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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(1)悪意を知る者たち


 星々の輝きが近くも遠くも感じられる虚空の海の中に、小惑星パンドラは存在する。

 その中枢となるエリアで、オリンポス司令官のライザス=ヘヴンズフォースは、一人たたずんでいた。

 いつものシートに着くこともなく、半球の空間に立ちながら中空のスクリーンを見つめている。

 電子の輝きが照らし出すその顔は、いつになく険しいものだ。

 口元のひげを撫でながら、彼はなにかを考え込んでいる様子だった。


「すまんな。遅くなった」


 しばらくして壁面の一部が開き、その向こうから二人の男が姿を現した。

 一人は浅黒い肌が特徴的な、いかつい壮年の男である。ライザス同様、三十代くらいの見た目で、銀髪を短く刈り込んでいる。

 もう一人は長身の男で、切れ長の瞳と黒い長髪が目を惹く美形だ。見た目は二十代後半から三十代といったところだろう。


「ああ……任務も終わったばかりのところ、すまんな。ボルトス、ウェルザー」

「司令官直々の呼び出しだからな。火星の裏側からでも飛んで来るさ。それに敵も大した奴ではなかったから、どうということはない」


 ライザスの言葉に、ボルトスと呼ばれたいかつい男は歯を見せて笑った。

 かたやウェルザーと呼ばれた長身の男は、無表情のまま問いかける。


「それで、我々をここに呼んだ理由はなんだ? 別に世間話をするためではあるまい?」

「もちろん、そんなことで呼びつけたわけではない。実は、お前たちに見てもらいたいものがあってな」

「見てもらいたいもの? 通信で済む話ではないのか?」


 その言葉は表情同様に、冷たい印象だった。他の人間が聞けば、ずいぶん無愛想だと感じたことだろう。

 ソルドも似たような態度を取るが、彼の場合異なっていたのは、完全に冷徹な印象を与えるところか。

 やり取りを聞いていたボルトスは、顎を撫でながら嘆息する。


「相変わらずだな。ウェルザー……そう邪険に突っぱねても仕方あるまい。もう少し愛想よくできんのか?」

「それが任務に必要なことなら、そうする。だが今は、必要なものではない」

「ドライなことだ。フィアネスがお前を気に入る理由がわからんよ」

「なに……?」


 彼が両手を広げて首を振ると、ウェルザーは切れ長の眼を細めた。

 フィアネスという言葉が出た途端に感情の動きが見えたのは、それがウェルザーにとって重要な意味合いを持つ人物の名であるからのようだ。

 少し険悪な雰囲気の漂ってきた二人の間に立ち、ライザスはすかさずなだめる。


「二人とも落ち着け……見てもらいたいものというのは、これだ」


 そこで彼は二人に、空中に漂っていたひとつのスクリーンを向けた。

 静止画像が浮かび上がっている。炎が彩る背景の中に、黒い霧のようなものを纏った人影の姿があった。

 その目元には、金色の光が歪に輝いている。


「っ!? こいつは……!?」

「ライザス……この画像は、どこで?」


 それを見た瞬間、ボルトスたちの顔色が目に見えて変わった。

 今までのやり取りなどすべて忘れたかのように、全員の顔に同様の険しい表情が宿る。


「ソルドがメモリーに残したものだ。先日の任務で遭遇した相手ということだが……お前たち、気付かんか?」

「これだけでは、詳しいことまでわからんが……」

「この雰囲気は、()()と同じだな。なるほど……これが我々を呼び出してまで見せたかった理由か」


 奴らという単語に、いまいましさがこもっていた。それは三人にとって共通の認識であるようだ。

 ライザスは低く唸ると、スクリーンを消して言葉を続けた。


「やはり、お前たちもそう思ったか。実はコードナンバーS121の裏で、今の者が動いていたらしい」

「サプライズ・ケースの裏で暗躍か……なんの目的があって?」

