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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(4)迫る脅威


 戦いは、数分ほどで決着していた。

 風は炎を嬲りながら、音を立てて辺りを駆け抜けていく。

 破壊と殺戮をもたらした獅子の獣は、地より生えた数多の槍に貫かれ、呆気なく生命の鼓動を止めていた。


「掃討完了……」


 獣の前に立つメルトメイアは、その茶色の瞳に憐憫の輝きを宿す。

 覚醒からある程度の時間が経過してしまったとはいえ、新種でもないカオスレイダーに特務執行官が苦戦する理由はない。

 しかし、それはこれから始まる因縁の戦いの前奏曲でしかなかったのである。



 震える音と共に、天から光が降ってくる。

 顔を上げたメルトメイアの視界に、複数のエネルギーの球体が映った。

 とっさに飛ぶように横へ跳躍すると、彼女が元居た場所にそれらは着弾する。

 爆発、熱風、轟音――わずかに煽られて姿勢を崩したものの、すぐに身体を回転させてメルトメイアは地に降り立った。


(この攻撃は……まさか!?)

「また会ったな。特務執行官の女」


 ややあって聞こえてきた声に、彼女は表情を硬くした。

 攻撃を受けたこと自体は、意外ではなかった。むしろ圧倒的エネルギーを漲らせる敵の存在は認識しており、すでに警戒していたのである。


「……【イアペトス】……」


 煙の先に現れた黒い影を認め、メルトメイアはその名を口にする。

 かつて月のエリア・セレストで出会った赤眼の【統括者】だ。

 なす術もなく嬲られたあの日の記憶が蘇る。彼女にとって初めて自身の無力さを痛感させられた相手であり、また恥辱を与えられた相手でもあった。


「……ここに現れたのは、偶然というわけではなさそうですね」


 努めて冷静さを装い、彼女は敵に問い掛ける。

 闘志と怒り、恐怖とが入り混じった複雑な感情が、その内には渦巻いていた。

【イアペトス】がそれに気付いているかは、窺い知る余地もなかったが。


「そうだ。覚醒後の眷属を狙い、特務執行官は必ず現れる。お前たちと相まみえるには、これが一番効率が良かったのでな」

「相まみえる……?」

「この俺も、ようやく本気で戦える時が来たということだ」


【統括者】の声は嬉々としていつつも、明確な殺意を併せ持っていた。

 メルトメイアの表情が、更に険しくなる。


「もっとも、最初に会ったのがお前とは拍子抜けだ。できれば、あの【アレス】とやらに借りを返したかったのだが……それは次の機会に持ち越すとしよう」

「……そう簡単にいくと思っているんですか?」

「フン……以前とは違うと言いたいか? 確かに少し見ない間に力はつけたようだが、それでこの俺と渡り合おうなど、とんだ傲慢だぞ」


 闇の腕が掲げられると同時に、風が唸りを上げる。

 一瞬にして起こった局地的な嵐は瓦礫を吹き飛ばし、周囲一帯の崩壊を加速させていく。

 裂けていく路面に踏み止まる女の姿を見つめ、赤眼を光らせた影は嘲るように言った。


「さぁ、教えてやるぞ。女……また、その美しい身体を嬲り、辱め、絶望を味合わせてやる……」

「っっ! それ以上……言わせませんっっ!!」


 頬を紅潮させた大地の女神はいつになく激しい怒りに身を任せると、震える叫びと共に敵へ跳んだ。






 暗き空の下を、無数の雷光が走る。

 轟音が響き、凄まじき怒涛が巻き起こる。

 暴風は横薙ぎではなく、重力を無視して縦横に荒れ狂う。それはすべてを破壊し、生命を死に導く猛嵐だ。

 その中を、ふたつの光が飛んでいた。

 赤と緑の輝きを纏ったそれらは、内に人の姿を内包している。

 精悍な顔付きをした二人の青年――元特務執行官のソルドと、現特務執行官のシュメイスである。


『噂以上にとんでもない場所だな……これまで未踏査だったのも納得がいく』

『伊達に禁海域なんて呼ばれてないってことだな』


 簡易通信で、二人は言葉を交わす。

 恐るべき大自然の猛威の前に、人の声など蚊の鳴く音よりも小さい。

 本来悪天候など気にしない特務執行官が防御フィールドや引力操作に意識を振り向けなければならないほどに、異常過ぎる気候だった。


