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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(23)決意が呼ぶもの


 かつては静寂に包まれた神秘的とも呼べる空間は、完全に崩壊していた。

 霧のように舞う光の結晶は美しくはあれど、それは同時に息苦しさを覚えさせるほどに空気を澱ませている。

 床に目を移してみれば複数の結晶の残骸が散らばり、鋭利な欠片が迂闊な者の足を貫くべく無言の悪意をもって地から生えているように見えた。


「……なんということだ……」


 様相を変えたセントラルエリアを見つめ、ライザスは息を呑む。

 すでにパンドラの中枢であったかつての面影は、そこにない。ただ、冷たさに満ちた破壊の爪痕が残るのみだ。

 その中で言葉もなくたたずんでいるのは、三人の女たちである。

 その内の一人――紫髪の女性に対して、彼は語り掛けた。


「エルシオーネ! 無事か!?」


 特務執行官【ヘスティア】こと、エルシオーネは、司令官の声にゆらりと振り向く。

 その動きは、まるで幽鬼のようだった。


「はい……ですが、申し訳ありません……【モイライ】は、守り切れませんでした……」

「……そうか……」


 見ての通りの惨状を改めて肯定され、ライザスは目を伏せる。

 震えるほどに握り締められた拳には、うっすらと血が滲んでいた。

 わずかに訪れた沈黙――それを破るようにおずおずと口を開いたのは、黒髪ポニーテールの少女である。


「エルシオーネ母様……【ラケシス】姉さんは……?」


 その言葉に、エルシオーネは無言で首を振る。

 彼女の視線の先にあったのは、崩壊したクリスタルに押し潰された人型の残骸である。

 侵食から逃れるため生み出されたマテリアルボディ、そして中空に存在していたコンピューターの一基――そのどちらもが、【ラケシス】と呼ばれた電脳人格のなれの果てであった。

 無慈悲な現実を言葉もなく認められ、【アトロポス】は、ただ呆然とするだけだ。


「……私の、せいなのでしょうか……? 私が彼女のことを覚えていなかったばかりに……」

「それは違うわ。【クロト】」


 かつての記憶はないものの、妹と呼ばれた電脳人格の消滅に【クロト】も悲痛な表情を浮かべる。

 そんな彼女に対し、エルシオーネは強い口調で告げた。


「悪いのは【ヘカテイア】よ。あなたの記憶を消し、そして【ラケシス】を手にかけた……」


 沈黙の中で高まった感情が、紫髪の才媛の心を黒く染め上げていく。

 その顔に浮かんだのは、いつもの彼女からはかけ離れた般若の形相であった。


「許さない……あの女は、私がこの手で必ず討つ……!!」


 場に満ちた負の思い――それが新たな道の分岐となることに気付いた者は、この時誰もいなかった。






 セレスト市街地に生まれた奈落の底では、再び激しい戦いが起こっていた。

 地上まで聞こえてくるほどの轟音に、人々は恐怖と不安とを呼び起こされる。ゆえに誰もが縦穴に近付こうともせず、好奇心に駆られたごくわずかな者たちも、噴き上がってくる熱風と粉塵に足を止められ、底を覗くことも叶わなかった。


「なかなかやるわね。そのタフネスっぷりも、大したものだわ」


 衝撃音の切れ間となった時の中、【エリス】は息をつく。

 乱れた服についた砂埃を手で払いながら、彼女は緋色の瞳を戦いの相手に向けた。


「どうも……けど、そういうあんたは悪趣味みたいね。人を裸に引ん剝くのが好きなの?」


 その視線の先にいた女――特務執行官のサーナもまた、土まみれの唾を吐いてつぶやく。

【エリス】と異なり、こちらは服がほぼ吹き飛んだ状態だ。元より露出の高い衣装だっただけに、今は全裸と言って差し支えがない。


「さぁ、どうかしら? あなたは、そんなこと気にしていないように見えるけど……?」


【エリス】は愉悦に近い表情を浮かべつつも、どこか感心したような声を漏らす。

 実のところ、サディズムは彼女の本質である。特に自身と同じ肉感的な美女に対しては、その性癖が強く表れるようであり、相手の羞恥を煽って戦いを優位に進めようとする傾向があった。