「そこまではわからん。だが、ある科学者の残したSPSと呼ばれる細胞を使っていたとのことだ」

「なんだ? それは?」

「詳しくは今、【ラケシス】に調べてもらっている」


 重い雰囲気が漂う中、静寂が訪れようとした時、光が閃いてひとつの立体映像が空間に現れた。

 短髪黒髪の少女――オリンポス・セントラルの電脳人格【ラケシス】である。


『司令、お待たせしました!……って、あれ? なんでここにボルトスとウェルザーが?』


 開口一番、元気の良い声をあげた【ラケシス】は、普段その場にいない者たちの姿を認めて首を傾げた。

 そんな彼女を見て、ボルトスが表情を緩める。


「よぉ、【ラケシス】。相変わらず元気なことだな」

『まぁ、元気が取り柄の【ラケシス】ちゃんなんで! それにしても、三巨頭が揃い踏みってのも珍しいですね?』

「なんだ? その三巨頭ってのは……」

『ほら! 元ネタの神話上では【ゼウス】と【ポセイドン】、それに【ハデス】って神様のトップスリーじゃないですか? 実際、ここでも似たようなもんですからね』


 いつもの調子でしゃべり始める【ラケシス】だが、このまま放置しておくとキリがなさそうな雰囲気だった。

 ライザスはひとつ咳払いをして、彼女に問いかける。


「【ラケシス】……とりあえず報告を聞きたいのだが、いいかね?」

『へ? あ~、そうそう! すいません司令! で、これが頼まれてたものの詳細になります!』


【ラケシス】は、そこで気が付いたように手を叩いた。

 そして、数枚のスクリーンを浮かび上がらせ、それを三人に向ける。

 文字や数字、グラフといった様々な情報を読み取り、男たちは数秒で解析を終えた。


「ふむ……光合成によりエネルギーを得る細胞。しかも、生体死体問わず同化した対象の再生力を増幅させるものとはな」

『死体に同化した場合、意思を失ったゾンビみたいな存在になるようですね。この間のレイモスG地区での騒動も、人間の遺体を利用したようです』

「つまり、何者かが人間を殺してSPSとやらを植え付けたということか。しかし、意思を失った者を、どうやって操る?」

『そこなんですけど……実は、このSPSという細胞そのものにカオスレイダーの因子が含まれているんです』

「なに? どういうことだ?」


 ライザスの訝しげな問いに、【ラケシス】は腕組みをして唸った。

 彼女にしては珍しく、歯切れの悪い言葉が続く。


『う~ん……ここからは推論も入りますけど、アイダス=キルトの理論って実用化が凄く難しかったんです。で、それらを一気に解決してくれたのが、カオスレイダーの特別な因子なんじゃないかと。アマンド・バイオテックで彼が培養していた検体にカオスレイダーが寄生していたなら、それによってSPSは完成に至ったと考えられるんじゃないでしょうか?』

「ふむ……ルナルが最初に倒したカオスレイダーだな。あれはその検体が変化したものだと?」

『恐らくは……で、このSPSはカオスレイダーの因子を含むがゆえに、同じ因子を持つ者によってコントロールが可能になると考えられます。例えば、カオスレイダーに覚醒する前の人間とか……』


 そこまで言って【ラケシス】は、大仰に首をすくめて見せた。

 割と大雑把な印象を与える彼女だが、セントラルの電脳人格であるだけに、曖昧な情報を示すことには抵抗があるようだ。


「要するに、このSPSはカオスレイダーの手下となる化け物を作り出せるということか。しかも、かなりお手軽にな」

『それだけじゃないですよ。SPSの厄介なところはカオスレイダーと同化した場合、その戦闘力を飛躍的に高めるところにあります』


 ボルトスの言葉に答えながら、【ラケシス】は続けて別のスクリーンを何枚か展開する。

 ルナルと組み合う暗緑色のトカゲの映像と、それに付随する様々な数値が映し出された。


『このデータはアイダス=キルトの覚醒体のものですけど……覚醒直後にも関わらず、上級カオスレイダーに近い能力数値を叩き出してます。特務執行官といえど一人で戦ったら、本気を出さない限り苦戦を強いられますね』

