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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(13)新たな脅威と予感


 そこは、不気味な空間であった。

 全体が黒で統一された室内は、まるで闇の中にいるような錯覚を抱かせる。

 壁際には無数の計器が並んで光を放ち、中央には人が一人収まるほどの強化クリスタル製の培養槽が十基以上並んでいる。そのいくつかには、コードに繋がれた人型の影が浮かび上がっていた。

 そして、培養槽の前には一人の男が立っており、中空に浮かび上がったコンソールを操作しながら、一人頷いたり唸ったりしていた。


「今回の首尾は、上々でしたね」


 やがて、男の背後から声を掛ける者があった。

 入口となるスライド式のドアはある程度音を立てて開くよう設計されているが、作業に没頭していた男は部屋に入ってきた人間にも気付かなかったようである。

 声を掛けてきたのは金髪碧眼の壮年の男だ。その目には落ち着いた中にも、鋭さを感じさせる眼光が覗いている。


「フン……今更、なにを言うか。SPS強化兵の性能は貴様も知っておろうが」


 元からその場にいた黒髪の男は、驚くこともなく不機嫌そうな声で答える。

 外見は三十代くらいに見えるが、口調は明らかに老人のそれだ。


「量産仕様ともなれば、また話は別ですよ。アールグレイたちも調整期間の短さを考えれば、多少の苦戦は免れないはずだった……予想を超える戦果だったと言えるでしょう」

「……まぁ、この施設を含め、奴らの協力なくばこうも早くは仕上がらなかったからな。それに関しては認めざるを得ん」


 男たちは、共に一度死んだ者たちだった。

 ダイゴ=オザキの意思を継ぐ金髪の男ニーザー――その彼に答えた黒髪の男こそ、人格継承により若き日の肉体を得て蘇ったガイモン=ムラカミであった。


「しかし、お前も抜け目のない男よ……まさか古巣を利用するとはな」

「古巣という言い方は抵抗がありますね。この場合、勝手知ったる他人の家というほうがしっくりくる」

「フン……この際、どちらでも構わんわ」


 ガイモンの言葉に対し、ニーザーは冗談気味につぶやく。

 しかしそれも束の間のことであり、続いた言葉に楽観的な雰囲気は消えていた。


「もっとも、今回は運が良かったとも言えますがね。今後、特務執行官が出てくることがあれば、敗北は必至でしょう」

「わかっておる。新たな兵士の実用化を急がねばならんことくらいはな」


 憮然としつつも納得した様子のガイモンは、手早くコンソールを操作する。

 足下の床が一部せり上がり、水槽に似た培養カプセルが姿を見せた。

 中に浮かぶのは、緑と紫のツタが絡み合うような外見をした種子である。

 ニーザーの目が、わずかに細められた。


「混沌の力を利用した兵士……うまくいきそうですか? ムラカミ博士」

「さてな……()()()()()()()()()()()()()のでな。ただ、以前のわしが立てた仮説に基づけば、不可能ではないと思っておる」


 新種カオスレイダーの種子を眺めながら、黒髪の男は伸びた顎ヒゲを撫でてつぶやく。

 答え自体はあやふやだったものの、その顔には自信を窺わせる笑みが浮かんでいた。






「あまり機嫌が良くないようだな」


 赤い光が降り注ぐ施設の屋上で、SPS強化兵のアールグレイは言った。

 リンゲルの継承体である彼の前には、黒髪に緑の肌を持つ女が立っている。

 その女――同じく強化兵のダージリンはわずかに振り向くと、嘆息混じりにつぶやく。


「……そうね。つまらないわ……あの身体がヒリつくような戦いをもう味わえないのかと思うとね……」

「特務執行官【アポロン】か……その男がよほど気に入ったか」

「ええ。あなたの次くらいにね」


 言葉の端に想いを感じさせつつも、その声は暗い。

 世間的に明らかになった特務執行官の存在だが、そこに二人の知る男の名はなかった。

 それが死を意味しているのか定かではないが、再接触する機会は限りなく低くなったと見て良いだろう。

 敵として相対するのは望ましくないものの、ダージリンの落胆はアールグレイも理解できた。


「……まぁいい。それはそうと、次の襲撃が決まったようだ」

「意外と早いわね」

「クライアントが我らの働きを気に入ったということだろう。そうでないと、こちらも困るのだがな……」


 アールグレイは、改めて女の顔を見つめる。

 その顔に浮かぶのは、どこか厳しげな表情だ。


「ただ、今度は大仕事になる。CKOも本腰を入れてくるはずだ。例の特務執行官も現れる可能性は高い……」

