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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
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(3)愛憎が分かつ道


 半球状の司令室は、凍り付いたような空気に包まれた。

 ソルドたち三名の特務執行官は、しばし時が止まったかのような感覚を味わった。

 やがて我に返った彼らは、激しい口調で目の前の司令官に問い掛ける。


「ちょっと待って! 司令……【レア】に与する者たちを排除ってことは、フィアネスたちとも戦えってこと!?」

「その通りだ。例外はない」

「ですが、司令は緊急招集の時に、ウェルザーたちとの戦いを避けろとおっしゃったばかりではないですか!!」

「確かに、そう言ったな……だが、その結果がこれだ」


 表情すらも変えずに言い放つライザスだが、その手は固く握り締められている。

 ただ、それは彼の座るシートの陰になって、ソルドたちの目に見えることはない。


「【モイライ】の破壊……そして【ラケシス】の消滅。仮にウェルザーたちが【ヘカテイア】の行動を知らなかったとしても、彼らが離反しなければこのようなことにはならなかった……」


 冷徹さの中に苦渋を滲ませながら、彼は続ける。

 その様子を見つめたアーシェリーは、わずかに息を呑んだ。


「すべては私の甘さが招いたことだ……もう二度と取り返しのつかない過ちを犯さないため、私は非情になると決断した」

「ま、待って下さい。司令……【ラケシス】の消滅とは?」

「【ラケシス】は殺されたのよ……【ヘカテイア】によってね」


 聞き流せない言葉に、今度はソルドが問いを投げかけたが、それに対して返答したのはエルシオーネである。


「あの子は果敢に戦ったわ……自らの危険も顧みずに。でも、【ヘカテイア】はそんなあの子を容赦なく叩き潰した! ポンコツと言い放って!!」


 青年のほうに歩み寄りながら、彼女は続ける。

 その表情はこれまで誰も見たことがないほど、激情に溢れたものだった。


「私は【ヘカテイア】を許さない……必ず殺し、復讐を果たしてやるわ!」

「ま、待ってくれ! エルシオーネ!【ヘカテイア】の中には、ルナルがいる……あいつを救い出さないことには……!」


 思わず気圧されつつも反駁したソルドだが、エルシオーネはそこで大きく息をついた。


「ソルド……あなたは本当にルナルと【ヘカテイア】が別人だと考えているの?」

「どういう……ことだ?」


 眉をひそめる青年に、紫髪の才媛はわずか気を落ち着かせて続ける。


「人の人格は、記憶を基に構成されているわ。そして記憶とは様々なデータがシナプスを通じて連携し、関係性を持つことを指す……つまり情報そのものでなく、その相関こそが人を形作るの」

「……なにが言いたいんだ?」

「わからないかしら?【ヘカテイア】がルナルの記憶を持ち行動しているということは、彼女自身がルナルと同一であるということなのよ。何者かが勝手に彼女の身体を動かしているわけじゃないの」


 生徒に諭す教師のような口調で説明しつつ、エルシオーネは自身の結論を述べる。


「わかりやすく言い換えるなら、二重人格ね。【ヘカテイア】とは要するにルナルの闇を司る人格なのよ」

「ルナルの……闇の人格……!」

「ルナルを救い出すということが、彼女の光の人格を呼び起こすという意味なら間違ってはいないわ。でも、これまで【ヘカテイア】の犯した罪が、すべて無関係というわけにはならない……」


 息がかかるほどにまでソルドに迫った彼女は、改めて溢れ出した感情を彼にぶつける。

 それはまるで、ソルドにルナルの姿を重ねているかのようだった。


「だから……ルナルは私にとって敵なのよ。世界に仇なし、【ラケシス】を殺した憎い敵……」

「エ、エルシオーネ……!」

「ただの電脳人格と、あなたも笑う? でもね、私にとってあの子たちは本当の娘も同じなの! 試行錯誤という陣痛を経て生み出し、二十年もの月日をかけて育て上げてきた大切な存在……その娘を殺されて、黙っている母親がいるかしら!?」

「エルシオーネ……そこまでにしておけ」


 過剰なまでの憎悪を見せるエルシオーネを見かねたのか、ライザスが言葉を挟む。

 しばしの沈黙が訪れる中で、黒き熱を帯び始めた空間が再び冷めていった。


「ソルドよ……【レア】の言ったことが真実か、我々に窺い知る術はない。だが、ルナルが【ヘカテイア】として【レア】の指示で行動しているなら、その存在はやはり矛盾を孕んでいると言える」


 やがて口を開いたライザスは、自身の考えを語った。

【ヘカテイア】を尖兵として扱いつつ、同時にルナルの復活を仄めかす【レア】の行動には整合性がない。エルシオーネの言ったように、オリンポスを混乱させる方便である可能性は捨て切れないのだと。


