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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(10)虚無の深闇


 ベータの第一宇宙港――そこはジェラルド=バウアー襲撃事件の際に、ソルドとフィアネスが共闘した場所である。

 宇宙港自体はかつての様相そのままだが、あの事件が今は遠い昔の出来事のように思える。

 広大な滑走路に人知れず立ちながら、ソルドは満天の星空を見上げていた。

 SPSを宿した強化兵士、融合カオスレイダー、そして特務執行官の本格的な共闘など、ここから始まった一連の事件は、それまでの戦いの有り様を大きく変えたと思う。【統括者】の本格的な暗躍が始まったのも、あの頃からだろう。

 そんなことを思いながら数分ほど時を経ると、目の前に霞が掛かってくる感覚があった。

 視線を巡らすと、周囲一面に薄い霧が立ち込め始めている。


「電影幻霧か……」


 特に驚くこともなく、ソルドはつぶやいた。

 視覚情報や電子機器を撹乱するナノマシンの霧は、彼を呼んだ人物の得意技であり、密会をする上ではこの上なく有用な技能とも言える。

 やがて霧の向こうから姿を見せたのは、銀色の髪を持つ少女であった。


「ご無沙汰しておりますわ。ソルド」


 その少女――厳密にはソルドよりも年上である元特務執行官のフィアネスは、昔ながらの口調で声を掛けてくる。

 その様子にかつてと変わらぬ雰囲気を感じたソルドは、わずかに笑みを浮かべた。


「ああ……元気そうだな。フィアネス」

「あなたも変わりないようで……と言いたいところですけど、相変わらず無茶ばかりしてるようですわね。あまりアーシェリーを心配させてはいけませんわよ」


 フィアネスもまた穏やかな笑みを浮かべるが、その言葉に隠された意味を思い、ソルドは苦い顔をする。


「でも、不思議なものですわね。特務執行官として共闘した私たちが、今はお互いオリンポスから離れているなんて……」

「そうだな。私もこんなことになるとは思ってもいなかった……」


 夜と霧の闇の中、二人は戻れなくなった過去に思いを馳せる。

 ただ、それも一時のことであり、どちらからともなく視線が絡み合ったところで、沈黙は終わりを告げる。


「積もる話もあるが、今は速やかに本題に入ろう。フィアネス……なぜ、君は私を呼び付けた?」

「あなたに、どうしても伝えなくてはならないことがありましたの」

「どうしても伝えなくてはならないこと?」


 訝しむソルドに対し、真顔に戻ったフィアネスは言葉を続ける。


「はい。【ヘカテイア】……ルナルたちに関することですわ……」


 そして彼女は以前、ウェルザーから伝えられたという話の内容を語り始めた――。






 新たな始まりとなった火星極冠の地で、ウェルザーは【レア】と向かい合った。

 それは今後、行動を共にするに当たり、いまだ不明となっている様々な事実を明らかにする目的があった。


「【ヘカテイア】たちの力のことを知りたいと?」

「ええ。あの二人の持つ力……その正体を知りたいのです」


 張り詰めた空気の中、白き双眸が黒髪の男を見据える。

 そこに温かみこそなかったものの、口調自体はかつての穏やかなものであった。


「そうでしょうね。【虚無の深闇】のことは、あなたたちにとって、最も気になっていたことでしょう……」

「【虚無の深闇】?」

「あなたたちがコスモスティアと名付けた【秩序の光】……その対極に位置する力です」

「対極……? それは混沌の力ということですか?」

「いいえ、違います。【虚無の深闇】は、混沌よりも深い闇の力……いわば破滅の力です」

「破滅の力!?」


 秩序の対極という言葉にウェルザーはすぐ反応したが、返ってきた返答は想定外のものであった。

 表情を変えた男に対し、【レア】はその手を眼前に掲げた。

 闇を思わせる手の上に、白黒の渦のようなものが生まれる。


「そもそも混沌とは、光も闇も渾然一体となったもの……基本的には、無秩序な感情のエネルギーを力とする……」


 次いで渦の中から白い球体が飛び出し、存在を誇示するように強く輝いた。


「【秩序の光】は、そこから力強き意思の輝きをもって生まれた存在……慈愛、絆、信頼といった思いを力とする」


 それは今、語っている説明をわかりやすく視覚化したものであるようだ。

 そして次に渦の中から生まれたのは、漆黒の闇そのものと言える球体だった。


「そして【虚無の深闇】は、圧倒的な絶望や憎悪を力に変える……この世のすべてを憎み、消し去りたいと願う黒き意思の力です」


 渦を挟むように位置する白と黒の球体――それが三つの力の位置関係を示していた。

 こう見ると確かにすべてが対極にあると言えたが、黒き球体はどちらかというと渦に近い位置にもある。


