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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(24)月光の心


 愛も憎悪も表裏一体。

 二人の兄妹は、己が思いのままに激突した。

 漆黒の大鎌が空を裂くと、迸る衝撃波が床や壁を巻き込んで破壊する。

 荒れ狂ったように舞う粉塵の中を赤い光が駆け、そのあとを追うように黒い闇が風となる。

 乱舞する刃から再度生まれた破壊の奔流を、黄金光の防壁が受け流す。

 三百六十度へ散るように粉塵が吹き飛び、二人の姿が明確になる。


「……やっぱり少し変わったようね。ソルド=レイフォース……」

「【ヘカテイア】……」


 大鎌の柄の先端を掴んで止めたソルドを見つめ、【ヘカテイア】は感心したように言う。

 目の前にいる男は、黄金の光をわずかに放っていた。


(確かに以前とは違う。奴の動きにも力にも……ついていけるようになっている)


 ソルドもまた意外そうな表情をしている。

 かつてイサキを救った力はダイゴ=オザキとの戦い以降、わずかずつ引き出すことができるようになっていた。それは彼の身体能力をも引き上げていたのだ。


「面白いわ!! 楽しくなりそうね!!」

「ぐっ……!?」


 それでも【ヘカテイア】との力量差は、まだ埋まらない。

 振り下ろされる刃の重みが増し、先端がソルドの肩口に食い込む。


「く……! ルナル……私の声を聞くんだ!!」

「さっきから、なにを言っているのかしら!?」


 血を流しつつ苦痛に耐えながら、彼は叫ぶ。

 しかし、それに対する黒き女の返答に変化はない。


(ダメか……! この状況では、ルナルの封じられた心を呼び覚ますことはできないか……!)


【レア】から聞いた条件が思い出される。

【ヘカテイア】と対峙した状態で呼び掛けることはできたが、ルナルの復活を望む他者が今ここにはいなかった。戦いながらでの呼び掛けでは思うように集中できないのも、理由のひとつにあったろう。

 歯噛みしつつ【ヘカテイア】を見つめたソルドだが、突如風を切る音が聞こえてくる。

 それがなにか気が付く前に、目の前を渦のような波動が横切った。

 とっさに黒き女は大鎌を離して飛び退り、ソルドもまた動きの自由を取り戻す。


「ソルド!! 無事ですか!!」

「シェリー! アトロ! 来てくれたのか!!」


 聞こえてきた声の方向に目をやると、そこには緑髪の女性とポニーテールの少女がいた。言わずと知れたアーシェリーたちである。

 ソルドは顔をしかめつつ大鎌を引き抜くと、それを投げ捨てる。


「薄汚い泥棒猫にポンコツの電脳人格……! うっとうしい……!!」


 同じように目をやった【ヘカテイア】は、憎悪に表情を歪める。

 新たな大鎌を生み出した彼女は、それを振りかぶって攻撃を放とうとする。


「させるかっ!!」


 ソルドはすかさず跳んだ。

 一気に黒き女の眼前に迫った彼は、先ほど同様に振り下ろされようとした柄を掴み止める。


「ソルド! お前はっ!!」

「二人共、今だ! ルナルの……心に!!」


【ヘカテイア】を見据えたまま、ソルドは叫ぶ。

 わずかに逡巡したアーシェリーたちだが、彼の言葉の意味を察すると、すぐに声を張り上げた。


「ルナル!!」

「ルナルさん!!」

「ルナル!! 私たちの声を……聞けぇっ!!」


 三人の声が重なる中、【ヘカテイア】は更なる憎悪を滾らせて大鎌に力を込めようとする。

 その瞬間、彼女は大きく目を見開いた。


「うっ!? ぐ……うああああぁああぁぁぁぁっっ!!!」


 頭を押さえてのけぞり、黒き女が絶叫する。

 同時にソルドの身体から、先ほどまでと異なる白銀の光が漏れた。






「ここは……?」


 気が付くと、ソルドの意識は暗闇の中にあった。

 自身の存在すらも認識できないほど、深い闇が周囲に広がっている。


(まるで、溶けて呑み込まれてしまいそうだ……)


