表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
254/304

(9)壊れる者


 衛星軌道に、閃光が走る。

 ぶつかり合うふたつの力が、真空すらも震わせる。

 眼下に火星の大地を臨みながら、女神たちの戦いは加速する。


『うおおおおおあぁぁぁぁっっ!!』

『アレクシア! もう止めてください! このままでは、あなたは……!』


 声にならない絶叫と共にぶつかり合いながら、鋼鉄の女神と化したアーシェリーは悲痛な表情を浮かべていた。

 A.C.Eモードの力を集約し器用に扱いながらも、そこに激しい闘志は見られない。


『うるさいっっ!! 戦えっっ!!』


 そんな彼女の放つ声を、【エリス】は聞き入れない。全身から黒い炎のようなオーラを迸らせ、手にした槍を振るう。

 虚空に描かれる猛火の軌跡が、獣の顎となって宿敵を襲った。

 しかしその一撃を、アーシェリーは銀の穂先で貫く。

 緑のオーラを纏った突きは一条の光となって獣を裂き、黒き女の身を打ち据えた。


『うぐぁっ!!』


 回転しつつ弾き飛ばされた【エリス】は、闇に血を吐きつつ態勢を立て直す。

 その緋色の瞳に浮かぶ光は猛々しくありつつも、徐々に薄れているように見えた。


(ち、力が……もっと……!!)


 宿敵を睨みつつ、彼女は願う。【エリス】として蘇った頃に感じていた圧倒的な力の迸りを。

 己が望みを叶えるために得たはずの力を――。


(アーシェリー! 私の未来を奪った女! 私の……を奪った女!!)


 更なる憎悪を絞り出し、黒き炎を大きくする彼女だが、そこではたと気が付いたように目を見開く。


(わ、私の……? なにを奪った? 私は、なにを奪われ……!?)


 震える手を、頭に当てる。

 思い出に残っていたはずの男の姿――それが、霧のように消えていた。

 ()()()()()にとって、決して忘れられないはずだった男の姿が。


『うああああぁあぁぁっっ!!! わ、私は! 私はなにをおおおぉぉぉっっ!!』


 ただ心に湧き上がっている憎悪だけを頼りに、【エリス】はその身を肉弾に変えた。

 そして宿敵に向かい、突貫する。


『アァシェリィィッッ!!! お前は、お前は、なにを奪ったあああぁぁぁっっ!?』

『!? アレクシアッッ!!』


 緋色の双眸から、紅の光が散った。

 驚きに叫んだアーシェリーは【エリス】の特攻を受け止めると、そのまま地上へと落下していく。

 大気圏突入によって生まれた灼熱の光が、両者の身体を包み込んでいく。

 そして星空を背に、彼女らの様子を離れたところから見つめていた紫色の光があった。


(……強大な力……けれど、あの女は壊れている……己の放つ力で……)


 闇の染みとなって存在するもの――【ムネモシュネ】は観察するような視線を放ちながら、光の中に消えていく者たちを追った。






 全体が黒で統一された室内に、わずかな光が満ちている。

 壁際に並ぶ計器と十基以上の培養槽――その前に浮かぶスクリーンを、二人の男が見上げている。

 スクリーンにはリアルタイムのものと思われる映像が映し出されており、そこには交戦する二人の男女の姿があった。


「ふむ……ディンブラが特務執行官と遭遇したようじゃのう」

「やはりですか。彼らの能力を考えれば、当然ではありましたがね……」


 ニーザーとガイモン――人格継承によって蘇った男たちは、戦いの様相を目にして唸る。

 その動きは、およそ人の目には捉えられないものだ。


「環境を選ばずに活動できる生体兵器か……お前の話を聞いた時には、にわかに信じ難いことじゃったがな」

「天才と呼ばれたあなたでも、予想外でしたか」

「フン……」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしつつも、ガイモンは否定しなかった。その視線は、映像に釘付けとなったままだ。

 ニーザーはスクリーンの中で跳ねるように吹き飛ばされた女の姿を見て、わずかに目を細める。


「しかし、一対一では勝てないでしょうね。アールグレイやダージリンほど、彼女は優れていない」


 SPS強化兵の量産型であるディンブラは、基礎能力こそ試作型に匹敵するものの、自己判断力や戦闘経験値では大幅に劣る。元々が一般人だった女の脳をベースにしているためである。

