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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(16)黒き影の秘密


 荒野に走る閃光が、赤い大地を緑色に一瞬染めた。

 空を震わすような爆音が、次いで響き渡る。


「はああぁぁぁぁっっ!!」


 気迫の声と共に、アーシェリーは槍を振るう。

 放たれる波動がいくつもの渦となって【ムネモシュネ】を襲った。

 うねる破壊の大蛇――しかし、その凄まじい攻撃も紫眼の【統括者】を捉えることはない。

 狙いを外した攻撃は大地に突き刺さり、凄まじい爆風と粉塵とを巻き上げる。


(やはり、闇雲に攻撃しても意味はありませんか……)


 息を荒げ、アーシェリーは相手を見据える。

 ここまで何度かスキャニングモードを使ってみたが、特にこれといった変化は発見できなかった。

 しかし、敵の回避行動には、なにかの秘密があるはずなのだ。それを明かさない限り、敗北は必至である。

 強く槍を握り締めて身構えるアーシェリー――しかしその瞬間、ふっと視界が揺らぐ。そして、よろめくように片膝をついた。


「……その力は脅威……でも、やはり私の敵にはならない。ダメージも残っていてはね……」


 一時は動揺した素振りを見せた【ムネモシュネ】も、本来の無機質な余裕を取り戻していた。

 コスモスティアの力を開放したとはいえ、【エリス】との戦いで消耗したアーシェリーはもはや気力だけで立っている状態だ。

 表情を歪めている緑髪の女神に、黒い影は無造作に近付いていく。


「さぁ、さっきの続きを話してもらうわ……」

「その必要はありませんわ」


 再び不可視の拘束を仕掛けようとした【ムネモシュネ】だが、そこに無数の光の花びらが降り注いだ。

 それらは見た目の美しさに反し、弾丸のように地に突き刺さっていくものの、一片たりとも黒き影を捉えることはない。ただ、【ムネモシュネ】の行動を阻害する効果は充分にあった。

