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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE12 光呼び戻すために
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(3)覚悟の時


 光と闇が交互に渦巻く異相次元の浮き島に、影が集っていた。

 強大な混沌のエネルギーを纏う黒い影たち――その目には、それぞれ異なる光が浮かんでいる。


「それで、特務執行官たちはどうだったんだい?」


 金の瞳を持つ【ハイペリオン】は、紫の瞳を持った同胞に問い掛ける。

 先頃蘇ったばかりのその同胞――【ムネモシュネ】は、わずかに視線を上げた。


「まだ未熟だけど、侮れない存在……近い内に脅威となることは間違いない……」

「あなたがそれを感じ取ったということは、よほどのことね」


 銀の瞳を持つ【テイアー】が、納得したように言う。

 その態度からするに、【ムネモシュネ】に対して特別な信頼があることが窺える。


「もし叩くつもりなのなら、今の内だと言っておく……」

「面白い! 我が力も満ちてきたことだ。なれば、特務執行官どもに引導を渡すとしようか?」


 赤い瞳を持つ大柄な影――【イアペトス】が傲然と言い放つが、それをすかさず遮ったのは【ハイペリオン】だ。


「残念だけど、それはまだ先だよ」

「なに?」

「君も前の不覚を忘れたわけじゃないだろう? 確かにあの頃と比べれば格段に力は増しただろうけど、今は温存しておくべきだ」

「ずいぶん臆病風に吹かれたものだな……そもそも本格的に行動を再開すると言ったのは、貴様のはずだぞ?」


 不満げな仲間に対し、金眼の【統括者】は首を振るような動作をする。


「確かにそう言ったけど、なにも考えずに行動するとは言っていないよ。敵が特務執行官だけならまだしもね……」

「裏切り者のことか?」

「そう。奴の思惑や、あの女たちの正体はまだ掴み切れていない……」


 いまいましさを声に覗かせながら、彼は続けた。

【ハイペリオン】としても苦い思いを抱いていることは変わらないが、今の彼には個人的な感情以上に、自身らの目的のために最善を尽くそうとする意思が窺える。


「ただ、あのバビロンとかいう塔は、人間たちにとって重要な意味があるものらしい。このまま終わるわけでもなさそうだ……」

「それはもう一度、騒動があると言いたいの?」

「そういうことさ。そして、この前の動きを考えれば、奴らや特務執行官も絡んでくる可能性は高い……」


 そこで【ハイペリオン】は、己の意見を語った。

 バビロンの攻防で眷属たるカオスレイダーを巡り、特務執行官や【ヘカテイア】が動いていた事実――当初こそ単純な対立かと思ったものの、実際は人間世界における勢力争いも絡んでいたようだ。

 本来、そういったものに無関係だったはずの彼らが、なぜここに来て行動を変えたのか?