「ゆえに、もう今までのような行動は認めない。お前があくまでルナルを救うというのなら、オリンポスはお前を敵と見做す」

「そんな!! 司令、それはあんまりです!!」

「お前もだぞ。アーシェリー……お前が待機命令に違反し、ソルドを探すべくパンドラを出たことは事実。それを追ったサーナも同罪だ」

「まぁ……そう言われるとは思っていたけどね……」


 非難の矛先を向けてきた司令官に睨むような視線を向け、サーナはつぶやく。

 元より覚悟の上の行動であったが、今、改めて告げられると反発心が湧く。


「本来なら二人共、謹慎処分だが、状況が状況だけに今回の件は不問とする。今後は命令あるまで、勝手な行動は慎め」


 そんな彼女の不満を無視しつつ、ライザスは場の全員を見渡して突き放すように続けた。


「他に報告がないのなら、下がるがいい。次の指令は追って通達する」

「は……失礼致します」


 多くの衝撃に晒され続けたソルドは、もはや一言返すのが精一杯だった。






「あ~! もう、なんなのよ!! あの司令の態度!! むっかつくわね!!」


 レストスペースに戻ったサーナは、開口一番で不満を漏らした。

 拳を壁に打ち付ける彼女を抑えるように、アーシェリーが歩み寄る。


「サーナ……気持ちはわかりますが、抑えて下さい。司令も別に意地悪で言ったわけではないと思いますし……」

「なによ!? じゃあ、アーちゃんは納得できるの!? ルナルちゃんやフィアネスと戦うつもりなの!?」

「そうは言ってません! ただ、司令も相当悩まれたはずです。【モイライ】が破壊されたことに責任を感じておられたようですし……」


 先ほどの話を思い返しつつ、彼女は言う。

 心に衝撃を受けたのは、ライザスも同じなのだ。ウェルザーたちへの思いに囚われ、【ヘカテイア】に付け入る隙を与えたことが、今回の結果を招いてしまった。

 ライザスが自身に対して強い怒りを抱いていたことを、アーシェリーはあの時に感じ取っていたのである。


「だからって、仲間同士で殺し合えなんて命令、到底受け入れられないわよ……」

「サーナ……」


 いまだ身を震わせるサーナから、彼女は座したままうなだれているソルドへと目を移す。


「ソルド……だいじょうぶですか?」

「ああ……問題ない。すまないな。シェリー……」


 とても問題ないとは思えない表情で、彼は答える。

 その顔に浮かんでいたのは、先ほどのライザス同様に苦悩を滲ませたものだ。


「……エルシオーネの言ったことに、私は目を背けていたのかも知れない」

「【ヘカテイア】が、ルナルと同一人物である可能性……ですか?」

「そうだ。アルファで初めて【ヘカテイア】と会った時のこと……君は覚えているか? 彼女はあの時に自分のことを、私たちが知っているルナルだと言った……」


 いまだしこりの残る過去を思い出しながら、ソルドは続ける。


「そして、マリス含む子供たちの墓をすべて破壊した。もし彼女がルナルと無関係の人格だったら、あんなことをする必要はなかったはずだ……」

「【ヘカテイア】が、ルナルと同じ思い出を持っていたから……でも、なぜ……?」


 アーシェリーも、アルファでの出来事を思い返す。

【ヘカテイア】は、つまらない過去を壊しに来たと言っていた。つまり、ルナルとして過ごした時を消し去りたかったということだが、問題はなぜそうする必要があったかということだ。


「以前……SSSに潜入した時も含め、私は強化兵のダージリンと二回ほど戦った……彼女は人格継承実験の素体となったルーナ=クルエルティスという人物で、ルナルのクローン元でもあった」


 そこでソルドは、わずかに顔を上げつつ続けた。

 唐突に話題が転換したことに訝しさを覚えつつも、アーシェリーはその話に聞き入る。

 彼曰く、【ヘカテイア】の正体の鍵を握っていると思われたルーナだが、実際はその殺意のみを受け継いだ個体がルナルということだった。


「ただ、彼女は愛した者を殺すという矛盾に満ちた性癖を持っていた。人格継承がされていなかったとしても、それが多少なりとも影響を与えていたのだとしたら……?」

「つまり【ヘカテイア】も似たような性癖を持つのでは……ということですか。それなら辻褄は合いますね」


 ソルドの言わんとしていることを先読みし、アーシェリーは頷いた。

 大切なものであるからこそ、己が手にかけたい――それが【ヘカテイア】の行動の根底にあるのではないかと。


「ルナルは決して電脳人格……【クロト】たちを嫌っていなかった。むしろ何度か仲良さげに話しているのを見たことがある……」

「はい……その通りです」


 訥々と続いた青年の言葉に、突然別の声が割り込んでくる。

 全員の視線が向いたその先に、黒髪の少女が立っていた。


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