「なるほど、面倒な話だな。周囲の被害を考えるほどの余裕はなくなるということか……」


 三人の男たちは、神妙な表情を作る。

 カオスレイダーは覚醒直後から能力を上昇させていく特性があり、上級クラスと呼ばれる個体は覚醒からかなりの時間が経過した状態である。

 ここ最近はオリンポスの初期対応が早くなったこともあり、まず遭遇する相手ではなくなっていた。

 ただ、過去に上級との戦闘を行った際に得たデータでは、総じて甚大な被害が出ている。それを考えれば、由々しき事態と言えた。

 もっとも、彼らの抱く懸念はSPSの件だけではない。

 ウェルザーが二人の肩を叩き、囁きかける。


「だが、このSPSを奴らが握っているとするなら、今後も利用してくるだろう。そうなると我々の活動にも大きな影響が出るぞ」

「確かにな。場合によっては、複数の特務執行官で任務に当たることも考えねばならん」

「それ以前に、奴らが動き出したかもしれんことのほうが問題だ。ライザス……いつまで皆に伏せておく気だ?」

「もちろん時が来れば話す……だが、今はまだその時期ではない」


 密談でもするかのような行動を見せた男たちに、【ラケシス】は首を傾げる。

 普段なら興味津々で首を突っ込む彼女だが、近寄り難い空気を放つ三人の間にあえて割り込む気はないようだった。

 その時、甲高い音と共に【ラケシス】の背景が点滅した。


『あ、司令。連絡が入ってきましたよ? え~と、コードは【ペルセポネ】ですね』

「フィアネスか? わかった。繋いでくれ」

『了解です!』


 彼女が頷くと、ライザスたちの目の前に一枚のスクリーンが浮かび上がる。

 映し出されたのは、一人の女の姿だ。見た目はまだ若く、十代後半ほどのように見える。

 流れるような銀の長髪が特徴で、その髪は時折、光の加減なのかピンクやオレンジの絡む不思議な色合いを見せた。


『ライザス司令、お久しぶりです。あら? そちらにおられるのはウェルザー様じゃないですか?』


 その女性――フィアネスは見た目にそぐわぬ大人びた口調で話し始めるも、すぐにライザスの隣にいたウェルザーを見て、意外そうな顔を見せた。

 ウェルザーは先ほどまでの無機質な表情を緩め、わずかに笑みを漏らす。


「元気そうだな。フィアネス」

『元気と言えば元気ですけど、ウェルザー様にお会いできないのは寂しい限りですわ』

「うむ……確か以前会ったのは、三ヵ月近く前の話だったか?」

『そうですわ。パンドラにいらっしゃるんでしたら、今からでも会いに行ってよろしいでしょうか?』

「私は構わんぞ。まだ、少しの間はここにいるからな」

『本当ですか! では、すぐに参りますわ』


 甘い語らいを始める二人だったが、さすがに会話の内容を聞き咎めたのか、ライザスが厳しい顔で釘を刺す。


「おいおい、フィアネス……任務を忘れてもらっては困るな。ウェルザーも少しは自重しろ」

「冗談だ」

『はい、冗談ですわ』


 申し合わせたように同じ返答をした二人に、彼は嘆息する。

 先ほどまで漂っていた緊張感も、今はすっかりなくなってしまったかのようだ。

 フィアネスは無邪気な微笑みを湛えつつ、言葉を続けた。


『それではライザス司令……コードナンバーX703についての報告をいたします』

「そうか……聞かせてもらおう」


 改めて威厳を取り繕うライザスを見て、ボルトスは肩をすくめた。

 ただ、その瞳はまったくと言っていいほど、笑ってはいなかった。


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