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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(14)窮地脱出


 バビロンのメインコントロールルームに、喧騒が渦巻く。

 先ほどまであった余裕の空気は消え、占拠部隊員たちの顔には動揺と焦燥が浮かんでいた。


「まさかな……あの扉をこうも容易く破壊するとは……」


 アールグレイは、わずかにその目付きを鋭くしていた。

 人質を閉じ込めていた区画は強固な耐震構造を有しており、入口となる扉も一メートルの厚みを持った隔壁に近いものだった。それを素手で吹き飛ばしたのだから、当然の反応だろう。

 もっとも、占拠部隊員たちと異なりその表情は大きく変化していない。この結果に至るまでの過程が、予想より早かったというだけの話である。

 衝撃の光景を映していたスクリーンも、今は完全に真っ白な状態となっていた。

 場の動揺が加速した理由は、むしろこちらの要因が大きいだろう。バビロン内部の監視カメラが機能を停止し、記録されたデータへのアクセスも不可能となっていたのである。つまりは何者かの手で、映像管理システムが乗っ取られたことを意味していた。

 慌てふためき、怒声を上げている人間たちの様子を冷めた視線で眺め、傍らのダージリンが嘆息する。


「私たちも色々、甘く見てたってことね」

「そうだな……」

「で、これからどうするの?」


 その相方の問いに対し、アールグレイは壁から背を離して答える。


「……別にやることは変わらん。迎え撃つだけだ」


 元よりSPS強化兵の現任務は、メインコントロールルームの死守である。

 迷いもなければ、選択の余地もない。いかに相手が恐るべき力を持っていても、それは変わらない。

 男の手にした仮面が照明の下で鈍い輝きを放ち、その顔を表層に映し出す。

 歪みぼやけた鏡面の中でも、彼の目に宿る輝きは強く鋭いものだった。






 静けさに満ちた空間で、ランベルは目を開いた。

 漂う空気はどこか冷たいものだったが、後頭部に感じるのは柔らかな人肌の熱である。

 鈍い光の中で視線を巡らすと、すぐそこには彼を覗き込む薄桃色の髪の女がおり、やや離れたところに赤髪の男の姿があった。


「気が付いた?」

「サーナ……それにソルドも……?」


 その身を起こしながら、彼はつぶやく。

 今いる場所は先ほど閉じ込められていた区画ではなく、天柱内部に張り巡らされた通路の一角だ。


「……あれから、どうなった?」


 記憶を辿りつつ、ランベルはサーナに目を移す。

 どうやらSPS細胞に侵された人質の攻撃を受け続ける中、意識を失ってしまったらしい。

 全身のダメージが消え失せていることから、ナノマシンヒーリングによる治療が施されたことは理解できたが、それ以外の状況は呑み込めなかった。


「脱出は成功したわよ。ソルド君やアトロのおかげでね」


 膝の上を払いながら嘆息したサーナは、ここまでの経緯を端的に話し始める。





 轟音を上げて吹き飛んだ扉の向こうから、冷たい空気が流れ込んでくる。

 渾身の力を込めたサーナの一撃は、想像以上の結果をもって脱出口を開くことに成功していた。

 全身を襲う痺れにわずかなふらつきを覚えながらも、彼女は振り向いて叫ぶ。


「ラン君! 出るわよ!!」


 しかしながら、スキンヘッドの巨漢は不動の姿勢を止めようとしなかった。

 次々と襲ってくる打撃をひたすらに耐え、全身から血を流し続けるだけだ。

 それでもサーナの声が聞こえなかったわけでなく、途切れ途切れに彼は返答した。


「お前だけ……行け……! 俺は、動け、ん……!」

「なに言ってんのよ! そんなわけにいかないでしょ!!」


 死に至るほどではないものの、その身に蓄積されたダメージは明らかに大きい。

 退けと言われて、簡単に撤退行動ができる状態ではなかったのだろう。

 それを理解しつつも、サーナは次に打つ手を見出せずにいる。


(どうすれば、いいのよ……!)


 魔物と化した人間たちを蹴散らせば逃げることは容易いが、それができたらこんな苦労はしていない。

 攻撃手段を物理的な方法に頼るサーナでは、そもそも迂闊な動きを見せただけで敵の思惑にはまってしまうのだ。


(このまま……なにもできないくらいなら……!)


 心に湧き上がる無力感に、忌まわしき記憶が重なる。

 彼女は震えながら、その拳を握り締めた。

 次いで上げた顔に浮かんだのは、サーナらしからぬ悲壮な覚悟を秘めた表情だ。


(ごめん。ラン君……あたしは、もう……!)


