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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(19)嵐の作戦前


 その者は、紺の警備服を着たやや白髪混じりの中年男性だった。

 もっとも、年齢の割にたるんだ感じはない。百八十センチを超える身長に筋肉質な体格を持ち、一般人としてはかなりいかつい部類に入る。顔も強面であり、どこか威圧するような眼光を振り撒いていた。

 男の周りに集まる者たちも程度の差こそあれ、ほとんどが似た雰囲気の持ち主だ。不必要に声を荒げて話したり、時折混じる談笑もボリュームは大きい。


「で、今のところは問題ないんだな?」

「ああ。至って平和なもんさ。管理局の連中が気にするような面倒事が起きる気配もない」

「あれだろ? どうせ上の連中の取り越し苦労だろ。襲撃脱獄事件があったってだけで、大騒ぎする話じゃない」

「そうそう。仮にその囚人とやらが来たところで、俺らで返り討ちにしてやるだけだからよ」

「違ぇねぇ」


 ひとしきり話したあと、皆でガハハと笑い合いながら男たちは歩いていく。

 すれ違う者たちは大半が素知らぬ顔で通り過ぎるものの、中にはあからさまに嫌悪感を顔に出す者もいた。


「あれが寄生者の男か……」


 そんな男たちを遠目に見ながら、管理局員に扮したソルドはつぶやいた。

 傍らでは【アトロポス】が、目の奥で電子の瞳を煌めかせている。


「……今は症状が出ていないみたいですね。ですけど、体内から微細なCW値が感じられます……」

「そうか……寄生者である以上、倒さねばならない相手であることは確かだが……」

「今のわたしたちは、オリンポスと関係ありませんしね。ICコードも使えなくなった今、排除行動を起こせば大混乱は必至です」


 スキャニングモードを解除した少女は、わずかに嘆息した。

 特務執行官の有する同モードに解析能力は及ばないが、カオスレイダーの放つCW値を高精度で観測できる機能が付加されているのが特徴だ。

 活性化する前の種子を探知する――【モイライ】が崩壊する前までエルシオーネが行っていた研究のささやかな成果が、そのマテリアルボディには実装されていた。

【アトロポス】の答えに対し、ソルドも苦い表情をする。


「ただでさえ警戒も厳重になっている。ここで捕まったりでもして、身動き取れなくなるわけにもいかないな。それに【ヘカテイア】の動きも掴めていない……」


 カオスレイダーに寄生された者は助からない。時期はまちまちでも必ず覚醒し、世界を脅かす化け物になるのだ。

 かつてであれば即掃討の対象となり、ソルドもすぐ排除行動に移っただろう。

 しかし、今回は状況が違った。掃討すべき相手でありつつも、【ヘカテイア】との再会を果たすためには、あえて泳がせる必要があったのである。

 それは彼らにとってあまりに慣れない感覚であり、ゆえに複雑な感情が心に渦巻いていた。


「ひとまず寄生者のいる場所は掴めた。ここは一度退こう。シェリーと情報共有した上で、次の行動を考えたほうが良い……」

「そうですね」


 ターゲットを尻目にする歯痒さを味わいつつ、二人は静かに踵を返した。






「……謎の生命体?」


 エアザッツのトイレの個室で、シュメイスはアンジェラから情報の共有を受けていた。

 狭い空間に押し込められ、身体も密着するような状態ではあったが、二人は特に気にした様子も見せない。今の彼らにとって、それは心を惑わす要因とはならなかった。


「はい。これが撮影した映像です。なんなんですかね? これ?」

「全体的に緑がかっているところからして、SPS細胞に見えるな。一度、詳しく解析したほうが良いが……」


 腕時計型の端末から投影された映像を見つめつつ、シュメイスは小声でつぶやく。

 その表情は、いつになく強張っていた。

 映像の培養槽に浮かんでいる生物は、人間というよりトカゲに近かった。ある意味、カオスレイダーを彷彿とさせる姿をしていたのである。

 しばし考えていた彼は、やがて推論を口にした。


