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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(11)冥府の花嫁


 フィアネスの放った言葉に、ソルドは驚きとも言える表情を浮かべた。


「ルナルを救うために協力する?」

「ええ。ルナルを救うためには、あなたが【ヘカテイア】と対峙しなければならない。ですが現状では、彼女の足取りすら掴めないはず……」

「それは確かに……」

「ですから、私が彼女の行動を伝えますわ。それなら準備も整えやすいでしょう」

「君には【ヘカテイア】の動きがわかるというのか?」


 かつての仲間の答えに、ソルドの表情が更に変わる。

 フィアネスと【ヘカテイア】が同じ陣営に属している以上、意外な話ではなかったものの、彼の中にはそれを信じたくない思いがどこかに残っていたのだろう。


「私たちも、無秩序に行動しているわけではありません。寄生者の情報は、今のオリンポスよりも把握できているつもりですわ」

「……君たちはそれを知りつつ、【ヘカテイア】たちが覚醒を促すのを黙認しているのか……」

「ええ……それが必要なことですもの」


 ただ、それが甘い幻想であったことを、ソルドは思い知ることになる。

 淡々と語られるフィアネスの言葉には、彼にとって認めることのできない現実が示されていた。


「……私にはわからない。罪のない人々が犠牲になるとわかっているのに、それを黙って見ていられる心境が……フィアネス、君はそんなに非情な人間だったのか!?」

「話が脱線していますわ。ソルド……私はその情報を基に【ヘカテイア】の出没先を伝えると言っているのです」

「フィアネス!!」

「……そもそも、私たちが今まで倒してきたカオスレイダーたちも、元はなにも知らない人間たちだったはずですわ。ここに来て今更、なにを言っておりますの?」

「そ、それは……」


 激情に身を震わせるソルドだが、その問いには閉口せざるを得ない。

 どれほど綺麗事を並べようと、自分たちのやってることは所詮人殺し――それは以前から、彼自身も認めていたことだ。フィアネスに言ったことも正論ではなく、ボリスに代表されるような人々が聞けば偽善と謗られるものでしかない。

 銀髪の少女はそんな青年の様子を見つめたあと、わずかに瞑目した。


「……それに、かつてお話ししましたわ。特務執行官の使命は重要なことですが、それ以上に私の生命はウェルザー様に捧げたのだと……あの方の意思に背く者を、私はためらいなく討つと……」


 次いで放たれたのは、ソルドの記憶にもはっきりと残されていた言葉だ。

 かつてパンドラで、彼はその言葉にフィアネスの秘められた覚悟と決意とを感じ取った。

 このような状況になることを予期したかはさておき、今もその思いには微塵の変化もない様子だ。

 それもまたソルドの心に、強い衝撃を残していた。


「話を戻しましょう……それで、どうしますの? 私の提案を受け入れるつもりはありますの?」


 沈黙を保ち続ける青年に、銀髪の少女は鋭く告げてくる。

 威圧感ともいうべき空気をその身に感じながら、ソルドは絞り出すように返答した。


「……わかった。いいだろう。だが、聞かせてくれ……君がルナルを救うために動く理由はなんだ?」

「その理由は、あなたも【レア】から聞いているはずですわ。ルナルの存在が、混沌の王を倒すための切り札になるからです」


 間髪入れず受け答えたフィアネスだが、その目に浮かぶ光はふっと和らぐ。

 それまでの冷たい雰囲気が消える中、彼女はぽつりと一言を続けた。


「あとは……純粋に、かつてのルナルを取り戻したいからですわ……」


 ただ、それに対してソルドが言葉を返すことはなかった。






 その頃、火星極冠の地では、黒い影がふたつ向かい合っていた。

 実体の見えぬ黒い影【レア】と、黒髪をなびかせた銀眼の女【ヘカテイア】である。


「そうか……【エリス】が、そんなことを……」


 どこかため息交じりにも聞こえる声で、【レア】はつぶやいた。

 中性的な声音でありつつも、その口調は完全に男のものに変わっている。


「彼女の気の迷いなら良いのだけど、あなたはなにか知っているのかしら?」


 それに対する【ヘカテイア】の声は、いつになく威圧的だ。

 少なくともこれまで【レア】に見せていた従順な態度ではなかった。

 ちなみに彼女が訊ねていたのは、【エリス】がぽつりと漏らした異変についてのことだ。


「残念ながら、私にもわかりかねるな。お前の言うように、【エリス】の気の迷いではないか?」

「……私たちを謀っているわけじゃないでしょうね?」

「……仮にそうだとしたら、どうする?」


 珍しくとぼけたような返答をする【レア】に、【ヘカテイア】は無言で大鎌を突き付ける。

 目の前で黒き刃の輝きを見つめた影は、特に動じた様子もなくつぶやく。


「ほう……私に刃を向けるか」

「あなたには一応、()()がある……けど、私を思うがままにできると思わないことね」


 借りという言葉に少しいまいましさを覗かせつつ、【ヘカテイア】は大鎌を消した。

 そのまま用は済んだと言わんばかりに、背を向ける。

 反抗的な態度を見せた黒き女を見つめながら、【レア】は特に咎めることも引き留めることもなく、静かにたたずんでいた。


「あの【エリス】がな……予想よりも早く、時は訪れようとしているか……」


 やがて【ヘカテイア】の姿が消えた時、【レア】は天に目を向けつつ、つぶやいた。






(相変わらずでしたわね……ソルド……)


