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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(20)天柱襲撃


 数多の光と共に建つ巨大なる塔の下で、激しい閃光と爆発とが起こる。

 けたたましく鳴り響くサイレン、そして人々の怒号。

 赤と黒の闇が入り混じる中、立ち込める煙に浮かび上がるのは異形の影。

 それは短くも長い明け方の攻防――のちに天柱の惨劇と呼ばれる襲撃事件の始まりの狼煙だった。




「……お疲れ様です」


 時計のカウンターが午前三時を示す数分ほど前のこと。一人の男が、警備管理部のコントロールルームに姿を現した。

 部屋の中にいた者たちは一斉に振り向いたが、特にそこで大きな騒ぎが起きる予兆はなかった。なぜなら入ってきた男は警備の人間であり、侵入者の類ではなかったからだ。

 もっとも、訝しさをまったく覚えなかったかと言えば嘘になる。コントロールルームに詰める者は基本的にバビロン管理局の人間であり、派遣会社も含めた現場警備員たちとは立場が違う。

 よほどの理由がない限り、コントロールルームへの入室は許されないはずなのだ。


「なにかあったのかね? 許可もなしにここへ来ることは禁じてあったはずだが……」


 年配の男が一人立ち上がって、厳しい口調で問い掛ける。

 その手には密かに小型のハンドブラスターが握られている。

 それに気付いたか気付かないかは別として、入口に立つ警備員は棒立ちにも見える立ち姿のまま、無機質な声を放った。


「予定時刻まで一分……行動を開始する」

「なに?」


 訝しむ声が飛んだ刹那、警備の男はいきなり床を蹴った。

 人にはない跳躍力で一気に壁際のコンソール前まで跳んだ彼は、その場にいた局員の一人を昏倒させる。

 年配の男はブラスターを構えようとして、ふと思い止まる。この角度で撃てば重要な機器に当たってしまう可能性が高かったからだ。

 そんな彼の動揺を見透かしたように、警備員は次々と場の人間たちを襲っていく。

 徒手の男になす術もないまま、室内にいた人間たちは無力化されていく。

 最後に残った年配の男が歯噛みしつつ止むなく銃を構えようとした瞬間、その腹には重い拳の一撃が炸裂していた。


「き、きさ、ま……!」

「障害の排除は完了した」


 まったく感情を感じさせない声が響く中、年配の男は意識を失って崩れ落ちる。

 その瞳に最後映ったのは、マスクを剥がすように顔面の皮膚を剥いだ警備員の姿だった。

 自分以外動く者のいなくなった空間で緑色の肌をあらわにした男は、手早くコンソールを操作していく。

 一定の操作を終えたあと、彼は続けて床に落ちたブラスターを拾い、周囲の計器を破壊し始める。


「警備システムオールダウン……作戦の第一フェーズは、まもなく完了……」


 無数のスパークに次いで起こる小爆発――飛び散った火花に肌を焼かれつつも、淡々と自身の携帯端末につぶやいた男は、すぐにその場をあとにした。






 夜も深まり、眠らぬ塔と呼ばれるバビロンも一時の落ち着きを見せていた中、それは起こった。

 荒野のハイウェイより繋がる北側のゲートに、一台のトレーラーが突っ込んできたのだ。

 制止の声がスピーカーから流れる中、止まるつもりなど微塵もないスピードでトレーラーはゲートを突き破る。

 狂ったように暴走し、そのまま一気に基幹部に突入した車体は轟音と共に壁を突き破り、商業エリアを獣のように突き進む。

 まばらに歩く人々に動揺の声が起こり、煙と粉塵が渦巻く中、トレーラーのコンテナが展開するように割れた。


「な、なんだあれは!?」


 誰かが叫んだと同時に中から飛び出してきたのは、緑色の肌をした異形の怪物たちだった。

 一般的な人間と同等の体躯をしながらも、関節の各部には突起のようなコブが存在し、体毛は一切ない。その頭部は爬虫類のようだが、赤く輝く瞳の構造は人間と変わらない。

 地上に降り立った怪物たちは辺りの様子を窺いつつ、うろたえた様子の人々へ襲い掛かっていく。


「うわああぁぁあぁぁぁぁ!!」

「きゃああああぁぁぁぁあぁ!!」


 絶叫と共に、鮮血の赤が弾けた。

 怪物の指に生えた鉤爪が宙に煌めきを残すと共に、無防備な人間たちの喉笛を切り裂く。

 居合わせた者たちは、まさに不運と言えた。老若男女問うことはない。どこか愉悦を思わせる輝きを目に浮かべた獣たちにとって、人間たちはただの獲物に過ぎないのだ。


「……悪趣味なものだ」


 その後、動きを止めたトレーラーの運転席から、ふたつの影が地に降り立つ。

 その内の一人は怪物たちの行動を見つめながら、開口一番にそう言い放った。

 黒のボディスーツに身を包み仮面を着けたその姿は、どこか異質な不気味さに満ちている。

 言わずと知れた強化兵のアールグレイだが、今、彼と共にいるもう一人の人物は女ではなかった。


「潜入済みのニルギリより報告……警備システムの無力化に成功」


 仮面のバイザーを青く輝かせたその男は、低い声でつぶやく。

