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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(23)復活の月光


 闇の中で、兄妹は相対する。

 今まで何度も同じように顔を合わせながらも、そこには特別な雰囲気があった。

 いや、むしろ()()()()()()()()()だったのだろうか。


「ルナル……お前の過去を……思いを見た……」


 やがて、ソルドはぽつりと言った。

 それはこの闇の中に来る直前、【ヘカテイア】と揉み合った時に見たものだった。

 はっとしたような顔をして、ルナルは兄を見つめる。


「兄様……」

「やっぱりお前も、守りたかったんだな。みんなを……親しかったあの子たちを……」


 どこか安堵した様子で、彼は息をついた。

 荒野で【ヘカテイア】に訊いた問いの答え――それが光の残滓を介して返ってきたことに。


「おかしいと思っていたんだ。私への想いだけで特務執行官になれたと、コスモスティアに認められたと言った言葉が……コスモスティアが、そんな身勝手な理由で戦士を選ぶのかとな」


【ヘカテイア】と初めて遭遇した時に聞いた言葉――ルナルが特務執行官となった経緯の中で、ずっと疑問に思っていたことがそれだった。

 個々の性質の差はあれど【秩序の光】が望む意思は、もっと明確かつ利他的なものである。

 だからこそ、ルナルが力を求めた理由――戦う覚悟を決めた理由は別にあると、ソルドは考えていたのである。


「……私は身勝手よ。兄様やみんなが思うほど、優しい人間じゃないわ。それは【ヘカテイア】を見てれば、わかったでしょ……」


 その言葉に対し、ルナルは力なく視線を落とした。

 元々の理由は、確かにそうだった。

 しかし、悲しい思いをしたくないというのも、よく考えれば自己中心的な感情に過ぎなかったろう。

 コスモスティアの力を失って【ヘカテイア】が生まれる結果となったのは、そういった身勝手な心のせいだと彼女は考えていた。


「そうだな。ビックリはした。しかし、それでお前を責めるという話でもない」


 ソルドは、ふっと口元を緩めた。

 それは以前の彼なら、まず見せなかった態度だ。

 気遣うでなく気負うでもなく、ただ思うままを口にしたと感じられる言葉だった。


「私だって勝手なものだ。多くの人を傷付け、それを顧みようともしなかった……お前も含めてな」


 視線を上げて、彼は続ける。

 特務執行官とて元が人間である以上、完璧ではない。心惑えば、コスモスティアに見放されてしまうこともあるだろう。かつて自身がそうなりかけたように――。

 ルナルは、思わず兄の顔を見上げていた。


「許されない過去に対する後悔や絶望……それらを否定するつもりはないし、その資格も私にはない。それでも……」

「それでも……?」

「……それでも、力なき者たちを守るという思いは失いたくない」


 地球で再確認した思いを告げて、ソルドは手を握る。

 イサキの危機の時に甦った心――無垢なる生命を守ると決めた、死の間際の誓いを。

 彼は改めてルナルに視線を向けると、その手をそっと差し出した。


「だから、お前も来い。ルナル……たとえ身勝手であっても、あの子たちを失った悲しみをお前は知っている。それもまた否定できるものじゃないんだ」

「兄様……」

「そして誰がお前を憎もうとも、私だけはお前の味方であり続ける。お前は私の妹……お前を守ると言った気持ちも、あの頃から変わってはいないのだからな」


 もっとも、()()()()という言葉だけは不本意かも知れないが、と付け加えつつソルドは苦笑する。

 ルナルはただ、その身を震わせていた。

 兄と呼んだ青年を始め、取り返しのつかない過ちを繰り返した自分を許してくれる人たちがいる。

 そのことがとてもありがたく、そして嬉しかった。


「兄様……みんな……私は、戻ってもいいの……? もう一度、戻ってもいいの……?」

「もちろんです」

「戻ってきなさいよ。ルナルちゃん」

「はい。みんな、待ってますよ」


 次いで、アーシェリーたちの手が差し伸べられる。

 それらすべてが己が手に重なった時、ルナルの全身に強い光が宿った。


「行くぞ。ルナル」

「……はい!!」


 虚無の闇の中で、太陽のような光が弾ける。

 それは漆黒の世界を塗り潰し、白銀の輝きに満たしていった――。





『時は満ちた……』


 輝きの中で、低い声が響く。

 ソルドたちのものではない、何者かの声。

 声はどこか満足げに、高らかに言い放つ。


『絆の光は……覚醒する』





 凄まじい光が、辺りを包んでいた。

【ヘカテイア】の身体から流星のような光が無数に放たれ、中空を飛び回っている。

 同時に黒き女の絶叫が響き渡る。


「うああああぁああぁあぁぁぁぁぁっっ!!!」


 それは断末魔を思わせるほどに激しい声だった。

 黒髪が激しく揺れ、血を吐くように【ヘカテイア】は口を広げている。


「これは……! いったい、なにが起こった……?」