『これでは、普通の航空機は飛ぶこともできまい。ここに向かったシャトルは、やはりただの船ではないということか』

『潜行能力を有しているのかもな。もっとも、この状況で海中が安全とも限らないが……』

『いずれにせよ、追跡は骨が折れそうだ。この嵐がずっと続くとするならばな』

『ああ……』


 歪むような視界の中で、二人はどちらともなく緊張を高めていた。

 それは追跡する相手の目的以上に、禁海域という場所の特異性が気になっていたからだった。

 移動したり変化することもなく、殺人的な威力を維持したまま何百年も留まり続ける嵐――よくよく考えれば、あり得ることではない。


(まるで防壁のようだ。なにかを守るために……なにかの存在を隠すために、吹き荒れているような……考え過ぎか?)


 ふと、そんな考えがソルドの頭をよぎる。

 杞憂であれば良いと思うものの、そう言い切れない漠然とした不安が心を満たした瞬間だった。


『ソルド、待て!!』

『なに!?』


 シュメイスの警告と同時に、海面が激しく盛り上がった。

 荒波が高空の二人を吞み込むかのように迫り、波の砕ける爆音と共に中から巨大な顎が現れる。


『こいつは!?』


 雷光に無数の牙が煌めいた。

 とっさに散開することで迫る一撃を回避した二人が見たのは、輝く鱗に覆われた蛇のような怪物の姿だ。いや、蛇というよりは地球の物語で語られる龍に似ている。

 やや遅れて落雷のような着水音と共に、水柱が立ち上がった。


『今のはなんだ?』

『さてな……しかし明確に俺たちを狙ってきたようだ。見ろ』


 シュメイスの目線をソルドは追った。

 海面の盛り上がりがうねり、荒波を起こしながら二人のいる方向へと戻ってくる。


『この状況で追ってこられても面倒だな。ここは手早く片付けるか』

『仕方あるまい。あまり乗り気ではないが……』


 中空に静止したソルドたちは、臨戦態勢を整える。

 いかに危険な怪生物とはいえカオスレイダーでない以上、特務執行官が攻撃する理由はない。

 しかし今は目的を果たすためにも、後顧の憂いは断っておく必要があった。






 風のない日であった。

 元々、コロニー構造のイプシロンでは空気の流動は少ないのだが、その日は特にそう感じられる日であった。

 とある高層ビルの中、そこは薄暗がり。窓から差す光はすべてを照らさず、闇のごとき影を落とす。

 そこに煌めく鈍い輝き――螺旋を刻んだ鋼の筒が今、光の中へと現れた。


「目標捕捉……」


 ぼそりとした低い声が、誰に言うともなく放たれる。

 長い銃身を持つスナイパーライフル――それを構えた者は闇夜同然のボディスーツを纏い、鈍色の仮面をつけた男だった。

 無機質なバイザーに、青い光が輝く。

 重厚さを感じさせる先端が微かに動き、やがてぴたりと止まった。


「移動速度……毎秒十四.五八三……風速〇.二八……誤差修正完了……」


 重苦しい静けさが、一瞬辺りを支配する。

 まるで空気そのものが、鉛となったかのようだ。

 ややあってそれを打ち破り、マズルフラッシュと割れるような発砲音が響き渡った。


「……目標への着弾を確認。任務完了。撤退行動を開始する」


 再びぼそりとつぶやいた男は、長大な銃を折りたたむと、担ぐようにして動き出す。

 その動きは人と思えぬほどに俊敏で、かつ一切の無駄がないものであった。





 その男がいた場所より、千五百メートルほど先では、一台の車が立ち往生していた。

 路上に轍を刻んだ黒塗りの車を、何台かの似た車が囲んでいる。

 数名の軍服らしき服を着た人間たちが現場を隠し、周囲を取り巻くように野次馬が集まりつつあった。


「下がれ下がれ!! 見せ物じゃないぞ!!」

「救急車の手配を急げ!! 大至急だ!!」


 一般人を追い返そうとする怒声や、何者かの安否を心配する声が響く中、採光ミラーより降り注ぐ光だけが何事もなかったかのように、普段と変わらぬ有り様を保っていた。





 その事件が起こった数時間後、ネットでひとつのニュースが流れることとなる。

 それは多くの人々を――特に一部の関係者を驚嘆させる内容であった。



【秩序管理維持機構の統括副司令官イレーヌ=フォートベルク氏、暗殺さる】



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