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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(7)戻れぬ道


 二人の男女が、寒風の中にたたずんでいる。

 わずかに赤みを帯びた光の下、互いに黒い服に身を包み、しなやかな黒髪をなびかせている。

 両者の間に流れる空気もまた冷たいものであり、それは二人の間に特別な情がないことを感じさせた。


「【モイライ】を破壊しただと!?」

「そう……あのお方の命令でね。なにを、そんなに驚いているのかしら?」


 男の驚きの声に対し、女は極めて冷静に答える。

 それまで視線を合わせることもなかった両者は、そこで初めて向かい合うように立った。


「わかっているのか!? あれを破壊するということは、オリンポスが組織としてほぼ機能しなくなるということだぞ!?」

「ええ。知っているわ……そして、それが私たちにとって好都合な状況を生み出すこともね」


 かつて特務執行官【ハデス】を名乗っていたウェルザーは、黒き女を鋭い目で睨む。

 その視線を受けた女――【ヘカテイア】は、口元に歪んだ微笑を浮かべた。


「離反したと言っても、やはりかつての仲間のことは気掛かりなのかしら? ウェルザー……」

「……そういうお前は、どうなんだ?」

「私? 私はどうも思わないわよ。むしろ楽しかったと言うべきかしら……大切なものを、この手で打ち砕く快感はね……」


 軽く舌なめずりをしつつ答える女の顔には、罪悪感など微塵も感じられない。

 わずかに顔を伏せ、ウェルザーは身を震わせつつ拳を握り締めた。


(もはや……後戻りはできなくなったというわけか)


【モイライ】の破壊――その事実が意味するところは、想像以上に深刻なものだ。

 かつて管理者の一人として、あのコンピューターを組織の管理運用に用いてきた身であるからこそ、その喪失がどんな問題をもたらすのかも理解していた。


(これでオリンポスの存在は、白日の下に晒される……世界が敵に回るかも知れない中で、お前たちはどう戦うのだ……)


 袂を分かった身でありつつも、彼はかつての仲間たちに今後圧し掛かってくる重圧を思い、その表情を歪めた。





 その頃、パンドラのセントラルエリアでは、ひとつの戦いが起こっていた。

 敵同士ではなく、味方同士の争いである。それは模擬戦などではない、本気の力のぶつかり合いであった。


「相変わらず突っ込んでくるしか能がないようね」

「悪かったわね。性分なのよ。そういうあんたも、守りだけ固いのは相変わらずね」


 閃光が広がる中、広大な室内に衝撃音がこだまする。

 彗星のような拳と光の壁の激突が何度も繰り返され、その度に同じ光景が再現された。

 埒の明かない攻防に表情を厳しくしつつ、二人は互いに飛び退りながら距離を取る。


「私が守りに特化した能力を持っていると皆、思っているようだけど……そんなことはないのよ!!」


 しかし、エルシオーネには次の手があるようだった。

 腕を振ると同時に、彼女の前に展開されていたエネルギーフィールドがオーロラのように形を歪めた。


「これは!?」


 危機感を覚えたサーナが身構えた瞬間、鞭のように唸ったオーロラがその身体を吹き飛ばす。

 凄まじい勢いで壁面に叩き付けられたあと、床に落下した彼女は、美顔を歪めながらつぶやいた。


「くっ……! なによ。今の……」

「フィールド・デフォメーション……エネルギーフィールドの形状を変化させて攻撃に転じる技よ。さぁ、これであなたはどうするのかしら?」


 種明かしをするエルシオーネの表情は、得意げということもない。

 先ほどまでの憤りも表には出ず、ただ戦況を見据える冷たい雰囲気だけがある。


「澄ました顔して、なかなかやるわね。ま、特務執行官なんだから、そうでなきゃ困るか……」


 口元に滲んだ血を拭い、サーナは立ち上がる。

 エルシオーネはイレーヌと同じく、特務執行官の中では特殊な立ち位置にある。そのため、通常の掃討任務に携わることが少なく、サーナもその能力を正確に把握していなかった。


「わかったなら、そこをどきなさい。これ以上は手加減しないわよ」

「冗談……あんたこそ、あたしの力を見くびってるんじゃないの!!」


 もっとも、それでサーナの闘志が鈍ることはない。

 床を蹴った彼女は、その拳に再度エネルギーをみなぎらせて飛び掛かる。


「同じことを何度も……」


 やや呆れたようにつぶやいたエルシオーネは、再度フィールドを展開する。

 サーナの攻撃は、先ほどまでとなにも変わらぬ拳撃だ。その結果もまた変わらないはずだった。

 しかし、閃光が眼前で弾けた瞬間、エルシオーネは異変に気付く。


(!? この力の高まり……これは……この感じは!?)