「人は負の感情に支配されやすい生物です。ゆえに虚無と混沌は力の性質が似通っている」


【エリス】たちが、カオスレイダーを覚醒させられる理由――それは、負の感情を過剰に高めることで行えるものなのだと続けたのち、【レア】は渦と球体とを消し去った。


「しかし、世の破滅を願う虚無の力は、混沌を上回る強い力でもある。あなたたちも知るように、【統括者】たちすら圧倒できるほど……」


 混沌との親和性を持ちつつも、それを上回るという虚無の力の存在に、ウェルザーは表情を険しくする。

 性質こそ反対ではあれど、それほどの力があったのなら、もっと早くに投入できたはずだ。

 同時に、その存在を今まで伏せていた【レア】への不信感をもあらわにした。


「だが、あなたは以前、そのような力のことは語らなかった! なぜです!?」

「理由は簡単です。【虚無の深闇】は、破滅の力……その力を扱う資格は、圧倒的な絶望と憎悪に支配された者であり、過去の戦いではそもそも資格者が存在しなかった……」


 憤りと共に放たれた声に対し、【レア】はあくまで落ち着いた様子で返答した。

 異星において混沌に立ち向かった秩序の戦士たちは皆、世界を救うべく行動していた者たちであり、そこに世を呪う者はいなかったのだと――。

 ただ、その説明だけでは納得できなかったウェルザーも、続けられた言葉には目を見開かざるを得なかった。


「なにより強い力の代償として、【虚無の深闇】は資格者のすべてを喰らい尽くすのです。すなわち……」

「すなわち……?」

「あの二人はやがて自我を失い、滅びへの道を辿るでしょう」






「それは本当なのか!? フィアネス!!」


 話を遮り、ソルドは思わず叫んでいた。

 その反応をわかっていたというように、フィアネスは嘆息する。


「嘘をついても始まりませんわ。もっとも【レア】の言葉がどこまで真実かわかりませんけど……」

「では、このままでは……やはりルナルは消えてしまうと!?」


 資格者のすべてを喰らい尽くすという今の話からすると、【ヘカテイア】の生命もそう長くないということになる。

 それはすなわち、ルナルも共に滅びるということを意味する。


「確かにそうなりますわね。ですが、ソルド……あなたは【レア】から聞いたのでしょう? ルナルを救い出す方法を……」

「ああ」


 射るような視線が、青年を捉える。

 どこか諭すように放たれたフィアネスの言葉に、ソルドは改めて呼吸を整えた。

 徐々に昂っていた感情が収まり、冷静さが戻ってくる。


「……ルナルの意識は【虚無の深闇】の奥底に封じられている。そしてあいつを救うためには、復活を望む者たちと共に呼び掛けることが必要だと……」

「そして、時間も残されていない……」

「そうだ。ルナルの意識が、【虚無の深闇】に呑まれる前に救い出さなければならない。あれは【ヘカテイア】が滅びる前にという意味だったのか……?」

「その通りとは言えないまでも、間違いではないとも言えますわね」


 彼が聞いた話の内容を、フィアネスもまた知っているようだった。

 それは別に驚く話ではなかったものの、【レア】の暗躍を知って以降、ずっと気になっていた疑問をソルドはぶつけていた。


「だが、なぜだ? ルナルを【ヘカテイア】に仕立て上げたのは【レア】のはず……にも関わらず、ここに来てあいつを救い出せというのは……」


 苦悩と疑念とを顔に滲ませて、彼は言う。

 世を呪うほどの絶望と憎悪――その原因が自身にあったとしても【レア】が動かなければ、そもそも【ヘカテイア】は生まれなかったはずなのだ。

 自ら手駒を作り上げた上で、その手駒をあえて手放すような真似をする【レア】の真意が見えなかった。


「……その矛盾については、ウェルザー様も指摘したようですわ。ですが、それに対する明確な返答は得られなかった。ただ、そうする必要があったからだと……」

「必要があった?」

「ええ。ルナルが蘇れば、その理由がわかるとも……」


 フィアネスの表情にも、また疑念が覗く。

 その様子から彼女も内心、納得できてはいないようだった。

 闇の中に灯る人工の光が、おぼろげに二人を照らす。

 しばしの沈黙ののち、髪を揺らすほどに吹き抜けた風の中で、彼女は再びソルドに訊き返した。


「それでソルド……あなたは、これからどうしますの?」

「……やることは変わらない。正直【レア】に踊らされているという気はするが、あいつを救うための方法がそれだけならば、やるしかないだろう……」

「……わかりましたわ」


 苦い表情の青年を見つめつつ、フィアネスは静かに息をつく。

 そして今度は決然たる口調で、ひとつの言葉を口にした。


「では、私も協力致しますわ……ルナルを、この世に蘇らせるために……」


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