 目を細めながら、ランベルはその様子を見つめている。

 ソルドの首を絞めたと思った瞬間、【ヘカテイア】は急に苦しみ始めたのだ。

 それまでの恐るべき威圧感は消え、今の彼女は無防備に身を震わせるのみだ。


「ルナルちゃんが……帰ってくるのよ!」


 そこで答えを返したのは、傍らにいるサーナだった。

 ナノマシンヒーリングをかけながら、彼女は飛び回る光を目で追っている。


「どういうことだ? サーナ!?」

「うまく説明できないけど……そういうことなの!!」


 要領を得ない返答だったが、そこに確信めいたものがあったのをランベルも感じていた。

 やがて飛び回る光が、宙の一箇所に集中していく。

 いつの間にかそこに、見知った物体が浮かんでいた。


「あれは……無限稼働炉!?」


 それは特務執行官の心臓――文字通りの生命と呼べる物体だった。

 青い輝きを放つそれを包むように光は集い、やがて人の形を成していく。


「……ルナル!!」


 彼女の名を知る誰もが、その瞬間叫んでいた。

 凄まじい光と共に生まれた者――青い髪をなびかせた銀の瞳の女神。

 それは紛れもなく【アルテミス】の名を冠した特務執行官、ルナル=レイフォースであった。



「みんな……ただいま……」



 羽のように降り立った彼女は、力のない微笑を浮かべて言う。

 荒れ果てた空間に満ちる温かな光――それは確かに望んでいた者の帰還であり、喜ぶべきことではあった。

 しかし同時に場の誰もが、不可解な思いを抱くことにもなったのである。



「ルナルと……【ヘカテイア】が分離しただと?」



 ソルドが、呆然とつぶやいた。

 同一人物のはずの二人が、別の肉体をもってその場に存在していたのだ。

 そして当のルナルたちもまた、その事実に驚きを禁じ得ない様子だった。


「そんな……なぜ……!?」

「なぜ……お前が……!!」


 ただ呆然と目を合わせていた両者だが、やがて異変を見せたのは【ヘカテイア】だった。

 身体から黒いオーラが炎のように噴き出し、彼女を燃やし尽くさんばかりに包み込んでいく。


「うああああぁああぁぁぁぁっっ!!!」

「【ヘカテイア】!?」


 苦痛に喘ぐ黒き女に近付こうとしたルナルだが、その動きはすぐに止まった。

【ヘカテイア】を呑み込むような黒い穴が生まれ、彼女の姿をそこから消し去ったのである。


(今のは、闇の転移……! でも、彼女の意思で行われたようには見えなかったけど……)


 ルナルはすぐに状況を悟るも、追跡をあきらめざるを得なかった。

 望みの場所へ瞬時に移動する闇の転移法――それは【虚無の深闇】の侵食特性を応用した技術であり、今の彼女には扱えないものだった。

 もっとも仮にできたとしても、転移座標が分からなければ追いかけようもなかったのだが。


「ルナル……これはどういうことだ?」


 呆然と立ち竦む彼女に、背後から声が掛かる。

 それは赤い髪の青年――兄であるソルドのものだ。


「わからないわ。私にも……どうしてこうなったのか」


 彼の疑問に、ルナルは首を振るのみだ。

 しかし同時に、底知れぬ戦慄を覚えてもいた。

 自分と【ヘカテイア】の分離――それが偶然ではなく、周到に巡らされた工作の一環だったのではないかということに。


「……でも、良かったです。ルナルさんが戻って来てくれて」

「そうそう。一時はどうなるかと思ったけどね」

「……ごめんなさい。みんな……ありがとう……」


 晴れない表情のままではあったが、彼女は近付いてきた者たちに礼を言った。

 形はどうあれ自分が今ここにいられるのは、兄や仲間たちのおかげだ。自分を信じて呼び掛けてくれたからこそ、再びこの世界に帰って来れた。

 飛び交う笑顔の中、場に一時、柔らかな空気が流れた。

 しかし、すぐにそれは轟いてきた爆音に打ち消される。


「これは……!?」

「!! そういえば、もう時間が!! バビロンの爆発が始まります!!」


【アトロポス】の言葉を追うように、爆音が立て続けに起こる。

 そして伝わってくる振動が、爆発の激しさを物語っていた。

 砕けた床がその揺れによって傾き、隆起する。


「ち、ちょっと! これ、だいじょうぶなの!?」

「問題ない、はずです! シュメイスさんの処理がうまくいっていれば……!」

「!? アトロ! 危ない!!」


 誰もがバランスを保とうと踏ん張る中、アーシェリーの声が飛ぶ。

 思わず彼女のほうを向こうとした【アトロポス】は、次の瞬間凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされていた。


「きゃあああああああぁぁっっ!!」

「アトロッッ!!」


 彼女は悲鳴と共に、床を跳ねるように転がっていく。

 そして少女の元いた場所には、青いバイザーを持つ仮面の男が立っていた。


「特務執行官……抹殺する」


 拳を握り締めたその男――SPS強化兵のキームンは、無機質な声で言い放った。


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