 率直な思いを、彼は抱く。

 このまま居続けたら、いずれ本当に言葉通りになりそうな気がした。


「兄様……」


 そんな中で、彼は聞き慣れた女の声を聞く。

 目を向けるように意識を集中すると、そこにはおぼろげな光を放つ人の姿がある。

 その正体がなにか、ソルドはすぐに察した。


「ルナル!!」


 特徴的な青い髪と銀の瞳は、紛れもなく彼の知る愛妹のものだった。

 声にならないその声を肯定するように、女は頷きを返す。


「久しぶり……というべきかしら。兄様……」

「やはり、ルナルなんだな! だとすると、ここは……」

「そう……ここは【虚無の深闇】の中よ」


 ルナルは無表情につぶやいた。それはこれまでの幻影で見せてきた悲痛な姿とは、まるで違うものだ。

 巡る様々な思いの中でソルドは訝しみつつも、言葉を紡ぐ。


「ルナル……なにから言えば良いかわからないが、とにかくここを出よう」

「できないわ」

「なぜ!?」

「できると思っているの? ここは光さえ出られないブラックホールのような場所なのよ。今、ここにいる兄様も、一時的に意識を接続しているだけに過ぎない……私の残滓を媒介にね」


 しかし、それに対するルナルの返答は、やはり冷たいものだった。

 どこか説明的な口調は、特務執行官の任に当たっていた時の彼女と同じものだ。


「それに今更、どんな顔をして戻れって言うの? オリンポスを崩壊させ、多くの人々を苦しめた私に……」

「だが、それは【ヘカテイア】が!!」

「違うわ。兄様も本当はわかっているんでしょう? 私と【ヘカテイア】が、同一人物だってことを……」


 今、ここに実体があれば、ソルドは息を呑んでいたことだろう。

 わかっていても認めたくなかった事実を、ルナル本人はあっさりと肯定した。

 彼女はそこで陰のある表情を見せ、訥々と語り始める。


「兄様が地球へ行ったあとの任務で、私は【ハイペリオン】に殺されかけ……そして【エリス】に助けられた」


 それはルナルが、ソルドたちの前から姿を消したあとの経緯だった。

【エリス】に連れ去られたルナルは、そこで【レア】と邂逅したと言う。


「……瀕死の私を、【レア】は蘇らせたわ。そして同時に、私の心の闇につけ込んだ……」


 どこかおぞましいことを思い出すように、彼女の口調は変わる。

 ソルドは口を挟むこともできずに、話に聞き入るだけだ。


「私の中の嫉妬と憎悪……そして昔から存在していた殺意の塊が溶け合った存在こそ、【ヘカテイア】なのよ。【虚無の深闇】によって力を得た彼女は、私に代わって表に解き放たれた……」


【ヘカテイア】の正体――それはエルシオーネが語ったものと、ほぼ同じだった。

 わずかに違ったのは、そこに人格継承実験の産物が絡んでいたことだろう。

 ルーナ=クルエルティスの殺意が下地にあったため、凶悪な【ヘカテイア】は形成されたのだ。


「今の私に【ヘカテイア】を止める力はない。少し気を逸らして邪魔する程度が関の山よ。私は嘆きながら、彼女の凶行を眺めるしかなかったわ……」


 顔を俯けて、ルナルは続ける。

【虚無の深闇】に閉ざされていても、外界で起こったことはすべて知っていたと。

 同時に【ヘカテイア】の為すことすべてが、自身の奥底にあった歪んだ願望の発露だったということも――。


「……だから、彼女の罪は私の罪なのよ。私は、彼女と共に果てるべきなの……」

「!? バカな!! そんなこと!!」


 ソルドの意識は、そこで絶叫する。

 彼女と共に果てるべき――その言葉の示す意味を、彼は悟ったのだ。

 再び顔を上げたルナルは瞳に涙を浮かべながら、寂しそうに微笑んだ。


「……ありがとう。兄様……こんな私を見捨てないでくれて。でも……もう、さよならよ……」


 その言葉を最後に、輝く妹の姿は遠ざかっていく。

 ソルドの意識が一気に後退し、現実の世界へ舞い戻っていく。


「待て!! 待ってくれ!! ルナルゥゥゥッ!!!」


 抗うこともできない中で、彼は必死に妹の名を叫び続けた。






 再び気が付くと、ソルドの目の前には【ヘカテイア】がうずくまっていた。

 後ろからは、アーシェリーと【アトロポス】の声が飛んできている。

 意識が闇に飛んでいた時間は恐らく一瞬か、長くても数秒程度だったのだろう。

 どこか呆然とした表情のままにソルドが一歩を踏み出した瞬間、黒き女は顔を上げた。


「おのれ……ソルド=レイフォース……!!」


 憎悪を滾らせた表情で、彼女は目の前の男を睨み付ける。

 しかし同時に、その瞳には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。


「殺す……!! お前は私が必ず殺すっ!! 兄だなどと嘘をつき、私を裏切った偽善まみれのお前を……絶対に許さないっっ!!!」

「!? ルナル……!!」


 絶叫しつつ退くように跳んだ【ヘカテイア】は、そのまま自らが生み出した闇の中に消えていく。

 輝く軌跡を残して去る黒き女を、ソルドは同じように涙に濡れた顔で見送った。


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