 交渉を終え、ソルドが宇宙港を立ち去る姿を見送ったあと、フィアネスは小さく嘆息した。

 オリンポスを離れて一月も経たないのだから変化が見られないのも当然だが、彼女は青年の愚直な態度を懐かしく感じていた。

 ただ、そんな感傷に浸っていたのも一時のことだ。


「……そこにいるのはわかっておりますわ。出ていらしたらどう?」

「……やっぱり、気が付いてたみたいね。ま、さすがと言っておくべきかしら……?」


 フィアネスは、静寂を破るように鋭く言い放つ。

 その言葉の向けられた先――霧の向こうから姿を見せたのは、肉感的な容姿を持つ美女だった。

 柔らかい薄桃色の髪が、美顔の傍らで微かに揺れている。


「サーナ……」

「久しぶりね。フィアネス……少しやつれたんじゃない?」


 現特務執行官のサーナはかつての仲間を見つめながら、いつもの口調で問い掛ける。

 少し驚いた様子を見せたフィアネスだが、相手を観察したあとに微かな笑みを浮かべた。


「……それはお互い様に見えますわね。でも、あなたでも一応、気苦労はするんですのね」

「人を無神経みたいに言わないでもらえるかしら……」


 ここ最近の立場の変化は、互いの見た目にもわずかな変化をもたらしていたようである。

 もっとも、それは二人の間柄だからこそ気付く程度の微細な変化に過ぎず、現にソルドはフィアネスの容姿がやつれたとは言わなかった。


「それで、私たちの話を盗み聞きしていたのは、なぜですの? あなたらしくもない……」

「あたしもこんなコソコソするのは性に合わないけどね……ただ、盗み聞きがしたかったわけじゃないわ。ソルド君に気付かれたくなかっただけ……」


 身を潜めていたことを肯定しつつ、サーナはそこで鋭い視線を向けた。

 彼女の周りには、どこか殺気にも似た空気が漂っている。


「ねぇ、フィアネス……なんで、あたしたちを裏切ったの?」


 口調こそいつも通りであるものの、その言葉はどこか非難めいたようにも聞こえる。

 フィアネスは静かに首を振った。


「……裏切ったというのは少し語弊がありますわ。オリンポスという組織を抜けたのは事実ですけど、目的は変わっていない。その手段が変わっただけの話です」

「あんたは、それで良いの? フィアネス」

「良い悪いの話ではありませんわ。私はウェルザー様の決断に従い、あの方のために動くだけです」

「……あんたの想いは知ってるわよ。でも、自分の考えだってあるはずでしょ? それを押し殺してまで……」


 どこか苛立った様子で、サーナは詰め寄ってくる。

 それを懐かしげに見つめながらも、フィアネスはあくまで冷たく答えるのみだった。


「平行線ですわね。あなたと私では価値観が違います。ウェルザー様への想いこそが、私の中で最優先されるべきもの……」


 ソルドに伝えた決意と覚悟とを、別の言葉に置き換えるフィアネス。

 そこには同時に、哀れみにも似た感情が潜んでもいた。


「愛の守護者と言いながらも、本気で人を愛せなかったあなたには、やはり今もわからないことですのね……」

「!? フィアネス……あんた……っ!」


 その言葉を受け、サーナの顔が青ざめた。

 それは彼女が決して他人に見せたことのない表情であったが、フィアネスは驚いた様子も見せない。

 愕然としたように足を止めたかつての同胞に、銀髪の少女は追撃のごとく言い放つ。


「私を連れ戻そうというつもりだったのなら、止めておくことですわ。もう私たちは後戻りできないところまで来てしまったのですから……」

「ま、待ちなさいよ! フィアネスッッ!!」

「ごきげんよう。サーナ……」


 その顔にわずか寂しげな笑みを浮かべつつ、フィアネスは踵を返した。

 自らが作り上げた霧の闇の中、その姿は溶けるように消えていく。

 なす術もなく呆然と見つめていたサーナだったが、やがて膝をつくと、アスファルトに向けて強く拳を打ち下ろした。


「なんでよ……なんでなのよ……! フィアネス……ッ!!」


 地に刻まれた放射状の亀裂を目にしつつ、サーナは涙混じりに叫ぶのだった。


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