(21)立ちはだかる者たち
異形の怪物は、ガーディナル・アーミーに飛び掛かる。
その動きは人の目に捉えられぬほどに素早いものだ。
しかし、重装兵たちは生体強化を施された者たちであり、棒立ちのままでいたわけではない。
宙に閃いた鉤爪がボディアーマーとぶつかり、激しく火花を散らす中、彼らは腰から引き抜いたダガーで応戦する。
「化け物がぁっ!!」
残念ながら、その攻撃は効果があると言えなかった。
肌に食い込んだ刃に、異形は確かに血を流す。人に非ざる紫の血をだ。
しかし、その傷は炎の光に照らされる中で、数秒とかからずに回復してしまう。
「こいつら……やはりSPS細胞を!」
その様子を見つめてシュメイスは確信するも、同時に手を出せないことに苛立たしさを感じていた。
彼の得意とする風の力を用いれば、たとえSPS細胞を宿した相手でも物の数ではない。しかし、重装兵と乱戦を繰り広げている現状で力を振るえば、味方を容赦なく巻き込んでしまうだろう。
そして状況は、更に悪化しようとしていた。
「今だ! 突破しろおおぉぉっっ!!」
怒声のような号令と共に、襲撃者の武装兵士たちが突っ込んできたのだ。
レーザーライフルを容赦なく撃ちながら、彼らは重装兵の壁に封鎖されていたゲートの突破を図る。
半数ほどの味方が倒れ、残された者たちも異形の怪物に手を焼く中、シュメイスは接近戦を仕掛ける。
しかし、武装兵士に当て身を食らわせつつ動きを封じようとしても、すべてを捌き切るのは不可能だった。加えて標的を失った一部の異形たちが、シュメイスの動きを止めようと襲い掛かる。
「くそっ!! 邪魔だ!!」
特務執行官の身体能力ならまったく後れを取らない相手だったものの、決定打を放つこともできない。
拳や蹴りで異形を容赦なく吹き飛ばす中、武装兵士たちは次々とゲートを突破していった。
「ここは俺が抑える! あんたらは早く奴らを追え!!」
襲ってきた異形を一時的に退け、苦戦するガーディナル・アーミーの相手をも撥ね飛ばしたシュメイスは大声で言った。
当初こそためらう様子を見せた重装兵たちだが、やがて彼の真意を理解したのか、突破していった敵の追撃を開始する。
「さぁ、来い!! お前らの相手は、俺がしてやる!!」
意思を持たぬように見えたトカゲの化け物たちは、やがて凄まじい闘志をみなぎらせた青年相手にターゲットを絞ったようだ。
赤い瞳が爛々と輝き、それらが一斉にシュメイスへと襲い掛かった。
バビロンの商業エリアでは、解き放たれた異形たちの殺戮が続いていた。
目にした人間たちを手当たり次第に手にかけていく様は、まさに虐殺と呼ぶにふさわしい。
生体強化された歴戦の猛者たちすら手を焼く怪物相手には、駆け付けてきた警備員程度の戦闘力ではまったく歯が立たない。
次から次へと死体の山が築かれ、辺りが濃い血と鉄の臭いで満ちる中、その殺戮者を止める者はいないかに思われた。
「きゃあああぁぁぁぁぁーーーっっ!!」
友人と逃げる最中、転んでしまった若い女性に、血にまみれた異形が迫る。
しかし、宙に舞ったトカゲの怪物は次の瞬間、なにかに撥ねられたように吹き飛んだ。
身動きも取れず目を白黒させる女性の前に次いで姿を見せたのは、緑髪を束ねたグラマラスな妙齢の女性と黒髪ポニーテールの少女である。
「だいじょうぶですか? ケガはないですか!?」
黒髪の少女――【アトロポス】の問い掛けに、座り込んだ女性は脅えつつも頷く。
その様子を横目にしながら、緑髪の女性――アーシェリーは凛とした声を放った。
「アトロ。その方や他の人々を速やかに避難させて下さい。化け物たちは、私が引き受けます」
「はい!」
彼女の言葉に大きく返事をした【アトロポス】は女性を立たせると、逃げる人々のほうへ共に駆け出す。
銀の槍を回転させたアーシェリーは、そちらへ向かおうとする異形たちを牽制するように波動の一撃を放った。
