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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE11 黄昏に向かう世界
219/305

(1)始まりの青き星で


 衝撃の現実によって訪れた変化――それは長き時を経て培われた絆をも崩壊させた。

 秩序を守るために生まれた戦士たちは、混迷と葛藤の中で未来を模索し始める。

 交錯する数多の思いが、戦いの物語をより複雑かつ無秩序に紡いでいく。

 その先に見えるものがなにか、今はまだ誰も知ることができない。




 人類発祥の地である青き星に、赤き流星のような輝きがひとつ落ちていく。

 それは北半球の海に浮かぶ山状の島へと、音も立てずに舞い降りた。

 輝きは人の姿を取り、大地にその身を顕現する。

 蒸し暑さをもたらす太陽を仰ぎ、目を細めた男――その星と同じ名前を持つ特務執行官のソルドは、焼けた砂を踏み締めながら木造家屋の立ち並ぶ集落に向かう。

 かつてとほぼ同じ姿を取り戻した小さな村には、変わらぬ人々の声がこだましている。

 やがて外れに立つ一軒のログハウスへとやってきたソルドは、その付近で遊ぶ黒髪の少女たちの姿を認めた。


「あ、おかえり~! おにいちゃん!」

「おかえりなさい。ソルドさん」

「ああ……ただいま。イサキ、アトロ」


 おさげの少女イサキと、かつての電脳人格である【アトロポス】は、赤い髪の青年を笑顔で迎える。

 容姿としては黒髪くらいしか共通点のない二人だが、こうして見ると仲の良い姉妹のようだ。

 思わず相好を崩したソルドは、彼女らを伴って家の中へと足を進める。


「おかえりなさい。ソルド」


 室内には香ばしい匂いが漂っていた。

 キッチンで背を向けていた緑の長髪の女性は、ふっくらと焼き上がった大きなパイを両手で持ちつつ、ソルドたちのほうを向く。

 言わずと知れた特務執行官のアーシェリーだが、エプロン姿で料理を作る様子は、普段の彼女を知る者が見れば極めて新鮮に映っただろう。


「シェリー、戻っていたのか」

「はい。イサキちゃんのオヤツを作っていたところです。ちょうど焼き上がったので、お茶の時間にしようかと……」


 淡々と答えつつも、アーシェリーはどこか楽しそうにも見える。

 ソルドも最近知ったことだが、彼女は割と家庭的な面が強い。特にイサキに対しては母親同様の感情を持っているのではないかと思わせるほどだ。

 その場にいた者たちを席に集めた彼女は、手慣れた様子でお茶を注いでいく。


「おねえちゃんのおやつ、おいしい~~♪」

「こぼしてますよ。イサキちゃん。ほら、ほっぺにもついてます。もう少し落ち着いて食べて下さい」

「あら……アトロもすっかりお姉さんしていますね」


 家族団らんにも思えるような時間の中、しばし他愛もないやり取りが交わされる。

 それはとてものどかで癒される一時ではあったが、ソルドの表情はどこか晴れない。

 アーシェリーは、そっと彼に問い掛けた。


「それで……火星の現状はどうでしたか?」

「ああ……だいぶ被害は拡大している。覚醒者の数が増えている以上、治安維持軍だけではどうにもならない状況だ。【宵の明星】も、この混乱に乗じて動きを見せているしな……」


 緑茶を口に運びつつ、青年は答える。

 自身の見てきた光景を思い返すようにわずか瞑目すると、彼は視線を移した。


「シェリーのほうは、どうだったんだ?」

「同じく……ですね。今更ながら、寄生者に対する初期対応の重要性を実感しています」


 その言葉を受けたアーシェリーも、表情に翳りを見せる。

 するとそれまで黙って茶や菓子を嗜んでいた白髪の老人が口を開いた。


「特務執行官がいるとはいえ、今のオリンポスには以前ほどの対応力がないからのぅ……おまけにカオスレイダーの存在も世間に知れ渡ってしもうた。超世代コンピューターによる情報管理と統制がいかに重要だったかがわかるというものじゃな」


