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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(18)消えない不穏


 鋼の塔の中に、怒声が響き渡る。

 絶え間のない銃声が、それに重なる。

 マズルフラッシュに浮かび上がるのは、恐怖と焦燥に駆られる人間たちの姿。

 その脅えた目に映っているのは、同じく人の姿を持った者たちのはずだった。


「野郎おぉぉぉぉぉ!!!」

「くたばれえぇぇぇぇぇぇ!!!」


 しかし、普通ならハチの巣になるほどの銃撃に晒されながらも、相対する者たちは意に介した様子もない。

 弾け飛ぶ火花の塊が駆け、宙に躍り、銃撃を続ける人間たちへと容赦なく迫る。


「うおおおおおお……ぐはっ!!」


 容赦なく叩き込まれる拳や蹴りが、狂乱する男たちを弾き飛ばし、床に打ち倒す。

 一撃で意識を刈り取られた彼らは、生命こそ失ってないものの二度と立ち上がることはない。

 そんな光景が、あちらこちらで連続的に繰り広げられていく。

 虐殺ではない、しかし限りなく虐殺に近い光景と言えた。


「ば……化け、もの……!」


 倒れた一人の男が発した言葉の先、たたずむのは薄桃色の髪を持った肉感的な美女だった。

 男なら誰もが目を惹かれてしまうようなその女は、放たれた声に無言で冷めた視線を送るのみだ。


「……とりあえず片付いたみたいね」


 文字通りの生ける屍となった者たちを見下ろしながら、サーナは嘆息気味につぶやいた。

 それに対し、少し離れたところに立つ巨漢の男――ランベルはわずかに頷く。


「なりふり構わずという感じだったな。敵も打つ手がなくなったか」

「だったら、無理せず逃げればいいのにね……どうせ使い捨ての駒にしかされないんだから」

「仕方あるまい。彼らにも、しがらみや事情があるのだろう」


 憐憫を覗かせながら、彼は言った。

 管理局エリアへと向かう途中、武装した【宵の明星】兵士たちと出会った二人は、やむなく交戦することとなった。

 もっとも、結果は言わずもがなだ。対人用の銃器では、特務執行官に傷ひとつ負わせることはできない。

 仮に重火器の使用が許されていたとしても根本的な反応速度が違う分、そもそも当てることが不可能だ。

 要は反政府組織側に、勝ち目など微塵もなかったわけである。


「でも、化け物呼ばわりされるのは、改めて聞いてもショックなもんね」

「……今までは普通の人間を相手にすることなどなかったからな。これが俺たちの背負った業ということだ」


 ゆえに、二人にとっては肉体よりも心が痛む戦いだった。

 カオスレイダーと戦うために蘇った彼らは、見た目こそ人間と同じでも本質はまったく別の生命体だ。

 その現実を、改めて突き付けられた気がしたのである。


「……まぁいいわ。ところでシュー君たちはまだ?」

「今、エレベーター坑を降下中だ。合流まで、あと十分ほどかかるようだな」

「この調子だったら、あたしたちだけで終わらせちゃったほうが早いかもね」

「油断は禁物だ。それに【ヘカテイア】も、まだこちらに姿を見せていないからな」


 言葉を交わしながら、二人は歩を進める。

 当初の予定では、全員合流したあとにメインコントロールルームの制圧を行うという算段だった。

 しかし、ここまで予想されていた展開は、大幅に覆されている。すんなりと事が運ぶとは思えなかった。


「そこまでにしてもらおうか。特務執行官……」


 甲高い足音に割り込んで、声が響く。

 思わず視線を向けたサーナたちの目に映ったのは、三つの人影だった。

 全身を覆う黒のボディスーツと、金属質の仮面――目元にあるバイザーが無機質な光を放つ。

 その存在感は、今しがた相対した人間たちとは明らかに異質なものだった。


「……へぇ。まさか、そっちから出向いてくるとは思わなかったわ。強化兵さん」


 最初こそ意外そうな顔をしたものの、すぐにサーナは笑みを浮かべた。

 SSSの生み出したSPS強化兵――反政府組織側の主戦力であり、守りの要と言える者たちが、そこにいた。


「待ち構えていても、あまり意味はない。どのみち、お前たちは倒さなければならん」

「決着をつけるなら、早いほうが良いってことね。あんたとは気が合いそうだわ……敵じゃなければ、だけど」

「戯言はいらん……行くぞ!」


 言うが早いか、アールグレイは襲い掛かってきた。

 一秒もかかるか否かという速度で踏み込み放たれた回し蹴りが、サーナの足元を薙ぐ。

 とっさに飛び退った美神の顔に、感心したような表情が浮かんだ。


