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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(17)押し迫る時


 どこか澱んだ風を感じつつ、アーシェリーは目を覚ました。

 白む光の中で全身を満たしていたのは、人肌の温もりだ。

 ゆっくりと視線を巡らすと、彼女はそこに黄金の瞳を持った男の姿を見る。


「ソルド……」

「シェリー、気が付いたか」


 わずかに安堵した息を漏らしながら、その男――ソルドはつぶやく。

 二人がいる場所は、クレーターのような窪みになった荒野の只中だ。目覚める前に【エリス】や【ムネモシュネ】と相まみえた地点とまったく変わらないことに、アーシェリーは気付く。


「ソルド。なぜ、あなたがここに……? ウェルザーやフィアネスは?」

「そのフィアネスから、連絡をもらって来た。今ここにいるのは、君と私だけだ」


 ソルドは彼女の問いに、淡々と答えていく。

 サーナたちの救出後にバビロンを発った彼は、ほどなくしてフィアネスからの通信を受け取った。

 その内容はアーシェリーを、この場所で眠らせたというものだった。彼女がひどく傷付いていたため、ナノマシンヒーリングを行っておいたとも――。


「そういえば、私はフィアネスの電影幻霧を受けて……あれはいったい?」

「フィアネスが言うには、電影幻霧の変則版ということらしい。ナノマシンの作用で眠らせると同時に重傷の回復を行うようだ」


 改めて全身を見回したアーシェリーは、ダメージが一切残っていないことに驚く。

 昇った太陽の位置から考えても、あれから一時間は経っていない。その間にこれだけの回復を行える者は、知る限りでもサーナくらいのはずだった。


「とにかく君が無事で良かった。【エリス】との因縁は私も理解しているが、あまり無茶をしないで欲しい」

「……すみません。でも……」


 強く抱き締めてきた男の腕の中でアーシェリーは頬を赤らめながらも、同時に倒れた宿敵のことを思った。

【虚無の深闇】によって自我を失いかけた【エリス】――アレクシアは、あれからどうなったのだろうか。再び立ち上がることはできたのだろうか。

 そのことを問い掛けてきた恋人に対し、ソルドは静かに首を振るのみだ。


「私も残念ながら、詳しい話を聞けたわけではないのでな。君の疑問に答えられなくてすまないが……」

「いえ……良いんです。それよりもバビロンへ向かいましょう。今は作戦の遂行と、ルナル救出のことを考えなければ……」

「そうだな。行こう」


 頷いて立ち上がったソルドは、彼方にそびえる軌道エレベーターを見つめた。

 ここまでだいぶ寄り道をしてしまったが、ようやく本来の目的に向けて行動できそうである。

 改めて表情を引き締めた彼は地を蹴り、光となって飛び立つ。


(アレクシア……次に会った時には、必ず決着をつけましょう。ですから……戻ってきて下さい)


 そんなソルドを追って天空に舞い上がったアーシェリーは、どこか祈るように心の中でつぶやいた。






 竜巻のように巻き上がる炎の中で、古びた建物が燃えている。

 朱に染まる視界と吹き荒れる熱風。地獄のような暑さが周囲を包んでいる。


「これは……なに……?」


 弾ける血飛沫と共に、子供たちが倒れていく。

 彼らを追い回し、死の洗礼を与えている者は人型の怪物だ。血に濡れた女の首を引っさげ、咆哮する悪魔――。

 その傍らに横たわっているのは、一人の青年である。


「にい……さま……」


 兄と慕っていた人間は、ぴくりとも動かない。

 完全に死んでいるのか、良くて瀕死の状態だろう。

 恐怖、悲しみ――呆然と立ち竦む女の心に様々な感情の波が押し寄せ、やがてひとつの黒い思いに塗り潰されていく。

 それは大切なものを踏みにじった悪魔に対する憎悪であった。


(許さない……よくもみんなを……よくも兄様を!!)

『……抹殺せよ……』


 頭の中に、声が響いた。

 生まれた時から自身を苛んでいた異質な声だ。

 しかし、これまでずっと忌み嫌っていたそれを、今の女は初めて受け入れようとしていた。


『抹殺……すべてを抹殺せよ……それがお前の存在意義……』

(許さない……!! 私は……わたしは!!)