 その声はアールグレイと異なり、一切の感情を感じさせない無機質なものだった。


「そうか。本命の制圧部隊は?」

「……現在メインゲートへ到達するも、予期せぬ妨害に遭っている模様……進攻が予定よりも三分五秒遅延しています。いかがしますか?」

「なるほど。CKOも無能の集まりではないということか。もっとも、想定内のことではあるがな……」


 わずかないまいましさを声に滲ませつつも、アールグレイは相方にバイザー越しの視線を向ける。


「予定を変更する。ダージリンたちと合流し、我々のみで第二フェーズへと移行する」

「了解」


 青いバイザーの男が頷くと同時に、ふたつの黒い影は疾風となってエリアの奥へと駆けて行った。






 レイモスから続くバビロンの正門――メインゲートで、ひとつの戦いが起こっていた。

 複数台のトレーラーが煙を上げて止まる中、雑多な武装をした人間たちと、ボディアーマーに身を包んだCKO陸戦部隊――ガーディナル・アーミーとが銃火を交えていた。

 朱の光の中にレーザーライフルの青い閃光が入り混じり、あちらこちらでスパークを撒き散らす。

 双方共に目立った被害は出ていなかったものの決定打もなく、遮蔽を利用しての銃撃戦は膠着状態に陥っていた。


「くそ……! まさかCKOが、ガーディナル・アーミーを潜ませていたとは! 事前の情報では、そんな話はなかったはずだ!?」


 トレーラーの陰に隠れながら、黒髪の武装兵士がぼやいた。

 砂塵混じりの唾を吐き出しつつ、いまいましげに舌打ちする。

 そんな彼に対して答えたのは、同じように身を潜めるスキンヘッドの同胞だ。


「確かに昨日の偵察では、そんな様子はなかった。ここ数時間で準備を済ませたと見るべきだ」

「では、我らの襲撃計画が漏洩していたと言うのか?」

「それはわからん。だが、今の問題はいかにしてここを突破するかだ。このままでは、第二フェーズで作戦が失敗することになりかねん」


 二人共、この部隊の指揮を任されている立場のようだった。

 壁のようにゲート前に立ち、閃光の銃撃をばら撒いている敵の姿を見やりながら、スキンヘッドが意を決した様子で続ける。


「仕方ない。A1コンテナのロックを外せ」

「なんだと!? 正気か!? 今、奴らを開放すれば、我々とてどうなるかわからんぞ!?」

「だが、このままではジリ貧だ。確かに識別コードは完全に機能していないが、攻撃対象の優先順位は変わる。奴らが敵を襲っている隙に、ここを突破するしかない」

「ちっ……こんな不完全なものに頼らねばならんとはな……!」


 当初こそ驚いた黒髪の男だが、状況を見て止むなしと判断したのか、速やかに一台のトレーラーの運転席へ潜り込む。

 助手席の前に備え付けられていた簡易パネルを操作すると、実行のスイッチを押した。

 たちまち荷台のコンテナが真っ二つに割れ、左右へと開いていく。

 兵士たちが固唾を吞んで見守る中、跳ねるように飛び出した緑色の影が路上へと降り立った。





 同じ頃、ガーディナル・アーミー陣営にも重苦しい雰囲気が満ちていた。

 ゲートを封鎖する重装兵士の後ろに立つ指揮官の元に、一人の男が姿を見せる。


「状況は?」

「……連中の足止めには成功しましたが、思ったよりも抵抗が激しく、戦況は膠着しています」


 強面の指揮官は、その男――金髪の特務執行官シュメイスに事務的な口調で答える。

 ただ、その表情はどちらかと言えば不満げな様子だった。


「そうか。敵もそれなりに訓練された連中を寄越しているってことだな」


 わずかに嘆息しつつ、シュメイスはつぶやく。

 元々、反政府組織の侵攻を予期していたCKO上層部だが、エアザッツの調査を受けて警戒強化の必要性を感じたのか、即座にガーディナル・アーミーの派遣を決定したのだ。

 ただ、その派遣に際し、特務執行官であるシュメイスがアドバイザーとして就いたことは不満の種であった。

 強面の指揮官はしばし装着したインカムで何事か話していたが、やがて表情を更に歪めてシュメイスに告げた。


「……北ゲートからも同じ手口で敵が侵攻してきたようです。数はトレーラー一台ということでしたが、こちらは突破されてしまったと、たった今報告がありました」

「別働隊か……わかった。そっちは俺が向かおう。ここは任せた」


 不謹慎ながらも、シュメイスはこの場を離れる口実ができたことにホッとする。

 オリンポスとCKO他組織との見えない確執を実感しつつ、彼が背を向けたその時だった。


「隊長!! 敵営に、謎の生物が現れました!!」

「なに!?」


 謎の生物という言葉に、シュメイスは顔色を変える。

 再び振り向いたその時、彼の目に映ったのは、朱の空を背に重装兵たちに迫る緑色の異形であった。


(あれは……バカな! もう実用化に漕ぎ着けてたってのか!?)


 人ならざるトカゲのようなもの――その姿は、アンジェラの報告で見た生物とまったく同じだった。

 動揺をあらわにするガーディナル・アーミーを見やりつつ、シュメイスは密かに唇を噛み締めた。


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