか!!」


 爆破された地を蹴って後方に宙返りしつつ、メルトメイアは意識を集中する。

 栗色の髪がなびき、その足に強いエネルギーが宿る。

 次の瞬間、空にオレンジ色の光が弾け、その反動で女神の身体は宙を加速した。


「はあぁっ!!」


 気迫の声と共に放たれる回し蹴り。

 光の軌跡が弧を描き、鞭のような足が【統括者】に叩き込まれる。

 しかし、その一撃は霞に呑まれるかのように空振ってしまう。


「なかなか面白い動きだが、やはり甘いな!!」


【イアペトス】が至近距離から、エネルギー球を叩きつけるように放つ。

 とっさにエネルギーフィールドを張るメルトメイアだが、それで簡単に防げるほど敵の一撃は甘くなかった。

 爆発と同時に彼女は吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩き落とされる。轟音と共にその身体は埋もれ、粉塵が宙を満たした。

 追撃とばかりに【イアペトス】は、落下地点へエネルギー球を撃ち込む。

 凄まじい爆発が続き、瓦礫の山が粉微塵になった。


「ほう……今のをかわすとは、なかなか進歩はしたようだ」


 赤い目をわずかながらに見開いて、黒い影は肩の辺りを揺らした。

 中空に向けられた視線の先には、いつの間に飛び上がったのかメルトメイアの姿があった。


(強い……当たり前ですけど、この姿では勝ち目はないですね……)


 短時間の攻防ではあったが、メルトメイアのダメージは少なくなかった。

 衣服が灰にまみれ、ところどころにむき出した肌は血が滲む。

 しかし、彼女の目から闘志は失われていなかった。


《INFINITY-DRIVE OVER POWER……MORPHOLOGICAL CHANGE……》


 意識を集中した彼女の身に、オレンジ色の光が宿る。同時に響く機械的な音声。

 禁断の力の解放――ACEモードの発動を彼女は選択した。

 幾重にも広がる光の輪の中で、女の身体が異形へと変わっていく。


《FINAL-MODE……ABSOLUTE COSMOS ENFORCER……START-UP》


 鋼の女神と化したメルトメイアは、光の翼を広げると改めて敵と対峙する。


「【イアペトス】……勝負はこれからです!!」

「フフフ……なるほどな。それが特務執行官の本気の姿か。どれほどのものか、見せてもらおうか!!」


 相手の変容を嬉々とした様子で眺めた【イアペトス】は、応じるように強い混沌のエネルギーを迸らせた。






 海原から飛び出した龍のような生物は、稲光の中で金属質に輝いた。

 呑み込むように襲い掛かってきた牙の一撃を、再度散開して回避したソルドたちは、各々の攻撃を叩き込む。

 真空の刃が大気を切り裂いて飛び、紅蓮の炎が爆裂して弾ける。

 しかし、龍はまったく意に介さずに動き回る。

 表面に傷がついた形跡すら、見られなかった。


『効いていないだと?』

『あの鱗が相当に硬いのか……いや』


 なにかに気が付いたようにスキャニングモードを起動したシュメイスだが、その瞬間、龍の口から雷光にも負けない電撃が迸った。


『くっ!?』


 閃光が一瞬、空を満たした。

 響き渡る轟音の中で、二人の男たちは後方に弾け飛んでいた。

 防御フィールド越しでも衝撃を緩和し切れなかったのである。仮に直撃をもらっていたら、ダメージは相当なものだったろう。


『凄まじい威力だ……!』

『ああ。だが、これではっきりした。アレはただの変異生物じゃない。紛れもない兵器……造られたものだ!』


 確信を込め、シュメイスは言う。

 生体と機械の割合が、ほぼ半々――先ほどのスキャニングで導き出された結果がそれだった。

 ただ、驚きがなくなったわけではない。少なくとも現在の地球圏で、このような高度な自立型兵器が存在するなど聞いたこともなかった。


(このようなものを、いったい誰が……? 我々の行動を阻むために差し向けた? いや……違う……)


