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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX4 因縁の鎖
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(19)濁った顛末と灯された心


「ラーズが死んだだと?」


 無機質な空間で、アルビノの青年は訝しむように言った。

 わずかに頭を下げて、その問いに壮年の男が返答する。


「は……死んだかどうかは不明ですが、連絡が付かなくなったことは事実です。同時刻、奴の管理するモルフェット近郊の施設で、大規模な爆発が確認されました」

「例の特務執行官を監禁していた場所か……」


 ふむと頷きつつ、青年は大仰な椅子に背を預ける。


「懐柔にしくじったということでしょうか? その場合、特務執行官を葬る手段はあると聞いておりましたが……これがその手段だと?」

「可能性は高いだろうな」


 同じように訝しんだ視線の先の男を見やりつつ、青年は瞑目した。


「ただ、しくじったと捉えるのは危険かも知れん」

「と、おっしゃいますと?」

「ラーズは、抜け目のない男だ。敵を葬るためとはいえ、自らの生命を危険に晒すような真似は決してしない。たとえ例の特務執行官と因縁があったとしても、根本的な行動を変えはしまい」

「確かに……」


 嘆息と共に開かれた瞳が、中空を睨む。

 血の色をした輝きが、薄闇に映えた。


「……元より奴は、己が利益にしか興味のない男だった……【エアレンデル】の理念に、心から共感していたかも怪しい。裏切りまでいかずとも、我らの下を離れるつもりはあったかも知れん」

「奴の居場所を突き止めますか?」

「捨て置け。我らには為すべきことがある。特務執行官……オリンポスを葬り去るというな……」


 男の提案に青年は首を振ると、鋭い語調で言い放った。

 沈黙が辺りを包む中、鉛のようになった空気だけが、室内に滞った。






 もうもうとした煙と砂塵とが、辺りに漂う。

 あまり良好とは言えない視界の中で、アルティナは眉をひそめていた。

 視線の先には、瓦礫の山がある。なんらかの施設だったようだが、今は原形すらわからない状態だ。

 周囲には保安局の車が多数停まっており、すでに非常線が張られ始めている。元々が街から離れた僻地ということもあり野次馬こそ少なかったが、起きた出来事が出来事だけに、ただならぬ緊張感が満ちていた。


(これは……ひどいわね。サーナはあの下に生き埋めになっているってこと?)

「アルティナ」


 物陰に身を潜めつつ状況を観察していたアルティナに、突如声をかけてくる者がいた。

 ハッとして振り向いた彼女は、そこに口ヒゲを生やした男の姿を見る。


「司令!?」

「遅くなってすまなかった。この一件……思ったよりも厄介だったようだな」


 オリンポス司令官のライザスは、わずかに視線を逸らして言う。

 地下からの脱出後、すぐにここへとやってきたアルティナの服はあちこちが破れ、かなり肌が露出していた。ある程度整え直していたものの、人前に出るに刺激的な格好なのは間違いない。

 わずかに身を抱きしめつつ、アルティナは頭を下げる。


「申し訳ありません。私の力が至らぬばかりに……」

「いや、いい……これは私にも非がある。オリンポスを狙う者たちの動きを甘く見過ぎていた……」


 自らのコートを目の前の部下に掛け、ライザスは崩壊した施設跡を見やる。


「サーナは無事なんでしょうか?」

「生体反応は衰えていない。恐らくは無事だろう。ただ、いかに特務執行官といえど、完全に生き埋めになっていては脱出も難しい」


 男の顔は、やや苦々しげだ。

 瓦礫や土砂に圧迫された状況では、どれほど怪力の持ち主であっても自力でそれらを押し除けることはできない。力を振るうための余剰となる空間が存在しないからである。


「助ける手段はないんですか?」

「あることはあるが、この状況では人目が邪魔になる。せめてICコードが使えれば良いのだが……」


 存在こそ明らかになった特務執行官だが、その能力に関してはいまだ秘匿されている。仲間救出のためとはいえ、人前で力を振るうことは避けたい。

 しかし、このような時に有効な手段となるICコードも、【モイライ】なき今となっては意味を成さぬものだった。

 思案するように口元に手を当てたライザスだが、ふとそこで気が付いたように視線を巡らす。


「これは……まさか?」


 アルティナも、その異変に気付いていた。

 粉塵と異なる煌めきを帯びた粒子が、霧のように広がっていく。

 施設周辺にいる人間たちが、その霧に包まれて間もなくバタバタと倒れていった。


「……電影幻霧。この規模で、しかもこのような効果をもたらすなど……フィアネスの仕業か?」


 ライザスは意外そうに、つぶやいた。

 霧は二人に対して効果を見せず、それ以外の人間だけを昏倒させていたのである。

 元々ナノマシンを用いて一定空間に影響を及ぼす点では、電影幻夢もICコードも原理は同じだ。これがフィアネスの仕業なら、彼女はオリンポスにいた頃以上の高度な情報操作能力を手に入れていることになる。

 わずかな戦慄を覚える司令官に対し、アルティナは先刻もフィアネスが自分を助けてくれたことを告げる。


「……理由はわかりませんが、彼女は私たちに力を貸してくれているのではないでしょうか?」

「この隙にサーナを救出しろということか……」


 ウェルザーにしてもフィアネスにしても、今回の行動には謎が多い。一概に信用して良いのかは考えものだ。

 ただ、私的な感情にこだわり過ぎて好機を逃すほど、ライザスも愚かではなかった。

 瓦礫の山に意識を集中し、その右手を眼前にかざす。


(サーナの位置は……あの真下か。やり過ぎないようにせねばな……)


 スキャニングモードで状況を再確認した彼は、力を開放する。

 目標となる地点の真上に、ごく小さな黒い渦が生まれた。それは周囲の空気を震わせつつ、掃除機のように地上の瓦礫や土砂を吸い上げていく。


(凄い……話には聞いていたけど、これが司令の力なの?)