「へぇ……それはそれで、面白そうな話ね。次のターゲットは、どこなの?」


 対照的にダージリンは、笑みを取り戻す。

 彼女としては厳しい状況こそが、己が欲望を満たし心を奮い立たせる糧であった。

 わずかに嘆息しつつ、アールグレイは返答する。


「……軌道エレベーター・バビロンだ」






「先日のクリフォード襲撃における被害は甚大だったようですね」


 大窓から降り注ぐ陽の光に目を細めつつ、ライザスは言った。

 彼が今いる場所は、イプシロンのCKO本部である。

 オリンポスの存在が公になって以降、ライザスがパンドラを離れることは多くなった。今まではイレーヌに任せ切りだった他機関との話し合いに臨んだり、掃討任務を積極的にこなしたりと、以前以上に多忙を極めるようになっている。

 そんな彼と並ぶように立っているのは、白髪の老年の男だ。


「治安維持軍の一個小隊も応援に回したが、それでも陥落を免れることはできなかった。十数名ほどの手勢であったにも関わらずな。以前の要人襲撃事件にも関与したSPS強化兵……恐るべき敵と言える」


 CKO統括司令であるアルベルト=グラングは、重苦しい声で答える。

 その表情には、戦慄と苦悩が垣間見えた。


「襲撃映像は、私も拝見しました。どうやらSSSは、SPS強化兵の量産化を進めているようですね」


 ライザスの表情も厳しいものに変わっている。

 数日前に起こったクリフォード襲撃事件――それは正体不明の集団により収監施設が破壊され、囚人たちが逃走したというものだ。

 軍事基地並みの警備体制を敷く施設を少人数で陥落させるなど不可能なはずであったが、襲撃者たちはそれを容易く成し遂げた。

 なぜならアールグレイとダージリンに加えて、二名の強化兵が確認されたからである。それはすなわちSSSによる強化兵の増産が始まっている証であった。


「CKOとしても早急に対策を練る必要があるのだが、逃走した囚人たちの追跡や捕獲も考えねばならん……頭の痛い話だ」

「クリフォードは、凶悪犯罪者の墓場とまで言われた施設ですからね。このまま囚人たちを放置すれば、大変なことになる。【宵の明星】としては、現行政府批判の口実作りにもなったというところですか……」

「果たして、それだけなら良いのだがな……」


 今でもかなり厄介な事態になっているのだが、アルベルトには別の懸念があるようだった。

 今度は陽射しと関係なく、ライザスの目が細められた。


「なにか、気になることがあるのですか?」

「うむ……ここ最近、火星の赤道都市レイモスで不穏な動きが見られる。【アマランサス】の調査では人や物資の移動が三割近く増えたということなのだが、その大半がアマンド・バイオテックなど反政府勢力との繋がりを疑われる企業のものなのだ……いや、企業の名を隠れ蓑にしているというべきか」

「レイモス……確か軌道エレベーター・バビロンの基幹都市ですね。まさか……」

「バビロンは火星最大の軌道エレベーター……あそこを確保するということは、火星の生命線を握ると言っても過言ではない……」


 アルベルトは、ライザスの言葉を遮るように言い放つ。

 しかしそれは推論の否定ではなく、肯定を意味するものだった。


「【宵の明星】が、バビロンを狙っているとおっしゃるのですか?」

「そうだ。君もセレストでの出来事は覚えているだろう。【宵の明星】は、セレスト・セブンへの襲撃作戦を隠れ蓑に私の生命を狙った……」


 ライザスの記憶にも新しい出来事を、彼は語る。

 セレスト・セブン襲撃という大掛かりな囮作戦を展開しアルベルトの暗殺を図った【宵の明星】の思惑は、イレーヌたちの尽力もあって阻止された。

 ただ、なぜ今その話を蒸し返す必要があったのか――そう思った瞬間、ふとライザスの頭に閃くものがあった。

 相手の表情の変化を見たアルベルトは、わずかに頷いた。


「……あの時と状況が似通っているのだ。今回のクリフォード襲撃により、CKOは囚人追跡を含めた事後対応に追われることになる。このタイミングを狙って【宵の明星】が大規模な作戦行動に繋げてくる可能性は高い……そして今、その疑いが最も強い場所がレイモスなのだ」

「なるほど……統括司令の慧眼には恐れ入ります。では、我々も監視を強化しましょう。場合によっては特務執行官の派遣も考えます。ここでバビロンを奪われるわけにはいきませんからな……」


 ライザスは上官たる統括司令に軽く頭を下げると、また迫り来るであろう嵐の予感に戦慄を覚えるのだった。


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