 アーシェリーが視線を動かすと、上空にいつの間にかふたつの影が浮いている。


「あなたたちは……!」


 それはかつての仲間であり、今は袂を分かったウェルザーとフィアネスだった。

 どこか冷たい表情を浮かべたまま、二人は地に降り立つ。


「フィアネス……【エリス】を頼むぞ」

「わかりましたわ」


 フィアネスは、ウェルザーの声に答えつつ【エリス】の元へ跳んだ。

 もはや視線も定まっていない女を抱き起こし、少女はその身に淡い光を宿す。

 長い髪から放たれた霧のような輝きが【エリス】を包み込む。

 ややあって緋色の瞳を持つ目が閉じられ、荒かった息遣いがわずかに落ち着いたようだった。

 その様子を一瞥しつつ、ウェルザーは【ムネモシュネ】と向かい合う。


「お前の相手は、私がしよう」

「特務執行官……けど、何人来ても同じこと……」

「あいにく、今の私たちは特務執行官ではない」


 淡々と事実のみを告げた黒髪の男は、その手から黒い弾丸のようなものを複数撃ち放った。

 それらはランダムな軌道を描きながら、敵を襲う。まともに回避しようとしたら、それなりに苦労するだろう。

 しかし、【ムネモシュネ】は意に介した様子もなく、謎の挙動でかわしていく。


「いくら攻撃しても無駄。愚かなことね……」

「……さて、それはどうかな?」


 挑発じみた【統括者】の言葉に、ウェルザーはわずか笑みを浮かべた。

 その湖のような瞳には、どこか確信めいた光が浮かんでいる。


『……聞こえるか? アーシェリー』


 少なからぬ驚きに動きを止めていたアーシェリーだが、そこで我に返った。

 目の前の男から、簡易通信で声が飛んできたからである。


『ウェルザー……いったい、なぜ?』

『今一度、攻撃しろ。奴の動きは、私が封じる』

『え?』

『詳しい話はあとだ』


 彼女の問いに答えることもなく、ウェルザーは一方的に言う。

 とっさに理解はできなかったものの、なんらかの意図があることを悟ったアーシェリーは再び力を振り絞って立つと、槍を眼前に掲げた。

 緑の光を放つ波動の渦が、【ムネモシュネ】に撃ち放たれる。


「同じことを何度も……っ!?」


 迫りくる渦を一瞥した【統括者】だが、その目が一瞬見開かれた。

 アーシェリーの動きに連動するかのように、ウェルザーが右手を眼前に掲げていたのだ。

 黒い影が一瞬ぶれるような動きを見せたあと、今度はそのまま波動に呑み込まれる。


「ぐぅあああああぁっ!!!」

「当たった!?」


 全身から黒い粒子を撒き散らしながら、【ムネモシュネ】は宙に舞った。

 中空で体勢を立て直したものの、その姿は先ほどまでと異なり、ところどころ霞んだように消えている。

 アーシェリーの攻撃は、間違いなく大きなダメージを与えていた。


「こ、これ、は……!?」

「お前の秘密は、だいたい理解した。私の前では無力だぞ。さて、どうする?【統括者】よ」

「おの、れっ……! その顔、覚えておく……!」


 ここで初めて感情的な声を放った【ムネモシュネ】は、ウェルザーに憎悪の視線を向けた。

 しかし、己が不利を悟ったのか、自ら生み出した闇に溶けるように消えていく。

 緊迫した空気が消え失せ、静寂が戻った荒野に乾いた風が舞う。

 その身から放つ光も消え失せたアーシェリーは、脱力したように両膝をついた。


「あ、ありがとうございました。ウェルザー……しかし、なぜ……?」


 彼女は礼を述べると同時に、改めてウェルザーに問い掛けた。

 ただ、その問いは先ほどと意味合いが異なっており、それを知るように男も今度は返答した。


「奴に攻撃が当たった理由か? それは、あの【統括者】の力が、私と似たものだからだ」

「似たもの……? それは重力ということですか?」

「正確には違う。任意の対象に運動エネルギーを与える能力とでも言っておこう」


 人間だった頃の科学者然とした様子を見せ、ウェルザーは続ける。


「奴は自らの意思によって、特定の場所に引力や斥力を発生させる特異点を作り出せるようだ。これは通常の物理力と違うようでな……恐らく任意の物体にのみ、効果を及ぼすと思われる。奴自身も含めてな……」


【ムネモシュネ】の挙動の秘密――それは科学的でありながら、それだけで説明もできないという矛盾したものだった。

 完全任意の物体のみに干渉する力場発生能力と、ウェルザーは結論付けた。それはかなり離れた距離をも一瞬で移動する他、攻撃にも転用できるのではないかと――。

 説明を聞いていたアーシェリーは、ややあって納得したように頷いた。

 スキャニングモードでも相手の動きが掴めなかったのは、その能力の超常性によるものだったのだ。


「……つまり、あの不可解な回避運動の正体は、周囲に特異点を複数展開し、自分自身を引き寄せたり弾いたりしたのですね」

「そういうことだ。そこで私は別の特異点を生み出すことで、その挙動を相殺した」


 元々、重力の扱いに長けていたウェルザーだけが、その運動エネルギーの流れを掴むことができていた。

【ムネモシュネ】に作用する特殊引力特異点の活性化を察知した彼は、正反対の方向に重力特異点を発生させることで、相手の動きを止めたのである。


「……もっとも、奴の動きを封じるには、運動エネルギーを瞬間的かつ詳細に観測できる能力が必要になる。私以外の者には荷が重いかも知れん……また、相対した時には気を付けることだ」

「ま、待って下さい……! まだ、聞きたいことが……! それにアレクシアは……!」

「悪いが、これ以上答えることはない。ただ、【エリス】のことは任せておけ……」


 話は終わったとばかりに背を向けたウェルザーにアーシェリーは手を伸ばすが、その前に銀髪の少女が立ちはだかる。


「フィアネス……?」

「ごめんなさい。アーシェリー……」


 わずかに眉尻を下げて彼女を見下ろしたフィアネスは、その髪を白く輝かせる。

 同時に、放たれた霧のようなものがアーシェリーを包み込んだ。


「フ、フィアネス……これ、は……」

「電影幻夢・安寧(あんねい)……今は穏やかに眠りの中へ……」


 アーシェリーは、少女の姿が視界からぼやけていくのを感じていた。

 それがナノマシンによる作用と気付いた時にはすでに遅く、やがて彼女の意識は闇の中へと落ちる。


「……すまんな。フィアネス」


 眠るように倒れ伏した女を一瞥し、ウェルザーは傍らにやってきた少女に言った。

 フィアネスはその言葉に対し、わずかに首を振る。


「いえ……構いませんわ。どのみちアーシェリーには休息が必要でしたし……このあと、ソルドに伝えておきますわ」

「うむ。【エリス】のほうは、どうだ?」

「良くありませんわね。【虚無の深闇】の過剰な活性化で、彼女はもうボロボロの状態です。このまま目覚めない可能性も……」


 答えながら、彼女は視線を黒髪の女へと移した。

 仰向けに横たわる【エリス】は今、身じろぎひとつすることもなく死人のようになっている。

 同じように目を向けたウェルザーの顔に、憐憫が浮かんだ。


「求め過ぎた力の代償か……悲しいな」


 アレクシアであった彼女が【エリス】となった経緯は、【レア】から聞いていた。

 アーシェリーへの復讐心――それこそが【エリス】の支えであり、それゆえに【虚無の深闇】は反応したのだと。

 しかし、それは己をも滅ぼす諸刃の剣であった。

 いつの世も、負の思いが生み出す力は不幸しか呼ばないのだ。


「ですが、これが【虚無の深闇】の弊害なら、なぜ【ヘカテイア】は無事でいられますの?」


【エリス】の悲劇を思いつつも、フィアネスはふと疑問を口にしていた。

 なんらかの差はあるのかも知れないが、同じ症状は【ヘカテイア】に発現していてもおかしくない。

 しかし、もう一人の黒き女は今のところ、何事もなく行動しているように見える。


「無事……ではないかも知れん」

「え?」


 それに対して、ウェルザーはある程度の推測を立てていた。

 見開いた目を向けてくる恋人に、彼は苦々しい口調でつぶやく。


「……【ヘカテイア】の中には、ルナルの意識が封じられているのだろう?」

「!? まさか……! では、このままでは……!!」


 フィアネスは、思わず息を呑んだ。

【エリス】とは違う意味での悲劇――それが【ヘカテイア】にも迫っていることを察したのである。

 軽く頷いたウェルザーは、そのまま視線を中空へと投げかける。


(ソルド……ルナルを救うのなら、急がねばならないぞ。もう本当に時間は残されていないのだ……)


 砂塵の舞う風の中、長い髪を躍らせる男は内心でそうつぶやいた。


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