 そもそもアールグレイたちでさえ、特務執行官との対決では後れを取るのだ。ディンブラの勝ち目は、万にひとつもないと言えた。

 ガイモンは、改めて鼻を鳴らす。


「今までのデータを照らし合わせれば、当たり前のことよ。じゃが、わしとて無策でディンブラを送り出したわけではないぞ」

「ほう……? 興味深いですね。彼女にいったいなにを?」

「すぐにわかる」


 ニーザーの問いに対し、彼は意味ありげに笑って見せる。

 そこには邪な野心がありありと感じられた。






 鋼の空間に、轟音が響き渡る。

 宙を舞った黒いスーツの女が、激しく壁面に叩き付けられる。

 そのまま彼女は受け身を取る動作も見せず、床に落下した。


(さすがに、女をブチのめすのは気が引けるな。たとえ人間でなかったとしても……)


 人形のように転がった女を見つめ、シュメイスは苦い表情を浮かべる。

 バビロン最上部で遭遇したSPS強化兵ディンブラとの戦いは、優勢に進んでいた。

 敵は並の反応速度で対応できないほど速かったものの、神速の特務執行官の異名を持つシュメイスにとってはコマ送り程度の動きでしかない。そもそも苦戦する要素が皆無と言えた。


「シュメイスさん」

「アトロ……早くサブコントロールルームに行け。人質の在り処を探り出すんだ。俺はこいつを押さえておく」

「わ、わかりました」


 わずか数分にも満たない攻防を茫然と眺めていた【アトロポス】だが、その言葉に我に返ったように駆け出す。

 マテリアルボディ自体は戦闘に耐えられる躯体であるものの、扱う彼女自身は戦いの素人だ。シュメイスが【アトロポス】を衛星軌道側に配置した理由は、サブコントロールルーム占拠後のサポートを任せるためであった。

 大扉の向こうに消えゆく彼女を見送ったところで、シュメイスはディンブラに視線を戻す。

 仮面の女は、どこか機械的な動きで立ち上がろうとしていた。


「まだ立てるか。まぁ、当然だな……けど、何度やっても無意味だと思うぜ?」

「特務執行官……排除します」


 苦しむ様子もなく淡々とつぶやいたディンブラは、次の瞬間には床を蹴って跳んでいる。

 風を巻いて放たれた回し蹴りが、金髪の青年の首を狙った。


(……自らの意思を持っているようで、実は持っていない。ソルドの言っていた奴とは、ずいぶん違うな……)


 シュメイスは、あくまでも冷静に相手を見据える。

 一歩下がって蹴りを回避した彼は、無造作に右の掌底を突き出す。

 放たれた衝撃波がディンブラに直撃し、彼女は再び壁へと叩き付けられた。


「さて、そろそろ終わりにするぜ。こっちも暇じゃないんでな……」


 その目に鋭い輝きを宿し、シュメイスは右手を掲げる。

 空間に満ちる空気が対流し始め、その手を中心に渦を巻く。

 幾重にも重なった風のリングが、荒々しい音を立てた。


『ディンブラよ……聞こえるか? プランCじゃ……プランCを実行せよ』


 己に迫ろうとしている危機を感じることもなく身を起こしたディンブラは、そこで別の男の声を聞く。

 仮面の通信装置から流れたガイモンの指令に、青いバイザーがわずかに輝いた。


(なんだ? この嫌な感じは……?)


 斬撃の旋風を放とうとしていたシュメイスは、そこで眉をひそめた。

 全身がひりつくような感覚――それは特務執行官と呼ばれている者たちすべてが知っているものであったが、なぜそれを今感じたのか、すぐには理解できなかった。

 刹那、動きを止めた彼を無視し、立ち上がったディンブラが両腕を大きく広げた。


「プランC……実行」


 その声と共に、仮面が排気音と共に左右に割れる。

 鮮やかなオレンジの髪が広がり、女の風貌が明らかになるが、同時にひとつのカプセルが宙を舞った。

 それはすかさず、音を立てて砕け散る。


「!? バカな! あれがなぜ!?」


 現れたのは、紫色をした種子のような物体である。

 シュメイスが叫ぶ中、それは無数のツタとなってディンブラを襲う。あっという間に女を包み込んだツタは、繭のようなサナギを形作った。

 舌打ちしつつ腕を振り下ろしたシュメイスだが、サナギを包み込んだ風刃は、表面をわずか削るだけに過ぎない。

 不気味な脈動を見せた肉の塊は、やがて爆発するように弾け飛ぶ。


(くそ……! まさか、こんなことになるなんてな……!)


 予想もしていなかった出来事に、青年の表情が歪む。

 肉片のように飛び散ったサナギの中心から現れたもの――それは紫色の体色を持ち、体のあちこちから緑の突起を生やした女の姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