 アーシェリーは惑わされた口だが、しかしながらサーナがそれに心を乱されることはない。

 髪についた埃を払いのける女の顔色には、なんの変化も見られない。たとえこの場に男の視線があったとしても、彼女は恐らく身を隠すこともしないだろう。


「ま、この程度は別にね……昔いろいろあったから、特に気にしないだけよ」

「なるほど……アーシェリーより、あなたは私に近いってことかしら?」

「それ、褒められてんだか貶されてんだか、わからないわね!!」


 改めて手を握り締めつつ、サーナは黒き女に向かって地を蹴る。

 光を帯びた拳が彗星のように打ち出され、漆黒のエネルギーを帯びた槍に直撃する。

 折れこそしなかったものの、柄の意外なまでの震動に目を見開いた【エリス】は、次いで口元を歪めた。


「いいわ。悪くない……やっぱりあなたは秩序の光を、真に扱える資格があるようね」

「は? あんた、今なんて……!?」


 女のつぶやいた一言に、サーナは眉をひそめる。

 次の瞬間、ぶつかり合ったエネルギー同士の反発で弾かれるように飛び退った両者は、体勢を立て直しつつ改めて相手を見据えた。


「こっちの話よ……それよりも、これで少しは私も本気を出せそうね」

「ふ~ん……やっぱあんた、手を抜いてたのね。良い根性してんじゃない!!」


 放たれた激情と共に、女たちは再び交錯する。

 弾ける輝きと共に、周囲にもう幾度目かになる熱風が吹き荒れた。





「サーナ……」


 完全に蚊帳の外となったアーシェリーは、その中で呆然と戦いを見つめている。

 すでに先ほどまでのダメージは回復していたものの、彼女の戦意は今も高まらないままだ。

 手の下にある砂を握り締める表情は、泣き顔のように歪んでいる。


(私は……どうすれば……)


 決闘を肩代わりしたサーナに再び代わることもできず、アーシェリーは自問し続ける。

 あまりに不甲斐ないことだとわかっていつつも、彼女は自分の取るべき行動を見失っている状態だった。



『汝……戦う覚悟はあるや?』



 そんな彼女の脳裏に、聞こえてくる声がある。

 思わずハッとしたように、アーシェリーは目を見開いた。


『罪なき人々を守るために、戦う覚悟はあるや?』

(これは……あの時の……!)


 その言葉に、彼女は覚えがあった。

 かつて特務執行官として蘇る前に聞いた声――それとまったく同じものだ。


(コスモスティアの声……なぜ、今また……?)

『答えるが良い。かつてと今と……答えは違っているのかを』


 声はそこで、新たに語り掛けてくる。

 アーシェリーは、探るように記憶を呼び起こした。

 自分は弱い人間であり、見たこともない人々を守り続けられるか自信がない――以前、彼女はそう答えた。


(姉さんや私と同じ目に遭う人をなくしたい気持ちはあった。でも、それ以上に私は……)


 思い出したのは、その時の答えだけではない。

 自分がこの道に踏み込んだ真の理由――それは強く激しい悲しみを背負いつつ苦難の道を往く者を、支え抜くためだと。


(私はソルドを信じ、彼を支え抜くために特務執行官になったのだと……)

『然り……我はその思い、共に歩むに値するものと告げた……』


 声はその記憶を肯定しつつも、厳しい声音を帯びる。


『しかし、信じ支え抜くということは、簡単なことではない。人は疑念と不安に苛まれることで、その思いを容易く崩壊させてしまうもの……』


 人の心を持つ特務執行官は、それゆえに人の弱い部分をも受け継いでいると言える。

 人を超えたはずの力も、ほんの些細な出来事で発揮できなくなることもある。今のアーシェリーは、まさにそれだ。


『いわば惑いこそが、汝の最大の敵である。ゆえに聞く……かつてと今とで、汝の答えは違っているのかを』

(惑いこそが、最大の敵……)


 アーシェリーは、改めて考える。

 ソルドを失うことは、些細な出来事ではない。その現実を目の前に突き付けられたなら、やはり立ち直ることは難しいと思える。

 しかし、今はまだ彼が消えてしまったという証拠はない。可能性は低くともゼロではないのだ。

 声の言うように、今の自分は疑念と不安とに囚われ、自ら道を閉ざしてしまっているに過ぎない――そのことに改めて気付いた時、アーシェリーは自身の内から力が蘇ってくるのを感じ取っていた。


(なら、私の取るべき道は変わらない……私の答えも、まだ変わらない!)


 決然とその思いを心に念じた時、彼女の全身が緑の輝きに包まれる。

 炎のように熱く、風のように柔らかなエネルギーが、周囲に放たれた。


『ならば立て……汝の思い、貫き通すために』


 それはコスモスティアが、彼女の答えに再び応じた証でもあった――。


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