 脅え立ち竦んでいた身体に、力が戻ってくる。

 心の内の獣が解き放たれ、周囲の温度に負けないほどの熱がみなぎった。

 傍らに転がっていた鉄パイプを拾い上げ、女は惨劇を生み出す怪物に挑みかかる。


「殺す……抹殺する……すべて……すべてを……!」


 無機質で冷たい声ながらも、その顔には般若を思わせる表情が覗いていた――。




「今……のは……!?」


 どこか澱んだ風を感じつつ、【ヘカテイア】は目を覚ます。

 気が狂いそうな苦しみの中で倒れた彼女は、今の今まで意識を失っていたようだ。

 痛む頭を振りながら、立ち上がる。

 赤い大地が、わずかに白みがかった光に照らされ、黒き女の姿を浮き立たせた。


「……お前か……! お前の仕業か!?」


 突然、【ヘカテイア】は声を荒げた。

 自分以外誰もいない荒野に、絶叫を放つ。


「なぜだ! お前はなぜ、消えない!! なぜ、こんなものを見せる!?」


 いまいましさを覗かせた表情で、彼女は何者かに訊くように叫ぶ。

 しかし、それに対する返答はなく、ただ風の音が空しく響くのみだ。


「……お前がなにをしようと、私のすることは変わらない……!」


 やがて答えを諦めた【ヘカテイア】は、独り言ちるように言い放つ。

 彼方にそびえる軌道エレベーターを見つめた彼女は、地を蹴り闇となって飛び立つ。


「殺してやるわ。ソルド=レイフォース……!! そして、なにもかも滅ぼしてやる……なにもかも!!」


 自分自身に言い聞かせるかのように、黒き女はその憎悪を滾らせて咆哮した。






 円柱状に造られた空間で、緊張は前にも増して高まっていた。

 中空に浮かぶスクリーンには今やなにも映っておらず、放たれる光だけが照明となって室内に広がるのみだ。


「うまく乗り切られたというところか」


 背の高い椅子に座るアルビノの青年は、どこかいまいましげな口調でつぶやいた。

 それに対し、列席する者たちの間から声が上がる。


「奴らを甘く見ていました。まさか映像管理システムを乗っ取られるとは……」

「我々の狙いも読まれていたのだろう。思った以上に洞察力に優れた者もいるようだな」


 当初の思惑から外れたことに、誰もが驚きを禁じ得なかった。

 しかし、激しく動揺している様子はない。

 特務執行官がいまだ得体の知れない敵であるゆえに、罠を逃れ得る可能性もゼロではなかったからだ。


「どうしたものですかな。このままではバビロン奪還も時間の問題……SSSの強化兵士でも、奴らを止めることはできますまい」

「然り。正面対決では、我らに一寸の勝ち目もないゆえに」


 もっとも、その先の手立てとなると話は別だった。

 様々なデータから、彼我の戦力差は歴然としている。直接的な戦力のぶつかり合いは、愚策でしかない。

 アルビノの青年は、目を細める。


「止むを得まい。最後の手段を使うしかなさそうだな」

「! では、やはり……」

「……歯痒いですな。苦労して手に入れたものを手放すというのは……」


 放たれた言葉に、列席の者たちが苦渋の声を漏らす。

 次の策がなかったわけではない。

 ただ、それを行うことは、彼らにとっても大きな痛みを伴うものであった。


「確かにこれまでの過程を考えれば、我らの不利益も大きい。だが、特務執行官を葬り去るためには仕方のないこと……()()()()()()()()()()()()()、我らに勝利はあり得ないのだ」


 場に満ちた思いを代弁するように、アルビノの青年は言葉を続ける。

 その圧のある声に、居並ぶ人間たちは神妙な面持ちで聞き入る。


「事後のことも含めて、すぐに行動を開始せよ。諸君らの働きに、すべてが懸かっている。【宵の明星】に栄光の輝きを!!」

「「【宵の明星】に栄光の輝きを!!」」


 やがて立ち上がった青年に合わせ、場に唱和の声がこだました。


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