 目を見開くアルティナの傍らで、ライザスは精密に力を操っていた。

 目標の空間に小さな穴を開け、それを別空間と接続したのだ。

 宇宙船に穴が空いた時と同じように、気圧差によって物質が吸い上げられるという理屈だ。

 もっとも、単純に穴を作っただけでは無差別に被害が広がってしまう。ライザスが意識を集中していたのは、吸引の影響範囲を限定するためだった。

 指向された力によって、瓦礫の山の一部が繰り抜かれるように消し飛んでいく。

 やがて、吸い上げられた物質の中に光り輝く人の姿を認めた瞬間、ライザスは地を蹴って飛び出していた。






 闇の中でも、光に包まれていた。

 温かく、安らぎすら覚える光――永遠に包まれていたならば、どれほど幸せだったかと思う。

 しかし、安寧の時は許されない。人を捨て、人を守るために立った戦士であるならば――。


「う……」

「気が付いたか。サーナ」


 目を覚ましたサーナの前にいたのは、二人の人間だった。

 オリンポス司令のライザスと、支援捜査官のアルティナだ。その顔には安堵の色がある。


(えっと……あたしはいったい……? 確かラーズを問い詰めてたら、凄い爆発に巻き込まれて……)


 目を丸くしつつも、サーナは記憶を巻き戻した。

 因縁の男との問答、その最中で気付いた相手の真意――ラーズは己諸共、自分を葬り去るつもりだった。とっさに防御フィールドを張ったものの、崩落物に圧迫され身動きの取れなくなる中で、不覚にも意識を失ってしまったのだろう。

 状況を整理する彼女を見やりつつ、大きく嘆息したメッシュの女が口を開く。


「ま、なにがなんだかさっぱりだったけど、とりあえず無事で良かったわよ」

「うん……あたしも良くわかんないんだけど、一応、ありがとう……」


 どことなくチグハグな会話を交わす女たちに、ライザスが口を差し挟む。


「お互い共有できていない情報が、たくさんある。話はあとで聞くとして、今はこの場を離れるべきだな」


 言いながら彼は周囲の状況を観察していた。

 どうやら電影幻夢の効果が切れ始めているようで、倒れた人間たちの一部が身じろぎをしている。

 後続でやって来る者たちもいるだろう。長居する場所ではなかった。

 ライザスに促され、サーナはアルティナを抱えると天へ飛び立つ。

 吹き抜ける風の中、遠ざかっていく廃墟を一瞥した彼女だったが、そこである事実に気付いた。


(そうか……あそこは、あの処理施設の跡地だったのね……)


 かつて自身が生命を落とした地――そこでまた生命を落としかけたというのは皮肉なものだった。

 走馬灯のように巡る記憶と共に、懐かしいような不可解な気持ちが心を包む。

 しかし、同時に彼女は、あの爆発間際にラーズと交わしたやり取りが気になっていた。


(特務執行官は死ななければならない……か。【エアレンデル】だかなんだか知らないけど、厄介な奴らに目を付けられたものね。でも、あいつがそのために自分を犠牲にするかしら……?)


【エアレンデル】の目的を語って、サーナを道連れに爆発の中に消えたラーズ――しかし、臆病になることが生き残る秘訣と言い切った男の取る行動としては、あまりに矛盾していた。

 影武者やアンドロイドの類でなかったことは、サーナ自身もスキャニングで確認している。

 それでもあれが因縁の男の最期だとは、どうしても信じられなかった。


(あいつは生きてるわ……なにを企んでいるかはわからないけど、きっとまたあたしの前に姿を現すはず……)


 わずかばかりの戦慄と共に、彼女は予感する。

 因縁の鎖はいまだ絡んだままであり、忌まわしき未来に自分を引っ張ろうとしていると――。


『……カオスレイダーを巡る戦いもそうだが、人の持つ悪意も加速し世界を混迷に導こうとしている。今後人の世がどうなるか……すべては特務執行官たちの行動に掛かっているんだ……』


 サーナは改めて、ダニエルの言葉を思い返した。

 コスモスティアと共に自身を見守り続けている男もまた、未来に懸念を抱いていた。

 しかし同時に彼は、新たな希望をくれた。

 繋がる意思と共にある【秩序の光】の真の力を――。



(ダニエル……あたしたちは確かに未来を知る力を持たないわ。けど、自分の意思で進むことはできる。()()()()()()()()()()()()()()()……あたしは行くわ!)



 胸の奥に語り掛けるように、サーナは誓う。

 それは美と愛の女神の名を冠しながら愛を曇らせていた女が、確かな輝きを取り戻した証でもあった。





FILE EX4 ― MISSION COMPLETE ―


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