「恐らくアマンド・バイオテックは、SSSからSPSの技術供与を受けたんだろう。そう考えれば、この化け物のことも、そしてイーゲルたちがいたことの説明もつく」

「確かにそうですね。でも、なぜ……?」


 身を乗り出すようにして、アンジェラが訊いてくる。

 いかに子供のような容姿をし、埃まみれになっているとはいえ、その身体からは大人の女性の熱と香りが感じられた。

 シュメイスは、少し呼吸を整えた。


「……ガイモンがいるとはいえ、SSSは元々が人材派遣業だ。生体科学分野でのノウハウや生産能力はアマンド・バイオテックに及ばない。イーゲルはSPSの技術をあえて渡すことで、効率的な生体兵器の量産を考えたんじゃないか……?」


 以前、アンジェラが言ったイーゲルの正体も含めて考えれば、充分にあり得る話だった。

 ダイゴ=オザキの記憶を持つ人間であれば、アマンド・バイオテックとの折衝も容易いからだ。


「それを基にすれば、【宵の明星】にも多大な戦力を提供できるということですか。じゃあ、これはまさか……!」

「【宵の明星】のトップらしき人物がいたことも含めれば、奴らの戦力として研究されているものかも知れない。大規模な物資の移動も、こいつらの量産のためと見れば説明がつく」

「どうします? もう少し調査を続けますか?」


 驚きと共に事の重大さを理解したアンジェラは、更に詰め寄るように訊いてくる。

 ただ、それに対してシュメイスは静かに首を振った。


「いや。これ以上の滞在は、さすがに怪しまれるだろう。それに、事は思った以上に急を要する。一度、上に報告したほうが良い」


 ただならぬ予感を覚えながら、二人は改めて顔を隠しつつ、その場をあとにするのだった。






「戻りおったか……で、向こうはどんな感じじゃった?」


 全体が黒で統一された空間で、ガイモン=ムラカミは入ってきた男に対し、背中越しに訊いた。

 複数並んだ強化クリスタル製の培養槽は以前と異なり、今は培養液以外は空の状態となっている。

 靴音を響かせて入ってきた男――ニーザーは、いつもの口調で受け答えた。


「あちらも首尾は上々でした。この短期間であれを仕上げるとは、さすがと言うべきですかね」

「当然のことよ……それだけの理論は伝えておるのじゃからな」


 ガイモンはフンと鼻を鳴らす。その顔には、自慢と不満とが相まったような複雑な表情が窺えた。

 ニーザーは、ゆっくりと歩を進める。


「バビロン管理局区内の下準備もかなり急ぎではありましたが、なんとか間に合いました」

「ふむ……決行日時は、明朝の三時ということじゃったな?」

「ええ。今回の作戦で、世界は大きく動くことになるでしょう。CKOも度肝を抜かれることになるはずです」


 ガイモンの隣まで歩いてきた彼は、そこでわずかに中空を仰いだ。

 培養槽に映る己が姿を見やりつつ、言葉を続ける。


「これで偽りの平穏は崩れ去り、人が人らしくある時代が訪れる……」

「あの小僧みたいなことを言いおるわ」

「……誤解しないで頂きたい。私はあの男の甘さは否定しますが、理想を否定するつもりはない。むしろ共感しているのです……」


 返された言葉に眉を吊り上げつつ、ニーザーは自らと同じ姿を持つ者のことを思う。

 イーゲル=ライオット――追い落とし、すり替わった男の思いを継ぐように、彼は言葉を放つ。


「戦い争うことだけが、人を進化へと導く。ゆえに世界は、平穏であってはならない……」

「それはダイゴ=オザキの意思か? それとも……」


 そこに一瞬、本来のイーゲルの姿を見たガイモンは、反射的に問い返していた。

 ニーザーに宿る人格の元はダイゴ=オザキのはずであり、イーゲルの人格はないはずだった。なんらかのイレギュラーがあったことを疑っているのか、表情は厳しいものになっている。

 そんなガイモンの完璧主義な性格を知るニーザーは、ただ一言だけつぶやいた。


「誰か一人の意思ではありません……()()()ですよ」


 暗闇にも思える空間に浮かび上がった男の笑みは、どこか歪んだものだった。


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