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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(8)戸惑う闇


 日頃は喧騒の絶えない空間に、絶叫が走る。

 それは人ならざるものが放つ不快な叫びである。

 爬虫類に似た異形の怪物――迸る血飛沫が紫色に宙を染め上げ、戦場を歪に彩る。

 しかし、一度苦しんだ怪物は次の瞬間には生気を取り戻し、目の前の敵へと襲い掛かる。


「しつっこいわね!」


 面倒とばかりに叫びつつ、特務執行官のサーナは相手を殴り飛ばす。

 光を帯びた拳が炸裂すると、触れた部分から砂のように怪物が崩れ落ちていく。

 細胞活性能力を応用したその攻撃は、高い再生力を誇るSPS細胞すら過剰な活動を促すことで、崩壊へと導いた。

 殴る先から敵を消し飛ばす彼女とは対照的に、ランベルは触れた相手の動きを止めていく。それは異形の分子構造を強制的に書き換えて、文字通り石へと変える能力だ。

 生命活動を失った怪物は石像となり果てて床に落ち、倒れる。

 それ以上は手を下す必要がなかったものの、万が一を考えてなのか、ランベルは不気味なオブジェを悉く破壊した。

 無限に続くかと思われた戦いだが、どちらかが果てれば終わりを迎える。

 やがて数百体にも及ぶ怪物たちを一掃した特務執行官の二人は、大きく息をついた。


「……どうにか片付いたわね」

「そうだな。しかし、思ったよりも時間がかかった。数が揃うと面倒な相手だな」

「同感。まったく厄介なもん作ってくれるわね……」


 ランベルのつぶやきに、サーナは手をぶらぶらと振りながら答える。

 実のところ、二人の能力はあまり乱戦向きとは言えない。SPS強化兵を相手取るためだった布陣が、裏目に出た感じだ。


「ところで、ソルド君はどうしたのかしら? ちょっと遅いわね?」


 少しして、サーナは元来た方向を見やった。

 作戦では陽動が終わったら、速やかに合流する手はずになっている。ここでもたついていたことも考えれば、もう追いついてきて良いはずだ。

 ランベルは黙したまま頭に手を当てていたが、やがて表情を険しくする。


「ふむ……こちらからの呼び掛けにも応答がないな」

「まさか、敵に出くわしたのかしら? もしかして【ヘカテイア】……!」


 簡易通信が通じなかったことを異変と捉えたサーナは、その場から駆け出そうとする。

 しかし、その腕をランベルは掴み止めた。


「なぜ、止めるのよ!」

「バビロン奪還の任務を忘れたのか? それに人質が地上付近の階層にいた場合、救出に向かうのは俺たちの役目だぞ」

「だからって!」


 なおも反発してくる仲間を、彼は真っ直ぐに見据える。


「心配する気持ちはわかる……だが、お前は仲間を信じられない女でもないはずだ」

「……いちいち癪に障る言い方するわね……」


 眉を吊り上げつつ、サーナは掴み取られた腕を払った。

 ランベルはそれ以上の干渉は避け、彼女の様子を見つめるのみだ。


(ソルド君……今は無理しないでよ)


 やがて震える手を握り締めた美神は、向きを変えて歩き始める。

 嘆息気味に一度、入口方向を見やった男もまた、そのあとに続く。

 今は荒れ果てた惨劇の空間に、ふたつの靴音だけが整然とこだました。






 バビロン近傍では、ソルドと【ヘカテイア】の戦いが始まっていた。

 吹き荒れる衝撃波が空を切り裂き、周囲の物を薙ぎ払う。

 打ち砕かれた建造物の破片が舞い、轟音が辺りを満たしていった。


「死になさい! ソルド=レイフォース!!」


 手加減など毛頭するつもりのない【ヘカテイア】は、後先も考えず力を振るう。

 回避することで被害の拡大を恐れたソルドは、エネルギーフィールドでそれを受け止め、時には逸らしていた。

 しかし、想像以上の力を前にフィールドの維持は早くも困難になっている。彼の意図も、あまり意味を成してはいなかった。


(くそ……まずいな。このままでは無駄に騒ぎが大きくなる。なんとかしなくては……)


 先ほど仕掛けた陽動が霞むほどの破壊の嵐に、新たな喧騒も巻き起こる。

 特に反政府組織の手勢は完全に敵襲だと思い込んだようで、武器を手にこちらへと向かってきている。

 宙に逃れつつ、天柱から遠ざかるように飛んだソルドは、焦りに表情を歪めていた。


(どうすればいい? この状況でルナルに呼び掛けるためには……)

