(20)奮戦
暴風のような力の荒れ狂う中、二人の女がぶつかり合う。
薄桃色の髪を持つ美神と、長い黒髪を持つ女神。
激しくスパークが散り、地鳴りを思わせる音が辺りを満たす。
同時に周囲の壁面に亀裂が走り、床もまた割れていく。
「やめなさいよ! ルナルちゃん! こんなことしたら大変なことになるわ!!」
「うるさいっっ!!」
説得の言葉に耳を傾けもせず、【ヘカテイア】は大鎌を押し込む。
先端近くの柄を握るサーナも必死に押し戻そうとするが、徐々に刃は彼女へと迫る。
やがて刃先が、肩口へと突き刺さる。
(なん、て……力……!)
相手のあまりの膂力に、サーナは驚きを隠せない。
今の彼女は身体強化によって、普段の倍以上の力を出せるようになっている。仮に特務執行官同士であっても力負けなどあり得ないはずだった。
顔を歪めている彼女を見かね、ランベルが踏み込んでくる。
鉄拳が黒き女へと放たれるが、その一撃を【ヘカテイア】は飛び退って回避した。
「【ヘカテイア】! これ以上、破壊を撒き散らすのは止めろ! このままではバビロン自体に深刻な被害が出るぞ!」
「私には関係のないことだわ。この軌道エレベーターが崩れたって、知ったことじゃない!」
「本気で言ってるの!?」
「本気よ。私の目的はお前たちの皆殺し! その惨状をソルド=レイフォースに見せ付けてやる!!」
叫びと同時に、大鎌が水平に大きな円を描く。
漆黒のエネルギーが刃となり、風を起こして広がる。
場の誰もが身を屈めて回避すると、直撃を受けた壁面が溝を刻み、その深さを増していく。
「止むを得まい。ならば、力づくでも止めるのみ!!」
「ラン君!?」
それまでは比較的様子見に徹していたランベルが、初めて闘志を見せた。
床を蹴り、一気に【ヘカテイア】の正面に迫った彼は、その剛拳を迷わずに繰り出す。
衝撃音と共に、大鎌の柄が震えた。
「さすがね。ランベル……そういう迷いのないところ、悪くないわ!」
「戯言はそれだけか!」
わずかに下がり大鎌を振り下ろす女に対し、ランベルは己が腕に滑らせてその攻撃を捌く。
そのまま横にすり抜けた彼は、空いた手で掌底を放った。
脇腹に一撃を食らった【ヘカテイア】が顔を歪める。その隙を突き、彼は羽交い絞めに近い要領で、脇の下から腕を巻き込んで相手の首を締め上げた。
その一連の動きは、巨体とは思えぬほどに滑らかで素早いものだった。
「これで動けまい。大人しくしてもらおう!」
「フフ……見事な、ものね。さすがは元特殊部隊の兵士……CQCはお手の物、かしら……」
わずかに言葉を途切れさせる【ヘカテイア】だが、その表情から笑みは消えない。
「けど、これで私を封じたと思ったのなら、大きな間違いだわ!!」
「なにっ!?」
叫びと共に、握られたままの大鎌から黒いエネルギー弾が放たれる。
それらは弧を描いて巨漢の身に炸裂し、小規模な爆発を起こした。
苦痛に目を見開くランベルが力を込め直そうとした隙を突き、【ヘカテイア】は前傾すると、そのまま巨体を投げ飛ばす。
「ぐうぅっっ!?」
「さぁ、死になさい!!」
仰向けに倒れたランベルに対し、漆黒の大鎌が容赦なく迫る。
しかし、刃が彼の顔面を捉えようとした瞬間、場に割り込んだ影が、その一撃を止めていた。
「くうっっ!!」
「サーナ!」
「く……ルナルちゃん……もう、止めて!」
その影――サーナは、苦痛の呻きを漏らす。
振り下ろされた鎌の先端は、彼女の鎖骨付近に突き刺さっていたのだ。
噴き上がった血が飛び散り、辺りを朱に濡らしていく。
「さすがは仲間思いのサーナかしら! けど、それがあなたの命取りになるのよ!!」
どこか狂気に彩られた表情で、【ヘカテイア】は叫ぶ。
恐るべき膂力に操られた大鎌が、美神の生命を完全に奪うべく食い込み始める。
(こ、これ……まず……!)
無限稼働炉に迫る黒刃を実感しながらも、サーナは打つ手を見出せない。
力で食い止めるのが不可能なことは、先ほどの攻防でわかっていた。
ランベルが即座に身を起こそうとするものの、このままでは刹那の差で間に合わない。
万事休すか――そう思われた瞬間、助けは意外なところから飛んできた。
「お前えぇぇぇぇっっ!!」
「!?」
怒声と共に、黒い影が飛来して【ヘカテイア】の肩口を蹴り飛ばした。
吹き飛ばされた【ヘカテイア】に代わり、サーナの眼前に一人の女が降り立つ。
SPS強化兵の一人――ダージリンである。
「お前……邪魔をする気!?」
体勢を立て直した【ヘカテイア】は、同じ容姿を持つ女に向けて怒声を放つ。
そんな彼女を見据えるダージリンもまた、怒りの表情を向けていた。
「【ヘカテイア】だかなんだか知らないけど、やられっぱなしでいるのは性に合わないわね!!」
「そう……! じゃあ、お前から殺してあげる! 私もお前のことは気に入らないわ!!」
両者は申し合わせたように、相手に向けて跳ぶ。
自分ならざる自分――それは誰しもが最も憎むべき相手だとばかりに、女たちはぶつかり合った。
薄闇に巻き起こった風が、鋭い音を立てる。
虫のように張り付いていた機器が寸断され、破片となって床に落ちた。
カラカラと足下に転がる部品を見やりつつ、シュメイスは表情を険しくする。
(これで、ふたつ……!)
