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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(18)曖昧なる先行き


【レア】から告げられた事実に対し、今後の方針を考えあぐねていたライザスたちは、続いたエルシオーネの言葉に深く耳を傾けた。


「ここ最近、カオスレイダーの出現頻度が上がっているのは、星系全体に満ちるCW値の総量が増えていることが原因です。そして現在、オリンポスがサンプルとして所有しているカオスレイダー種子にも脈動数の上昇が見られます」


 紫髪の才媛は中空にスクリーンを浮かべてデータを提示しながら、淡々と続ける。

 ただ、その表情は普段と異なり、わずかばかり翳りが見られる。


「星系全体に散らばり発見困難な未活性の種子も、今後似たような反応を示す可能性があります……これを探知できれば、種子そのものの破壊が可能になるかも知れません」

「あなたにしては、曖昧な言い方ね。エルシオーネ」


 イレーヌがそれを見抜いたようにつぶやく。

 断定的な言い方でないということは、エルシオーネ自身も確証のない意見ということだろう。


「イレーヌの言う通りですが、このまま手をこまねいていても、なにも変わりません。私は【モイライ】の全演算能力を駆使して、未活性種子の探知方法を探すつもりです」


 エルシオーネもそれを肯定したが、その言葉には彼女なりの決意が窺える。

 ウェルザーが離反した以上、【モイライ】の管理運用は完全に彼女に委ねられることとなった。その現実を受け止めた上で、できることを考えた結果なのだ。


「他に手段がない以上、今はそれに賭けるべきか。探知方法が見つかれば、ウェルザーたちと争わなくて済むかも知れんしな」


 わずかばかりの可能性が見出されたことで、場の空気に若干の変化が訪れる。

 ボルトスの言葉に頷いたライザスは、改めて全員を見渡して命令した。


「よし。では、エルシオーネには種子探知の方法を探ってもらう。他の皆は引き続き掃討任務に当たって欲しい。もし現状で、ウェルザーたちと相まみえることがあった場合は、可能な限り戦闘を避けろ。細かな対応は各自の判断に任せるが、命を粗末にするような真似だけはするな」


