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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(16)見つめる者たち


 天を貫く巨大な塔が、眼前を埋め尽くすかのようにそびえ立っている。

 厳密に言えば基幹部までは一キロほど離れているのだが、軌道エレベーターそのものが超巨大な建築物であるため、距離的な錯覚を起こすといったところか。

 そんなレイモスの中心部に存在するアマンド・バイオテック所有の大型プラント・エアザッツは、医療研究で生まれた生体部品の培養・増産を目的とした施設である。

 広大な敷地には整然と建物が立ち並び、その間を搬送用の反重力ポーターが絶え間なく移動している。許容人員も多く、白衣を着たスタッフに紛れてスーツ姿の社員たちもちらほらと見受けられた。


「相変わらずだな……」


 そんな周囲の様子を見つめながら、イーゲル=ライオット――ニーザーは、低くつぶやく。

 その顔は、どこか懐かしんでいるようにも見えた。


「代表? なにかおっしゃいましたか?」


 傍らを歩く秘書のフェリア=エーディルが、怪訝そうに問い掛ける。

 男の言葉を聞き取れてはいなかったようだが、彼の見せた雰囲気は気になったようだ。

 ニーザーは、軽く咳払いをする。


「いや、なんでもない。それよりも、ここが例の作戦拠点のひとつなのかね?」

「はい。この施設からバビロン基幹区は、目と鼻の先ですので。アマンド・バイオテックは難色を示しておりましたが、【宵の明星】側の圧力に押されたようです。今日ここに来られるのも、組織の中核にいる人物とのことですが……」

「ふむ。あの【宵の明星】のトップクラスが出張ってくるとは……興味深い話だな」


 口調こそ穏やかなものの、男の目には鋭い光が浮かんでいる。

 バビロン攻略作戦――【宵の明星】側との最終打ち合わせのためにやってきた二人だが、その相手となる人物は今もって正体不明であった。

【宵の明星】のトップや運営体制に関しては、ダイゴの記憶を持つニーザーですら知らないことだ。

 今日、その一端が垣間見えることに興味を抱きつつも、同時に今回の作戦における【宵の明星】の本気度が感じられ、自然と背筋が張っていた。


「SPS強化兵たちの首尾はどうかね?」

「量産型の調整は完了し、アールグレイの下で部隊の再編成は終えたとのこと。また、バビロン基幹区に潜入したダージリンも下準備をほぼ完了したとの報告です」

「そうか……」


 秘書の淡々とした言葉に頷きながら、ニーザーはわずかに瞑目する。


「いずれにせよ、これは我々にとっても重要な転機となるだろう……今日という日を含めてな……」


 自らに言い聞かせるかのように放たれたその言葉を、フェリアは黙って聞いていた。






 それから、時は一時間ほど過ぎた同所でのこと。

 プラントにやってきた物資搬入用トラックから、二人の男女が降り立った。

 帽子を目深に被り、なおかつバイザーグラスをかけた彼らの顔は一見何者か判別できない。ただ、その身長差は不可解なほどにあり、小柄なほうの女性は明らかに子供のように見えた。


「まさか、こんな形で潜り込むとは思いませんでした」

「ま、備えあれば憂いなしってね……この程度の準備はしておいたのさ」


 その二人は、シュメイスとアンジェラであった。

 エアザッツに潜入するために二人が取った方法は、搬入業者に成りすますことだった。

 簡単に思えそうな方法だが、実際はそうでもない。アマンド・バイオテックのセキュリティレベルは極めて高く、施設への進入ひとつ取っても二重三重のチェックをくぐり抜ける必要があった。

 それを為し得たのは、特務執行官としての能力以上にシュメイスの優れたハッカーとしての腕前によるものであり、なおかつ事前に潜入対象となる施設に当たりをつけておいたことも大きいと言えただろう。