「逃げられると思っているのっ!!」


 追いかけるように【ヘカテイア】が飛んでくる。

 振り下ろされた大鎌の一撃を白羽取りで止めるも、強烈な衝撃に身が震えた。


「私を騙した嘘つきの偽善者……ここで終わらせてあげる……!!」

「くっ……ルナル……!?」


 同時に女の放った罵声が、彼の頭にひとつの事実を蘇らせる。


『兄様も本当は気付いているんでしょう? 私と【ヘカテイア】が同一人物だってこと……』

(そうか……私はまた過ちを犯すところだった。ルナルに呼び掛けるということは、そもそも……)


 ソルドは今、やらなければならないことを悟った。

 炎を爆裂させ、大鎌を弾くように飛び退いた彼は、再び全速で天を駆けていく。すかさず追随する【ヘカテイア】。

 二筋の光となった両者は、やがて基幹都市レイモスを離れた無人の荒野に着地した。


「……もう鬼ごっこは終わりかしら?」

「ああ……こんなことをしていても意味はないのでな」

「だったら、死ぬのね!!」


 人目につかぬ地にやってきたことを交戦の意思と捉えたのか、【ヘカテイア】は嬉々として彼に襲い掛かる。

 しかし、それに対してソルドの起こした行動は意外なものだった。

 距離を詰めるように跳んだ彼は大鎌の振り下ろされる前に、女の身体を抱き締めたのである。


「くっ……ソルド=レイフォース! お前!?」


 身動きの取れなくなった【ヘカテイア】の耳元で、ソルドは囁くように言う。


「ルナル……もう止めにしよう。私はお前と戦えない」

「戯言をっ!!」

「お前を苦しめたのは、私の罪だ……お前を傷付け、お前が辛い思いをしていた時に傍にいてやれなかった。本当にすまない……」

「今更、なにをっ……!」


 どこか悲しげに放たれた言葉に、黒き女は力を失う。

 それはこれまでと違い、【ヘカテイア】をルナルと認めた上で紡がれたものだった。

 彼女のわずかな震えをその身に感じながら、ソルドは声音を変える。


「だが、聞け……今、混沌は力を増し、人の世界を侵食している。このままでは、今まで以上に多くの人々が生命を散らしていくことになるだろう……」


 訴えかけるように、諭すように彼は続ける。

 吹き抜ける風の中で、二人の時だけが止まったように見えた。


「私は罪のない人々を守るため、特務執行官となった。これまでオリンポスの取った手段が……私たちのやり方が正しかったとは言わない。だが、その思いだけは確かなものだ。そして私はこれからも、同じ思いを胸に戦い続ける」


 そこでソルドは、【ヘカテイア】の目を見据えた。

 輝く銀の瞳が、力強い黄金の瞳を映し出す。


「ルナル……お前はどうなんだ? お前もこんなことをしたくて、力を求めたわけじゃないはずだ。お前はなぜ……」

「くっ……黙れ! 放せっっ!!」


 やがて首を振り、力任せに拘束を振りほどいた【ヘカテイア】は、距離を取りつつ大鎌を振りかぶる。

 その顔には憤りと同時に、どこか切ない表情も入り混じって浮かんでいた。


「そうやって……お前は、私の心を弄ぶっっ!!」

「よせ! ルナル!!」

「殺す……殺してあげるわ!! この偽善し……うっ! うああああぁあぁぁっっ!!」


 激しい殺意をみなぎらせて動こうとした彼女だが、そこで苦しむような絶叫を上げた。

 大鎌が大地に落下し、音を立てる。次いで自身もまた前のめりに倒れた。


『行って』


 その様子を茫然と見ていたソルドは、突然響き渡った声を聞いて目を見開いた。

 それは目の前の女が放ったものではなく、彼の頭に直接聞こえてきたものだった。


『行って。兄様……早くっ……』


 その声は、消えゆくようなか細さでソルドに行動を促すだけだ。

 しかし、それが深闇の世界で会ったルナルのものであることは間違いなかった。


「ぐ……うおえぇぇぇぇっ!! お、のれ……お前は……おまえは、なぜ……!?」

『はやく……いって……』


 激しく嘔吐し、地を転がる【ヘカテイア】。

 悶え苦しむ彼女に手を差し伸べようとして、ソルドは動きを止める。

 思い直した彼は強く唇を噛み締めると、後ろ髪を引かれる思いでバビロンへ向けて飛び立った。


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