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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(12)沈み秘めた思い


 フジ島の拠点に戻ったソルドは、アーシェリーたちと情報の共有を行っていた。


「そうですか。フィアネスが、そんなことを……」


 事の顛末を聞き終えたアーシェリーは、逸らすように視線を落とす。

 どこか愁いのある表情を浮かべた彼女だったが、それ以上を語ることはしないまま、たたずむだけだ。

 そんな恋人の横顔を見つめつつ、ソルドは椅子に腰を下ろした。


「……あちらの思惑はさておき、彼女の協力があれば、【ヘカテイア】の動きを掴むことができる。これでルナルを救う目的には一歩近づいた……」

「では、その情報を待って、サーナさんたちに連絡を取るということですね?」


 少し落ち着かない様子で、【アトロポス】が問い返してくる。

 本来ならもう少し晴れるはずの場の空気は、いまだ暗く沈んだままである。

 彼女の言葉に頷きを返すソルドではあったものの、次いで口から出たのは真逆の言葉だ。


「……もっとも、その必要はないかも知れないがな」

「え? どういうことです?」

「いや……なんでもない」


 その一言に首を傾げたくなったのは、【アトロポス】でなくとも同じだったろう。

 しかし今ここに、疑問を呈する者は彼女一人しかいなかった。

 そしてソルドは、その疑問を無視した。


「なんにせよ【ヘカテイア】と相まみえる。すべてはそれからだ……」


 決意と共に放たれたはずの言葉にも、いつもの力強さがない。

 進展したはずの状況――そこに存在する不穏さに【アトロポス】の不安は掻き立てられる。

 そして、二人に目を向けることもなく立つアーシェリーの心にもまた、別の思いが渦巻いていたのだった。


(アレクシア……あなたは……)






「そうか……ご苦労だったな。サーナ……下がりたまえ」


 ほぼ同じ頃、ライザスたちはサーナからの報告を受けていた。

 陰鬱な表情で踵を返した部下を見送りながら、黒髪の司令官は息をつく。

 それに合わせたように、ボルトスが口を開いた。


「フィアネスがソルドたちと接触を図った目的は、やはりルナルのことだったか」

「うむ。そして【エリス】や【ヘカテイア】……彼女らの力の源である【虚無の深闇】についてもわかった。これは大きな収穫と言える」

「しかし、ウェルザーたちが離反した理由はわからずじまいだったな……」


 ソルドとフィアネスの交渉は、ライザスたちにとっても重要な情報を得るチャンスであった。

 シュメイスの報告を受け、サーナを密かに派遣したことでその目的は一部達成されたが、残念ながら満足できる結果とは言えない。


「……話を聞いた限りでは、フィアネスはオリンポスへ戻る意思を持っていない。マインドコントロールでもされていれば話は別だが……」

「可能性は低い……か。それで、これからどうするつもりだ?」


 改めて離反の現実を突き付けられたことに表情を歪めつつ、ライザスは決然と言う。


「従来の任務は継続せねばならん。その上ここ最近、反政府組織の動きも活発化している。イレーヌからの情報では、火星で起こった収監施設襲撃事件で、SPS強化兵の姿を確認したそうだ。SSSが再度の暗躍を始めたことは間違いない」


 オリンポスの存在が明るみに出て以来、反政府組織【宵の明星】の動きは、あからさまに変わっていた。

 カオスレイダーを倒すためとはいえ、単騎で軍隊に匹敵する戦力を持つ者たちがCKOにいる――その事実は彼らの危機感を煽るに充分であり、同時に政府への不信感の増大に繋がっていた。

 そして彼らの不安を拭うべく動き始めたのが、息を潜めていたSSSだった。ダイゴ=オザキの意思を継ぐ者たちはCKOの治安維持軍さえも脅かす力をつけ始めている。

 ボルトスもその現実は認識していたが、今はただ嘆息するのみだ。


「カオスレイダー掃討にSSSへの対応……考えることが多いのは認めるが、ウェルザーたちのことを無視して良い理由にはならんだろう?」

「もちろんだ。だが、【虚無の深闇】のことが真実なら、【エリス】や【ヘカテイア】の暗躍は長く続かないことになる……」


 話の筋を戻したライザスは、わずかに顔を上げる。

 黒き女たちが短命であるなら、今後の戦いにおける主戦力とはなり得ない。

【レア】にとっては己が思惑を効率よく進めるための駒でしかないのだと、彼は結論付けていた。


「ソルドをそそのかし、フィアネスの行動を黙認していることから考えても、ルナルの復活は【レア】にとって重要なことらしい。ここは、ソルドたちの動向にも気を配っていくべきだろう……」