彼のいる場所は、先ほどいたところとは異なる。
しかし、たった今破壊した物体は、先ほど見た物と同じ物である。
爆薬に備え付けられた時限装置は、もはや機能することはない。ここで起こるはずだった悲劇は回避された。
それを確認するとすぐにシュメイスは、目にも止まらぬほどの速度で場を去っていく。
(奴らがこれほどなりふり構わずだったとは……けど、思うようにはさせないぜ!)
甲高い音の響く中で、彼は思う。
【宵の明星】の目論んだ最後の手段――それは防衛そのものを諦め、軌道エレベーターを破壊することだった。
映像監視システムの機能しない場所には、同じ時限装置と爆弾、更には多量の爆発物が置かれているはずだ。それらすべてが一斉に爆発すれば、バビロンは倒壊してしまう。
『どうすればいいんですか!?』
先刻、焦りを見せた【アトロポス】に、彼は提案した。時限装置を止め、爆発を食い止めるしか手はないと。
しかし、設置場所は階層のあちこちに散っており、二十箇所以上に及んでいる。
そして最初の場所で見た装置のカウントは、残り五分を示していた。もし、カウントダウンが一斉に開始されたのなら、すべての爆弾を処理することは不可能だ。
『アトロ、すぐ計算してくれ! もし爆発が起こった場合、どのような負荷がバビロンにかかってくるのかを!』
『負荷……ですか?』
『そうだ。全部止めるのが不可能なら、倒壊をギリギリ防ぐだけの数を処理するしかない!』
彼の言ったことを、【アトロポス】は即座に理解した。
バビロンは倒壊の危険性に対応するため、かなり堅牢な構造となっている。ある程度バランス良く爆発させれば、構造体の維持は可能と睨んだのだ。そして計算の末に導き出されたのが、指定された十箇所の爆発を止めるというものだった。
一箇所につき、およそ二十秒強――単独行動なら不可能ではないと判断したシュメイスは、その場で【アトロポス】と別れて行動を開始したのである。
(必ず食い止めてみせる。神速の特務執行官の名に懸けてな……!)
まさにその名に恥じないスピードを見せながら、彼は次のポイントを目指した。
「ぐうっっ!!」
吹き飛ばされたダージリンが、床を跳ねるように転がった。
身に纏うスーツはあちこちが刻まれ、露出した緑の肌には血が無数に滲んでいる。
そんな彼女を見つめる【ヘカテイア】は大鎌を突き付けつつ、銀の瞳を冷たく輝かせる。
「意気込んでも、私とお前では勝負にならないわ。所詮は、人の造り出したオモチャ……」
嘲るでもなく、厳然たる事実を、彼女は同じ顔の女に叩き付ける。
特務執行官を凌駕する【ヘカテイア】にとって、SPS強化兵の攻撃はほとんど意味を成さないものだ。先ほど肩口へ受けた蹴りも油断していたから食らったものに過ぎず、ダメージも特に残ってはいない。
無言で睨み返してくるダージリンにゆっくりと近付きながら、彼女は殺意を滾らせる。
「消えてもらう……私の姿をした女!」
天空に掲げられた刃が振り下ろされようとした、まさにその時だった。
二人の女を分断するかのように、赤い炎が床の上を走ったのである。
「これは……!」
「この炎は、まさか……!」
女たちの視線が、同じ方向を向く。
その先に、想像通りの人物が右手を突き出してたたずんでいた。
「そこまでだ。【ヘカテイア】……いや、ルナル!」
「ソルド=レイフォース……!」
【ヘカテイア】は、どこか憎々しげにつぶやく。
青年の後ろからは、緑髪の女も姿を見せていた。
「ソルド君、アーちゃん!」
「遅れてすみません。サーナ、ランベル……だいじょうぶですか?」
「ま、ちょっと油断しちゃったけどね……別に問題ないわよ」
胸元の傷を再生させたサーナは、わずかに脂汗を滲ませつつも軽口を叩く。
その傍らに立つスキンヘッドの男も身体のあちこちに血を滲ませていたが、無言で小さく頷いた。
「フフ……そう。これで役者は揃ったというわけね! なら、まとめてみんな葬り去ってあげる!!」
そんな特務執行官たちに対して【ヘカテイア】は口元を歪めて見せると、身に纏うエネルギーを強める。
放たれた力が空気を歪ませ、傷付いた構造体が激しく震えていく。
バビロンを巡る攻防――そしてルナル救出のための戦いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。