「はあああぁあぁぁぁぁっっ!!」


 気迫の声と共に、拳に宿ったエネルギーが杭の先端のように鋭く収束する。

 更には光輪のようなものが、その周囲に生まれていた。

 密度を増した破壊の力が光の防壁を貫き、更には打ち砕く。

 凄まじい衝撃波の奔流が、動揺し無防備となったエルシオーネに叩き付けられた。


「くっ! う……!」

「もらったわよ! シオ!!」


 もんどりうって倒れた彼女に向けて、美神の拳が唸りを上げる。

 しかし、その一撃を受けたのは、想定外の人物だった。

 突如、割り込んできた黒髪の女は肩口に拳を受け、衝撃に吹き飛ばされる。


「あああぁああああああぁぁっっ!!」

「!?【クロト】!! あんた、なんで!?」


 とっさに拳を引くこともできなかったサーナは、思わず動揺して叫んだ。

 床を弾むように転がった【クロト】は、苦痛に顔を歪めながらもよろよろと立ち上がる。


「サーナ……もうやめて下さい。母様も……」

「【クロト】……あなた……!」

「……母様の気持ちは、わかります。それがとても……ありがたいことも……ですが……」


 二人の元へ歩いてくる彼女は、切れ切れながらもはっきりと言葉を紡いだ。

 それは強制されたものではない、強き思いのこもった言葉だ。


「私も……【アトロポス】も……自分の意思で、決めたいんです。自分の……これからの在り様を……」

「【クロト】……」


 エルシオーネは呆然と、娘たる女を見る。

 作られた人格、造られた肉体でありつつも、そこにいたのは確かに一人の意思ある人間であった。


「サーナ……あなたの気持ちもわかりますけど……これ以上、母様を攻撃するのなら……私が相手になります」

「……冗談はよしてよね。そんなことできるわけないでしょ……」


 サーナは、その言葉に嘆息して答える。

 溢れるほどに全身から放たれていた闘志は、すでに鳴りを潜めていた。


「シオ……これで少しは目が覚めたんじゃない? これでもまだ【クロト】たちの思いを否定するなら、次は容赦しない……もっとも、仲間同士でこんな派手にやり合ったら、司令たちも黙ってないでしょうけど」


 これでお互い謹慎は免れないわねとぼやきつつ、彼女は踵を返す。

 いかに【モイライ】が失われたとはいえ、本拠地でこれだけ暴れればライザスたちも気が付いているだろう。

 ただ、エルシオーネを支配していた激情が消え失せ、ソルドたちを追う気がなくなっていることは明白だった。

 ゆえに、サーナは場を退いたのだ。


「母様……私は……」

「……憎しみの連鎖は、なにも生まない、か……あなたに教えられるなんてね……」


 寄り添うように屈んだ【クロト】に対して、エルシオーネは力のない声でつぶやく。

 その目にあったのは怒りでも憎しみでもなく、わずかに揺れる輝きのみだ。


「でも、私は……嬉しいと同時に、それが寂しかったのかも知れない。あなたたちが、私を捨てていくような気がして……」

「そんなことはありません!! 私は……私たちは決して母様を見捨てたりしません!!」


 母のぼやきに、黒髪の娘は大きく首を振る。

 その顔に浮かんでいる表情もこれまでのような愁いを帯びたものでなく、優しさと温かみに満ちたものであった。


「私たちの心は、母様の傍にあります。今までも、これからも……【アトロポス】も、きっとそう思っているはずです……!」

「……ありがとう。【クロト】……」


 涙を流しつつ自らを抱き締めてくる【クロト】を抱き締め返しながら、エルシオーネは顔を上げる。

 電脳人格として生まれた娘たちは、それぞれが違う運命を辿ろうとしている。

 儚くも消えた【ラケシス】と異なり、二人の行く末にどのような未来が待ち受けるのかは誰にも分からない。

 しかし、それを確かめることが、これからの自分の為すべきことなのかも知れないと、彼女は漠然と感じていた。


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