 巨漢の肉壁の向こうにいる敵たちを強い眼差しで睨み、内心でつぶやく。

 今、自分がしようとしていることは、ここまでの苦労を無に帰すものだ。それでも彼女は任務より、己の思いに忠実であることを選ぼうとしていた。

 しかし、ふらつく足に力を込め直したその時、彼女の背後から灼熱の奔流が前方へと駆け抜けた。


「!? これは……!」


 赤い炎が荒れ狂う波となり、猛り狂っていた人質たちがたじろぐ。

 生物が本能的に恐れる火はSPS細胞にとっても唯一の脅威であり、ゆえにその行動を抑制するには充分な効果があった。

 絶え間ない攻勢から解放され、ランベルの身体がわずかに揺らぐ。


「サーナ……今のうちだ! ランベルを連れて早く!」

「ソルド君!!」


 現れた赤髪の青年を見てわずかに安堵した表情を見せるも、すぐに彼の意図を察したサーナは巨漢の肉体を抱き締め、後方へと跳んだ。

 入れ替わるように入口へ陣取ったソルドは、狂気の表情に彩られた元人間たちを苦々しい表情で見つめる。


「……まとめて焼き払う」

「待って! ソルド君、今は……!」


 自身の取ろうとした行動を棚に上げ、ソルドを止めようと叫んだサーナだが、そんな彼女の脳裏に女の声が響く。


『だいじょうぶです! サーナさん!!』

「アトロ!?」

『映像管理システムは、わたしが掌握しました。これで内部の情報を操作することはできないはずです!!』

「そういうことだ。ここは私に任せろ」


 声の主――【アトロポス】は、頼まれた仕事が完了したことを告げ、それを知っているとばかりにソルドが頷きを返した。

 監視の目が消え失せた空間に、強く赤い輝きが放たれる。


「すまん……悪く思わないでくれ……」


 迫ってくる敵に憐憫の表情を向け、ソルドは交差した手から業火を解き放った。

 溢れんばかりに広がった炎が哀れな犠牲者たちを包み込み、激しさを増していく。

 あっという間に生まれた地獄絵図のような光景を背に、人外の戦士たちは無言のまま、その場を立ち去ったのだった――。





「……そうか。なんとか窮地からは脱したというわけだな。手間をかけた」


 話を聞き終えたランベルは納得したように頷くと、二人に向けて頭を下げた。

 普段見ることのない男の態度に意外さを覚えつつも、サーナは悪態気味に返す。


「まったく……無茶が過ぎるわよ」

「あの場合は、ああするより他に手がなかったのでな」

「まぁ……一応、礼は言っておくわよ。ありがとう……」


 しかしながら、わずかに目を逸らしつつ続いた言葉はしおらしいものだった。あの場でランベルが時間稼ぎする羽目になったのも自分を庇ってのことなのだから、当然と言えば当然だろう。

 そんなサーナの思いに気付いたかはさておき、男の顔には苦い表情が浮かんでいる。

 作戦目的のひとつでもあった人質の救出が、完全に失敗したからである。結果が覆せない以上、自分たちやオリンポスへの非難は少なからず起こるだろう。

 無言で立つソルドの胸中にも、彼と同様にやるせない思いが渦巻いていた。

 ただ、いつまでもここで陰鬱とした空気に支配されているわけにもいかない。


「で、これからどうするの?」

「……当初の予定通り、合流して管理区画を目指す。こうなった以上、バビロンの奪還は必ず果たさねばならん」

『ですが、アーシェリーさんがまだ……』

「アトロ……シェリーが、どうしたんだ?」


 話の中、通信で割り込んできた【アトロポス】の言葉に、ソルドが反応した。

 衛星軌道側で起こった出来事を彼はまだ聞いていなかったらしく、続いた説明に見る見る表情が変わっていく。

 拳を震わせた彼は、やがて決意を固めたように言い放った。


「……私はシェリーを助けに行く。勝手を言ってすまないが、彼女を見捨てるわけにはいかない」

「そう、ね……アーちゃんを信じられないわけじゃないけど……」


 その言葉に、サーナは反対しなかった。

 実際、アーシェリーと【エリス】が交戦に入ったのは、彼女たちが窮地に陥るより前の話である。一筋縄でいかない相手とはいえ、時間がかかり過ぎていることは事実だ。

 ソルドたちが協力者の立場にあり、元々の頭数に入ってなかったこともあって、ランベルも強く諫めることはしなかった。


「アトロ……君はこのまま、みんなをフォローしてくれ。シェリーと一緒に、必ず戻ってくる」

『……わかりました。気をつけて下さい。ソルドさん』

「ああ」


 今は電脳空間にいる少女にそう返しつつ、ソルドは再びサーナたちと別れて駆け出した。


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