 それは方針と呼ぶには曖昧なものであったが、言葉の中に滲む苦渋を感じ取っていた特務執行官たちは、特に異を唱えることをしなかった。

 ただ唯一、静かに目を伏せた緑髪の女神だけが、その身を震わせていた。






 黒き三つの影が、星闇の荒野にたたずんでいる。

 岩肌のような大地に立ち、彼方の青い輝きを睥睨しながら、その者たちはそれぞれに思いを馳せていた。


「これでオリンポスの切り崩しは、ひとつ果たせたわけね」


 紅い瞳を持つ女が、つぶやく。

 それに対し、白い光の目を持った闇のような影はわずかに顔を上げるような仕草をした。


「そういうことになる。しかし、残された者たちは、混沌の獣の掃討を止めたりしないだろう。それどころか余計なことを考える可能性もある……」


【レア】と呼ばれている影は、冷たく言い放つ。

 その口調はオリンポスの者たちに対するものとは、大幅に異なっている。


「混沌の力を高めやすくなった今の環境は目的達成のためには最適だが、彼らオリンポスにとっては望ましくないものだ。打開策を考えることは間違いない」

「では……?」

「【エリス】に【ヘカテイア】よ……お前たちには当初の予定通り、行動してもらう」

「けど、あの者たちが知ったら、面倒なことになるんじゃなくて?」


 あの者たちという言葉には、わずかばかりの不信感が滲んでいる。

 言わずと知れたウェルザーたちのことだ。直接対峙したことはないものの【エリス】にとっては、かつて敵だった者たちだけに無理のない話だろう。


「それについては気にしなくても良い。これもまた我らの目的達成のために必要なこと……」


【レア】の声は、あくまで淡々としている。

 そこには自分以外の者たちの思いや感情など関係ないという雰囲気があるようにも感じられる。

 そんな影を見据え、次いで言葉を発したのは銀の瞳を持つ【ヘカテイア】である。


「……それより、ひとつ聞いていいかしら?」

「なにかな?」

「あの男……ソルド=レイフォースはどこへ行ったの? セレストの光の柱事件以降、力を感じられなくなったのだけど……」

「ふむ……お前としては、やはり気になるか。他ならぬ兄と呼んだ男だけに……」


 憮然とした表情の彼女を見つめ、【レア】は納得したようにつぶやいた。

 ルナルの記憶を持つ【ヘカテイア】としては、たとえ敵対したとしても、ソルドは特別な存在なのだ。


「案ずる必要はない。あの男はまた必ず姿を現す」

「なぜ、そう言えるのかしら? あなたは、なにか知っているの?」

「いや……だが、ひとつ言えることは、この程度で消えるような者なら秩序の戦士の後継者にはなり得ないということだ。今はとにかくお前の為すべきことを果たせ」

「……わかったわ」


 はぐらかすような返答に納得いかない様子の【ヘカテイア】だったが、それ以上追及することはしなかった。

【統括者】すら屠る力を持つ闇の女神たちも、【レア】に対してだけは恭順の姿勢を崩さない。そこにどのような感情が潜んでいたとしてもである。

 そして【レア】もまた、それを当然のこととして捉えていた。


(さて……次は……)


 訪れた沈黙の中で、黒き影はなにかを思うように白き視線を空へと向けた。






「え? アーちゃんが出ていった!?」


 緊急招集の話し合いを終え、レストスペースに戻ってきたサーナは、珍しく驚いたような声を上げた。

 彼女の目の前にはメルトメイアがおり、こちらもいつになく青ざめた顔でたたずんでいる。


「はい。少し様子がおかしかったので声をかけたら、放っておいて下さいって……アーシェリーらしからぬ剣幕で言い捨てて、そのまま走り去ってしまったんです」


 栗色の髪の女神は、ひどく心配げにつぶやいた。

【オリンポス最大の良心】と呼ばれるメルトメイアは元より感情の機微に敏感であり、それゆえに普段とは違ったアーシェリーの態度に不安を覚えた様子である。


「無理もないさ……あいつにとってはウェルザーたちの離反より、ソルドの行方のほうが気掛かりだ」


 二人の間に割り込むように、シュメイスが声をかけてくる。

 口調こそいつも通りだが、その表情はいまだに晴れない。


「さっきの話の中でも、ソルドの件にはあまり触れなかった。アーシェリーはそれが不満だったんだろう」

「そう、ね……そうだったわね……」

「あいつの向かった先は想像がつく……ちょっと行ってくる」


 散歩にでも行くかのような口ぶりで踵を返した彼だが、サーナがその肩を掴んで引き止めた。


「待って。それだったら、あたしが行くわ」

「なに?」

「今回の経緯を考えれば、シュー君が行くと、なおさらややこしいことになると思うのよ。下手したら火に油を注ぎかねないわ」


 わずかに驚いたような顔を見せたものの、シュメイスは押し黙る。

 先ほどここであった出来事を思い返したのか、握り締めた手はわずかに震えていた。


「サーナ……でしたら、私も一緒に行きます」

「ダメダメ。メルちゃんの気持ちもわかるけど、今、連れ立って動くわけにはいかないわ。これから更に忙しくなるんだしね」


 次いで同行の意を示したメルトメイアだが、サーナは彼女も制した。

 こうして複数の特務執行官が顔を合わせていること自体、そもそもイレギュラーなのだ。本来なら速やかに任務に戻らねばならない中、私情のまま行動することは離反行為に近い。

 そういう意味では、今のアーシェリーは非常に危うい立ち位置にあり、彼女を探しに行こうとする行為もまた非難の対象となり得るのである。

 オリンポスの戦力が低下している現状もあり、咎を受けるのは自分一人で良いという考えが、サーナの中にはあった。


「それにアーちゃん、あれでなかなか頑固なのよ……ま、ここはお姉さんにお任せってことで」


 ウインクしつつ、いつものように言い残した彼女だが、二人に背を向けた時に浮かんだ表情は、どこか物憂げなものだった。


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