「シュメイスさんも、なんだかんだで抜け目ないですね」

「手を選んではいられないんだろ?」

「そうですね……とりあえず、あなたが敵じゃなくて良かったです」

「そりゃどうも」


 アンジェラらしい褒め言葉だと思いつつ、シュメイスは軽く息をつく。

 ただ、潜入に成功したからといって悠長にしている暇はなかった。怪しまれない内に行動を起こさなければならない。


「さて、どこから調べたもんかな……」

「シュメイスさん、ちょっと待って下さい。あれって……!」


 わずか思案を巡らす彼の耳に、驚いたようなアンジェラの声が届く。

 彼女の視線の先を追うと、そこに並んで歩く幾人かの人影があった。


「ん? あれは……SSSのイーゲル=ライオットか?」


 直接的な面識はないものの、それは何度も調べた男の顔だった。

 傍らには赤毛の美しい女秘書が付き従っている。


「フェリア、さん……」


 ふと、アンジェラがつぶやきつつ、足を踏み出した。

 まるで操られてでもいるかのようにふらふらと、イーゲルたちの元へ向かおうとする。

 シュメイスは、すかさずその腕を掴み止めた。


「おい、待て! アンジェラ!」

「あ……す、すみません」

「驚かすなよ。それにしても、なぜSSSがここに? それに奴らと一緒にいるあの男は……?」


 普段は動揺した様子も見せないエージェントの意外な姿に驚きつつも、彼はイーゲルたちと共にいる若者に訝しげな視線を向けた。

 黒いスーツの護衛に守られて立つその男は、対照的な白いスーツに身を包んでいる。更に特徴的だったのは、色素が抜け落ちたかのような真っ白な髪と血の色をした瞳だった。

 明らかに年下のはずの若者に対し、イーゲルはどこかうやうやしい態度を取っており、時折頭を下げる仕草をしている。

 そこで目を瞬かせたアンジェラが、呆然とつぶやいた。


「まさか……」

「どうかしたか?」

「いえ……ふと、思い出したんです。【宵の明星】を統べる者は、アルビノの若者たちだって……」

「……それって、裏でまことしやかに囁かれていたあの噂のことか?」


 言われてシュメイスも、記憶を呼び起こす。それはまだ彼が人間だった頃から存在している都市伝説に近い噂であった。

【宵の明星】という組織の中枢に関しては非常に謎が多く、様々な推論や憶測が飛び交ってきた。

 出所は不明だが、この噂もまたそういった類のものであった。


「はい。それが本当か嘘かはともかく、代……イーゲル=ライオットがあれほど恭順な姿勢を見せているってことは、只者じゃないですね」

「そうだな。それもアマンド・バイオテックの施設内でのことだ。これはかなり、きな臭い……」

「どうします?」

「……正体を掴みたいのは山々だが、今はこの施設の調査が最優先だな」


 アンジェラの問いに彼は少し苦々しげに答えると、イーゲルたちから目を逸らして歩き出す。

 彼らの行動は確かに気になるが、ここで下手な動きをしては、せっかくの潜入工作も水の泡だ。当初の予定通りに行動すべきだろう。

 そんな彼の思いを察したのか、アンジェラもまたそれに従う。


(フェリアさん……)


 ただ、彼女の心の内には、赤毛の秘書に対する形容し難い思いが渦を巻いていた。






「わ~……バビロンの内部って、こんな感じになってるんですね」


 アーシェリーと別行動を取ったソルドたちは、バビロン基幹部の商業エリアにやってきていた。

 一般に開放されている区画の中では最も賑わいのある場所であり、飲食店やアパレル等、様々な店が軒を連ねている。


「アトロ……興奮するのはわかるが、私たちがここに来た目的は忘れないでくれ」


 子供のように辺りを見回す【アトロポス】に、ソルドは嘆息気味に言う。

 彼女の気持ちはわからなくもないが、潜入に当たってあまり目立つ行動を取りたくはなかった。

 もっとも、そういうソルド自身も容姿を偽装していなかったので、人のことを言えたわけではない。


「すみません。つい……ですが、本当に大規模な混乱って起こるんでしょうか?」

「……それはわからない。だが、寄生者が存在している以上、どのみち事件が起こることは確かだ」


 区画内は、普段とまるで変わらぬ賑わいを見せている。

 他愛もない話をしながら行き交う人々、店頭で呼び込みや売り込みを行っている店員――それは平穏な日常そのものであり、かつても今もソルドが守りたいと願っているものだ。


「ひとまず、警備管理部のある区画を目指そう」

「わかりました」


 改めて頷き合った二人は、人の流れに身を任せるかのように歩いてゆく。

 それでも時折、好奇心に駆られた【アトロポス】が、あれやこれやとソルドに話しかけることがあり、それに対してソルドも頷いたり嘆息したりと様々な表情を見せていた。その様子は仲の良い恋人か兄妹のようであった。


「あれは……まさか……」


 そんな二人の様子を、少し離れた場所から見つめる者がいた。

 オープンカフェテラスに一人腰掛けていたその女は、露出のほとんどないビジネススーツに身を包み、サングラスをかけている。艶やかな長い黒髪の下に見える顔は整っていたが、光の加減なのか肌は少し緑がかっているようにも見えた。


「フフ……ここで姿を見ることになるなんて、思いもしなかったわ。やっぱり生きていたのね。ソルド=レイフォース……」


 しばしカップを傾けていたその女はどこか嬉しそうにつぶやきながら、静かに立ち上がった。


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