 思考を巡らせたソルドだが、悠長に考えている暇はなかった。

 鋼の龍が咆哮を上げ、更なる電撃を中空に撃ち放ったのだ。降りしきる雨の中でスパークが弾け、熱気が渦を巻く。

 出力を上げたエネルギーフィールドを前面集中させて受け止めた二人は、その瞳に明確な闘志をみなぎらせるのだった。






 ルナルはうっすらと目を開けた。

 目の前には見慣れてきた天井、背には柔らかいベッドの感覚がある。

 ああ、また眠ってしまったのか――そんなことを思った次の瞬間、彼女は弾けるように飛び起きていた。


「兄様! 兄様は!?」

「目覚めましたか。ルナル」


 見計らっていたわけではないのだろうが、ほぼ同時に部屋の扉が開いて、アーシェリーが入ってくる。

 跳ねるようにベッドから出たルナルは、目の前に来た彼女に組み付いた。


「アーシェリー、兄様は!?」

「禁海域に向かいました。あれから五時間は経ちますね」

「なんてこと……!!」


 身を押し退けて飛び出そうとする女の肩を、アーシェリーはとっさに抑えた。


「落ち着いて下さい。なにをそんなに焦っているんです?」

「放して! アーシェリー!」

「そうはいきません。今のあなたは極めて不安定な状態なんです。理由もなしに行動させるわけにはいきません」


 鋭くも揺れる銀の瞳を、翡翠の瞳が真摯に見つめる。

 静寂の中に、張り詰めるような空気があった。

 やがて諦めたかのように視線を外したルナルは、ぽつりつぶやくように言う。


「夢を……見たの」

「夢、ですか?」


 訝しむアーシェリーに、彼女は先刻見た夢の内容を話す。

 思い出すのも憚られるほどだったのか、その身体はわずかに震えていた。

 無言で聞いていた緑髪の女の顔が、徐々に強張っていく。


「【ヘカテイア】のような殺意……?」

「ええ……なにかとてつもない出来事が兄様を襲うような……そんな予感が拭えなくて……」


 冷や汗を浮かべて弱々しく下を向いたルナルの顔を見つめ、アーシェリーは思う。

 愛憎が入り混じった泥のような感情――それが生み出した悪意は、他ならぬ彼女自身が最も良く体感していた。孤児院の墓地跡で初めて叩き付けられたあの恐怖は、今も忘れられない。


(確かに【ヘカテイア】の行方は今も知れませんが……)


 闇の中に消えた【ヘカテイア】――彼女が再び敵として現れる可能性は否定できない。

 しかし、アーシェリーの懸念はむしろ別のところにあった。

 あれは私のようでいて、私ではない誰か――ルナルが話の中で最後につぶやいた一言が、気に掛かっていたのである。


(彼女に似た誰かというのは、むしろ……ルーナ=クルエルティスのことでは?)


 ルーナのクローンとして生まれた事実を、ルナルは知らない。それはソルドと話し合った中で、まだ伏せておくべきと判断したことだ。

 しかしルーナの意思を継ぐ者は、確実に存在している。SPS強化兵のダージリン――人が生み出した脅威として。

 夢の内容がルーナもしくはダージリンを指すとして、それがどうソルドに関わってくるのか。なぜこのタイミングで、そのような夢を見たのか――。

 ただの偶然と言ってしまえばそれまでかも知れない。しかし、アーシェリーもそれを無視できないものと感じていた。

 しばし黙考した彼女は、やがてルナルに向けて頷いて見せる。


「……わかりました。では、私も行きましょう」

「アーシェリー? でも……」


 思わぬ言葉だったのか、ルナルの目が見開かれる。

 自分でも根拠が薄いと感じていたことで、同意を得られるとは思っていなかったのだろう。

 それを察したのか、アーシェリーはふっと微笑む。


「確証もなく動くのは、私らしくありませんか? ですが私だって、オリンポスにいた頃のままではないんですよ……」


 そうでなければ、あなたを救い出すことなど出来ませんでしたから――彼女は最後にそうつぶやいたあと、ルナルのもう一方の肩にそっと手を添えるのだった。


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