【レア】の見えぬ目的を考えながら、ライザスは己が意思に従ってオリンポスを離れた者たちのことを思った。






「どうした? いつになく沈んだ顔をしているな」


 報告を終えてレストスペースに戻ったサーナに声を掛けてきたのは、スキンヘッドの巨漢であった。

 いつになく物思いに耽っているようにも見えた彼女は、その言葉にふいと顔を逸らす。


「別に……ラン君には関係ないでしょ」

「関係ないと言われればそれまでだが、気にはなる。同じ組織に所属する仲間だからな。お前が俺の立場でも、きっと同じことを言っただろう……」


 その様子を見つめながら、特務執行官【ヘパイストス】こと、ランベルはわずかに嘆息した。

 実際、サーナの普段の態度を知る者が見れば、なにかあったかと思うのは当然だろう。

 憮然とした表情を浮かべる女を尻目に、ランベルは部屋の片隅のバーカウンターへ向かった。


「例の任務……フィアネスと、なにかあったか?」


 しばしあって、コーヒーのドリッパーにお湯を注いでいた彼は、端的に問い掛けた。

 無言を通していたサーナの肩が、わずかに動く。


「図星か……わかりやすい奴だ」


 湯気を上げるカップを手にしたランベルは、その内のひとつをサーナの前に置く。

 そして彼自身は距離を離して座ると、自分の分のコーヒーをゆっくりと傾けた。

 沈黙の中で、香ばしい香りのみが室内を満たしていったが、やがてその状況に耐えかねたかのように口を開いたのはサーナだった。


「……なによ!? なにか言いたいことがあるんじゃないの!?」

「迂闊な推論や意見を言うつもりはない。だが、一人で思い悩むよりは、口にしたほうが楽になることもある……」


 コーヒーが跳ねるほどに机を叩いて立ち上がった彼女は、怒りを秘めた眼差しで巨漢を見つめている。

 それに対しランベルは、諭すように言葉を続けるのみだ。


「お前はもう少し、人を頼ることを覚えたほうが良い……俺から言えるのは、それだけだ」

「なによ。偉そうに!! このウドの大木のツルピカ男!!」

「そうだ……少しうるさいくらいが、お前には合っている」


 まくし立てる仲間を横目に彼は立ち上がると、最後に一言だけ言い残して場をあとにした。

 わずかに視線を落とし、その身の震えを抑えながら、サーナは再び腰を落とす。


「……余計な気を回してんじゃないわよ……バカ……」


 器に残る黒い水面を眺めて悪態を突きつつも、彼女はどこか胸の内が満たされるのを感じていた。






 オーロラの光の下で、フィアネスは一人しゃがみ込んでいた。

 その顔は膝に埋もれるように伏せられ、表情を窺い知ることはできない。ただ、少なくとも人に見せられるものでないと本人が考えているのは確かだった。


「……かつての仲間に責められるのは辛いか? フィアネス……」


 そんな彼女に歩み寄ったのは、長い黒髪をなびかせた男――元特務執行官のウェルザーだ。

 屈み込んで恋人を見つめるその瞳には、柔らかで悲しげにも見える光が浮かんでいる。


「別に……覚悟していたことですわ」

「すまんな……お前には損な役回りを押し付ける」

「構いませんわ。ウェルザー様がこうして私のことを気遣って下さる……それだけで充分です」


 肩を抱き寄せるようにしてきたウェルザーに対し、フィアネスはそっと身を預けた。

 それまでわずかに震えていた身体が、温もりの中で動きを止める。

 しばし無言で寄り添う二人だったが、やがてウェルザーが表情を引き締めて口を開いた。


「【エリス】や【ヘカテイア】……彼女たちは【レア】にとって使い捨ての駒に過ぎない。真の意味で混沌に対抗できるのは、やはり秩序の戦士の系譜だけということだ」

「ですが、私たちも駒に過ぎないのかも知れませんわ……」

「……そうだとしても、私たちには意思がある。ここまで繋いできた絆がある」


【虚無の深闇】の真実は、二人の心にも少なからぬ衝撃を与えていた。

 特務執行官を超える力を持つ女たちを利用する――それを容易く為す【レア】という存在が恐ろしく、不気味に感じていた。

 思えば特務執行官の前身でもある秩序の戦士たちも、【レア】によって生み出された存在だ。フィアネスの抱いた疑問は当然であり、ウェルザーも不安を拭うことはできない。

 しかし同時に、彼はこれまで歩んできた道――共にあった仲間たちとの絆を信じてもいた。

 それは誰かの思惑の中にあったものではないと言い切れるからだ。


「ライザスたちとて、目指すところは同じ……たとえ私たちの誰かが果てても、その思いは引き継がれていく……」


 今は離れたオリンポスのことを思いつつ、男は肩を抱く手を強める。

 その力強さに改めてフィアネスは、恋人の顔を見上げた。


「……すべてを無駄にしないためにも、【レア】の目的は必ず掴んでみせる。力を貸してくれるな? フィアネス……」

「もちろんですわ。ウェルザー様……」


 決然とした口調ながらも以前と変わらぬ優しさを湛えた顔を見つめながら、フィアネスは静かに頷くのだった。


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