「話には聞いてたけど、相当速いわね。けど、相手が悪かったと思いなさいよ!!」


 鋼鉄の通路に、闘志の咆哮がこだまする。

 人類最高峰の科学が生んだ生命体同士の戦いが、今ここに始まった。






「サーナさんたち、だいじょうぶですかね?」


 軌道エレベーターの広大な空洞を落下しながら、【アトロポス】はつぶやいた。

 周囲には複数のパイプが上下に走っており、本来はその内部を超電磁推進の昇降機が移動している。

 もっとも、機能を停止している今は冷たい煌めきだけを残す巨大なファイバーケーブルにしか見えない。


「まぁ、元々特務執行官が大勢出張ってやる任務でもないからな。よほどのことがない限り、問題ないだろ」


 彼女を後ろから抱きかかえるシュメイスは、いつもの口調で答えた。

 上に引っ張られるように髪をなびかせる男の顔には、しかしながら楽観した様子はない。


(ただ、これで手を出し尽くしたと考えるのは、危険かも知れないな……)


 元より容易く制圧できるとは思っていなかったが、敵は想像以上に用意周到だった。

 人質すべてを犠牲にしての罠など、非人道な手口も辞さないほどにだ。今も怒りと同時に無力感が込み上げてくる。

 そんな男の様子に気付くこともなく、【アトロポス】は続ける。


「実は少し気になることがあって……」

「なんだ?」

「【ラケシス】姉さんから得た情報なんですけど、バビロンの中にいくつか映像監視システムの機能していない場所があるんです。恐らくはカメラを物理的に破壊してあるんじゃないかと……」

「……それはつまり、なにか知られたくないものでも隠してるってことか?」

「可能性としては高いです。目視するしか確認の方法はないですけど……」


 わずかに声を震わせていることから、彼女自身不安を抱いていることは確実だった。

 ちなみに【ラケシス】とは言うまでもなく、映像管理システムの中に残してきた姉の形見――今は自身の分身となった端末のことである。

 シュメイスは、眉をひそめた。


「……気に入らないな。それは調べておくか」

「でも、合流が遅れてしまいますよ?」

「構わないさ。ソルドたちも今、バビロンに向かってると連絡があった。下の制圧に当てる戦力としては充分だ」


 重力制御で落下を減速させつつ、彼は思う。

 今しがた自分で言ったように、管理局の制圧に特務執行官が雁首並べて行動する必要はない。むしろ、別行動で憂いを潰す役割が必要だった。


「これ以上、厄介事が増えても面倒だからな。道案内、頼むぜ。アトロ」

「わかりました」


 シュメイスの考えを察した【アトロポス】は、小さく頷いた。






 全体が黒で統一された室内で、ニーザーとガイモンは変わらずにスクリーンを見上げている。

 そこに映し出されているのは俯瞰的な映像ではなく、何者かの視点に立った主観的な映像だ。

 薄桃色の髪を持った女とスキンヘッドの男が、厳しい視線を向けてきている。


「アールグレイたちが交戦に入ったようですね」

「そのようじゃな」


 どこか苦々しげな雰囲気が、二人の間に漂う。

 こうなることはもちろん想定の内ではあったのだが、同時にあまり望まないことでもあった。

 それはディンブラの時とまったく異なる態度である。


「やはり今は分が悪いのではありませんか? ここで彼らを失うようなことになれば、我々としても痛い損失になる。そこまでして【宵の明星】に尽くす必要はない」


 メインコントロールルームの防衛は、確かに反政府組織から与えられた仕事ではあった。

 ただ、ニーザーとしては、うまくやり過ごして欲しいと考えていたし、そのように指示もしていた。自ら打って出てまで戦う必要性はまったくないのだ。


「……量産型はさておき、あの二人には二人の考えがあろうよ」

「それは理解しているつもりですがね」


 どこか憮然とした様子で、彼はガイモンの言葉に答える。

 他の強化兵と異なり、アールグレイとダージリンは単純な戦力以上の同胞的な存在だった。これからの野望を果たす上でも、彼らの力は必要不可欠となるだろう。

 元老人は、わずかに視線を男に向けた。


「心配せずとも、奥の手は残してあるわ」

「奥の手、ですか?」

「うむ……もっとも、使わないに越したことはないのじゃがな。その判断はリンゲルに委ねておるよ……」


 その物言いは、いつものガイモンらしくなかった。

 傲慢で己の研究が第一の男の顔にも、どこか物憂げな表情が浮かんでいたのである。


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