 その老人――ダイモン=ムラカミは淡々と事実を語るが、それに対し肩を竦めたのは【アトロポス】である。


「……すみません。私の力が足りなかったばかりに……」

「アトロ、気にする必要はない。博士もそういうつもりで言ったわけじゃないんだ。すべては、どうにもならなかったことだ……」


 わずかに首を振りながら、ソルドは彼女を慰める。

 いかに世界の情報を自在に操ることのできた電脳人格でも、特務執行官すら屠る黒き女に対抗する術などなかった。こうして存在が消えなかっただけでも、僥倖と言えただろう。


「ところで、あれから【ヘカテイア】は動きを見せているのか?」

「いえ、残念ながら……【クロト】姉さんも今のところ、彼女が出没したという情報を掴んではいません」


 ソルド同様の緑茶を口にしつつ、【アトロポス】は答えた。

 今の彼女を構成するマテリアルボディは単なる機械の塊というわけでなく、特務執行官に用いられた技術の応用によって生み出された限りなく人に近い機能を併せ持つ半生命体と言える存在だ。

 ゆえにこうして、人と同じ食事をとることも可能なのである。本来は肉体を持たなかった彼女にとって、それは新たな喜びをもたらすものとなるはずであったが、運命はそこまで優しくもない。

 親しかった姉の一人を失った衝撃は、彼女の心に翳りを落とすこととなった。今の【アトロポス】に、かつての無邪気な微笑みはない。


「もっとも、【モイライ】が機能しなくなった以上、オリンポスの情報も当てにはなりません。世界の被害状況を考えれば、どこかで暗躍していることは間違いないと思います」

「そうか……歯痒いものだな……」


 湯呑みを置いたソルドは、静かに席を立つ。

 その場の者たちの視線を一身に受けつつも、彼の表情が変わることはなかった。

 やがて背を向けた青年は、ドアを開けて再び外に出ていく。


「おにいちゃん、げんきないね。おねえちゃんのおかしもたべないし……」


 イサキが寂しそうにその言葉を口にすると、アーシェリーはそっと歩み寄って少女の肩に手を置いた。


「ソ……お兄ちゃんは少し疲れているんですよ。お姉ちゃんがお話ししてきますから、イサキちゃんはアトロお姉ちゃんと遊んでて下さいね」


【アトロポス】に視線を送りつつ、アーシェリーはソルドを追ってログハウスを出る。

 あとを引き継ぐようにイサキに歩み寄った元電脳人格の少女は、まだ落ち込んだような顔をしているおさげの少女に、努めて優しげな笑顔を向けた。





 海岸線に照り付ける光は、変わらずに眩しい。

 本来なら寒暖を気にしない特務執行官ではあるが、その光の中に身を晒すほどに心境は晴れてはいなかった。

 ソルドは自然と木陰に身を潜めつつ、大木に背を預けていた。


「シェリーか……」


 やがて人の気配を感じ取った彼は、つぶやくように言う。

 姿を見ずとも相手が誰か察したのは、長い付き合いからくる直感のようなものだったのか。

 足音も静かにソルドの傍らに歩み寄ったアーシェリーは、わずかにため息を漏らしつつ彼と並び立った。


「……イサキちゃんが心配してましたよ。ソルドの気持ちはわかりますが、せめてあの子の前では暗い顔は控えて下さい」

「……すまんな。そんなつもりはなかったんだが……私もまだまだ気遣いが足りないようだ」

「いえ……私も一人なら、きっと塞ぎ込んでいたと思いますから、あまり偉そうなことは言えませんけど……」


 波と風の音とが整然とした旋律を奏でる中、二人は海を見つめている。

 かつてその身と心とを交わし合った思い出の地とも呼べる場所で、彼らは一時思いを馳せる。


「ルナルを助けるためのタイムリミット……具体的な期限まではわからないんですよね?」


 やがて傍らに視線を向けたアーシェリーが、再度言葉を紡ぐ。

 それに対し、ソルドはわずかに顔を空へと向けた。


「そうだな。【レア】も時間が残されていないとしか言わなかった。それが本当かはさておき、あれから二週間だ。さすがにもう手遅れなのではないかと思ってしまうことがある」


 拳を握り締める青年の表情は、やや険しさを増していた。

【レア】から示されたルナル救出の方法を実践すべく、二人は行動を共にしていた。

 しかし、それからも【ヘカテイア】と出会うことは一切なく、ただいたずらに時ばかりが過ぎていったのである。


「二週間……そうですね。でも、あれから二週間しか過ぎていないのに、まるで何年も経ったかのように感じますね……」

「……そうだな。私もまさか、こんなことになるとは思ってもみなかった……」


 それとなく放たれたこれまでの期間を示す単語だが、そこに別の思いが重なり合う。

 彼らが地球に着き、こうして新たな生活を始める前――歩むべき道が分かたれた運命の時に、その意識は戻っていった。


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