 オリンポスや【レア】の思惑を知る上で、かの地における騒動はひとつのキーポイントになるというのが、彼の出した結論だった。


「……もちろん、ただ見ているだけでもないんだけどね。【ムネモシュネ】……もう一度、頼まれてくれるかい?」

「……構わない」


 含みありげな同胞の頼みに、【ムネモシュネ】は淡々と答える。

 暗き力の荒れ狂う空間に、その紫色の双眸が歪な輝きを放った。






「【ヘカテイア】が、またバビロンに向かうだと? しかも今度は奪還を阻止するために!?」


 フジ島のアジトに、怒声のような声がこだまする。

 コンソールを破壊しかねない勢いで叩いたソルドは、モニターを凝視した。

 乱れた映像の向こうでは、銀髪の少女フィアネスが静かに頷いている。


『ええ……【レア】は、手段を問わないと言ってましたわ』

「手段を問わない……ということは、【ヘカテイア】も本気で戦いを挑んでくるということですか?」

『そう解釈して良いですわね』


 動揺に次いで、緊張が走る。

 その意味するところがなんなのかを、ソルドたちは身をもって知っていた。


「下手をすれば、オリンポスの誰かと【ヘカテイア】が殺し合うことになるわけか……!」

『ええ……ルナルを救うのなら、もうこれが最後のチャンスですわ。【ヘカテイア】も、あなたたちの行動の真意に気付くかも知れませんし……』

「ソルド……!」


 凍り付く空気の中、アーシェリーが訴えるように視線を向けてくる。

 わずかに脅えた様子の【アトロポス】も、内に秘めた思いは同じようだった。


「……確かにフィアネスの言う通りだな。状況は厳しいが、やるしかない」


 ソルドは拳を握り締める。

【ヘカテイア】が、前のような隙を晒してくれる可能性は低いだろう。彼女が去り際に見せた強い憎悪の視線は、今も彼の脳裏に焼き付いている。

 果たして次に相まみえた時、ルナルに接触する余裕があるのか――そもそもルナル自身が再度の呼び掛けに応じてくれるのか、不安の種は尽きない。

 それでも、ソルドは覚悟を決めていた。

 ルナルに自身の思いを伝えるため、風前の灯となった愛妹の心の光を取り戻すために、彼は生命を懸けるつもりでいたのだ。


「今度こそ、ルナルを救い出す……! シェリー、アトロ……力を貸してくれ」

「はい!」


 頷き返してくる二人の仲間を見やりつつ、彼はモニターに視線を戻す。

 目に映る銀髪の少女とは別に、この内容を聞いているであろうもう一人の人物のことが頭をよぎった。


(オリンポスにも、この情報は伝わっただろう。果たして司令たちが、どういう手を打ってくるのか……)






「特務執行官を三名、向かわせるだと!?」


 少し時を置いたあとのオリンポスの拠点パンドラでは、ボルトスが驚愕した声を上げていた。


「そうだ。シュメイスからの情報だ。【ヘカテイア】が、バビロン奪還作戦の阻止に乗り出してくるらしい」


 いつものシートから彼を見下ろす司令官のライザスは、対照的に落ち着いた声音で返す。

 その顔に浮かんでいるのは、揺るがぬ決断を下した時の厳しい表情だ。


「しかし、今はただでさえ人手不足なんだぞ? カオスレイダーの被害が拡大する中で、三人もの特務執行官を行かせる必要があるのか?」

「【ヘカテイア】がいるとなれば、これでも正直足りないくらいだ。お前もそれはわかるだろう」


 なおも反駁する同僚に、彼はあくまでも冷静に受け答える。

 現在のオリンポスはソルドたちの不在もあって、常に本拠を空けることも多いほど多忙であった。

 こうして二人が顔を合わせたのも、実に数日ぶりなのだ。


「それに、一時的な戦力の集中も策のひとつと言える。今回の場合は、なおさらな」


 次いでライザスは視線を上げつつ、自らのプランを語る。

【ヘカテイア】への対抗策はさておき、今のオリンポスにはバビロン奪還という別の任務もある。

 組織の本来の目的を疎かにしないためにも、これは超短期間で決着をつけるべきだと――。


「……止むを得んか。それで、誰を向かわせるつもりだ?」


 しばしのち、瞑目していたボルトスは、改めて問い返した。

 ただならぬ激戦が予想されるだけに、向かわせる特務執行官の人選は気になるところだ。


「バビロンという限定された空間での戦いなら、純粋にフィジカルの勝負となる。シュメイス、サーナ、ランベル……この三名に行ってもらう」


 すかさず返された答えを聞き、彼はわずかに息をつく。

 スピードに優れるシュメイスと、近接戦闘のスペシャリストであるサーナとランベル――バビロン内部でSPS強化兵を相手取るには、文句ない布陣だ。

 しかしボルトスが安堵した理由は、選出メンバーが【ヘカテイア】に対して強い敵意を抱いていないという点だった。特にシュメイスとサーナは、ルナルを救うことに対しても肯定的かつ協力的だ。


「……すまんな。ライザス……」

「なんのことだ? 今回の戦いは、恐らく今までで最も厳しい戦いとなる。状況を鑑みて最適とも言えるメンバーを選んだだけのことだ」


 言葉の厳しさとは裏腹に、どこか思いを馳せるような口調でライザスはつぶやいた。

 ボルトスはあえてそれ以上問い詰めなかったが、同僚の見せた態度にわずかな笑みを漏らすのだった。


(……想定しなかった事態とはいえ、これでお膳立ては整ったな。ソルドよ……あとはお前たち次第だ。ルナルを必ず救い出せ……!)


 遥か彼方の青き地にいる者たちを思い、彼は祈るように内心でつぶやいた。


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