今しがた同様、吹き飛ばされた怪物の一体が壁にめり込んで動きを止める。
「何者かは知りませんが、これ以上の暴虐は許しません。ここですべて消し去ります!」
静かな闘志を秘め、緑髪の女神は言い放つ。
カオスレイダーとは異なれど、人ではない異形相手に手加減するつもりは毛頭なかった。
「少し遅かったわね。アールグレイ」
バビロンへ突入したアールグレイたちを待っていたのは、同じ仮面を着けた強化兵の女二人だった。
現在位置としては、管理局エリアへと続く大扉の前である。
扉自体は前回と異なり大きく開け放たれ、まったく閉じる気配はない。周囲を警戒していた警備員の数は前にも増して多かったが、今は全員屍のように横たわるのみだ。
泡を吹いて倒れている一人を見やりつつ、アールグレイはわずかに頷いた。
「うむ。制圧部隊を待っていたが、どうやら足止めを喰らったようでな……我々だけで先に来た」
「それってつまり、私たちだけでやるってこと?」
「そうだ。元より作戦の第二フェーズは我々が主体だ。【宵の明星】の制圧部隊など、名目上の手駒に過ぎない」
特に問題ないとばかりに、彼はダージリンの問いに答える。
特務執行官に次ぐほどの身体能力を持つ彼らにとっては、洗練された兵士であっても所詮は足手まといに過ぎない。
ダージリンは、バイザーに隠された視線を落とした。
「組織の面子を保つためってやつね……ま、確かにそんな奴ら、必要ないけれどね」
「そういうことだ。ディンブラ、キームン、お前たちも良いな?」
青い光を放つバイザーを着けた二人の強化兵は、掛けられた問いに対し無言で頷く。
それを確認したアールグレイは改めて扉の向こうへ視線を向けた。
「よし。では、第二フェーズを開始する。ニルギリと合流し、管理局の制圧に向かうぞ」
「待て!!」
その瞬間、彼らの背後から響く声があった。
強化兵たちの視線が一斉に向く中、そこに立っていたのは赤い髪を持った一人の青年である。
「強化兵……なにを企んでいるか知らんが、それ以上先には行かせん!!」
「貴様は……!?」
黄金の瞳に闘志の輝きを宿した男――ソルドの姿を認めたアールグレイは、声に動揺を宿す。
同時にその手が、固く握り締められた。彼にとって、ここにソルドが現れることは、まったく想定外の事態だった。
「……ここにきて、まさか奴が姿を見せようとはな……!」
「フフ……そう驚くことはないわ」
「なに!?」
しかし、ダージリンにとっては違った。
嬉々としたように同胞のつぶやきに応答した彼女は、そのまま一歩を踏み出す。
「アールグレイ。私が彼を足止めするわ。あとは任せるわよ」
「ダージリン……お前……!?」
「ゾクゾクする戦い……それが私の望むもの。あなたも、わかっているでしょう?」
彼女の言い放った言葉は、常日頃から聞き慣れたものだった。
かつてルーナ=クルエルティスと呼ばれていた頃からの性癖――ソルドとの戦いを望む彼女の心情は理解できる。
しかし同時に、なにか別の理由があるようにも感じていた。
「……無理はするな」
その違和感の正体がなんなのか――わからぬまま彼が口にしたのは、その一言だった。
ダージリンはそれに対してわずかに頷くと、背を向けたまま大扉の方を指し示す。
アールグレイ含む三名の強化兵たちは、その合図に逡巡も見せず、疾風のように駆け出した。
「くっ……待て!!」
「残念ね。ここから先は通行止めよ」
あとを追おうと動いたソルドの行く手を遮って、ダージリンは立ちはだかる。
同時に仮面のロックを解除した彼女は、武骨な鉄の塊を無造作に放り投げた。
飛来したそれを腕で弾き飛ばしたソルドの目に、なびく黒髪と湖のような瞳とが映る。
「これでしばらく邪魔は入らないわ。この前の続き……楽しみましょう」
「……ダージリン……ッ!」
愛妹の姿を持つ因縁の敵を前に、ソルドは複雑な心境のままに拳を震わせていた。




