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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(17)矛盾に惑う


 以前、【ヘカテイア】の言った言葉――オリンポスの真の目的と自分たちの目的が同じということ。

 そこから導き出されたウェルザーの推論こそが、【レア】の告げた内容であった。


 カオスレイダーをこの世から消し去るには、【統括者】たちを倒すしかない。

【統括者】を倒すためには、彼らを異相空間から現世に蘇らせなくてはならない。

 そして【統括者】を蘇らせるために必要となるのは、彼らの糧となる混沌の力の増大。

 すなわちカオスレイダーの覚醒こそが、目的達成のために今、為すべきことなのだと――。


「まさか、【ヘカテイア】たちがカオスレイダーを覚醒させていたのは……!」

「そう……すべては【統括者】の復活を早めるための工作です」


【レア】は、ウェルザーの言葉を継ぐように肯定する。

 その返答に対し、思わず声を荒げたのはフィアネスである。


「つまりあなたは、カオスレイダーによる被害を見過ごせとおっしゃいますの!?」


 カオスレイダーを覚醒させるということは、当然それによる被害の発生は否めない。

 敵意にも似た視線を向けてくる彼女に対し、【レア】は静かに問い返した。


「【ペルセポネ】……いえ、フィアネスと言いましたか。では、あなたはどうするべきだと思いますか?」


 その声には、どこか有無を言わせぬような響きがある。

 思わず息を呑んだフィアネスを見据え、影は淡々と言葉を続ける。


「世界に散った混沌の種子はあの記録でもわかる通り、途方もない数です。そしてあなた方が犯した過ちにより、その総数はさらに増えてしまいました。もし、なんらかのきっかけでこれらが一斉に活性化すれば、世界はあっという間に混沌の獣に埋め尽くされるでしょう。あなたは、獣と化した人類すべてを皆殺しにしますか?」

「そ、それは……」

「混沌の力を高めて【統括者】たちを呼び戻し、その存在を滅す……そうすれば種子もまた確実に滅びます。その過程では確かに多くの犠牲が出るでしょう。種子の全活性化を早め、滅びを加速する要因になる可能性もゼロではない……」


 自身の言葉に矛盾があることは、【レア】もすでに承知の上であった。

 しかしそれは同時に、今置かれている戦局の厳しさを表すものでもあったのだ。


「ですが、今のまま時を経ても状況は改善しません。人類を救済するために背負うべきリスク……それを取るかどうかの決断を迫られているのです」






「……つまり、カオスレイダーを滅ぼすためには、一度カオスレイダーを暴れさせる必要があると?」


 ライザスの話を聞き終えたところで、シュメイスは驚きと訝しさとを合わせて言い放つ。

 この場に集った者のほとんどが、今の彼と同じ感情を抱いていた。


「言い方は乱暴だが、そういうことになる」

「それで、ウェルザーたちはその決断を受け入れたということね?」

「彼らの真意までは不明だが、恐らくはな……」


 どこか厳しい表情を見せるイレーヌに対し、ライザスは嘆息しつつ答える。

【レア】の告げたという決断はオリンポスの行ってきたことの真逆ではあったものの、考え方としては実のところ大きな差はない。

 小を犠牲に、大を救うという覚悟――しかし、現在置かれている状況はそこまで単純でなく、犠牲を容認したからといって完全な滅びを免れる保証もなくなっていたのである。

 重苦しい沈黙がしばしの間、場を支配したが、やがてそれを打ち破ったのは苛立ちげな美女の声だった。


「……すいぶん勝手な話じゃない? 悪いけど、あたしは受け入れられないわ」

「サーナ……」

「だって、そうでしょう? あたしたちが悩んで苦しんでやってきたことが全部ダメだって言われて、はいそうですかって引き下がれると思う?」


 憤りをその顔に浮かべながら、サーナは力強く言い放つ。

 特務執行官も支援捜査官も皆、それぞれの覚悟をもって任務に臨んできた。その思いと歴史とを無にしたくないという意思が、彼女の言葉には滲み出ていた。


「それにカオスレイダーが数を増しちゃったのなら、あたしたちが倒して倒して倒しまくれば良いのよ。そうすれば、いつかは全部滅ぼせるはずでしょ」

「相変わらず短絡思考だな。お前は……さっきの話をちゃんと聞いていなかったのか?」


 大きく嘆息し、ランベルがサーナを見つめる。

 カオスレイダー種子が全人類数規模にまで膨れ上がっている以上、彼女の結論はすなわち人類抹殺と同義に近い。

 ただ、その結論はともかくとして、彼女の思いに共感した者はいた。


「そうね。でも、私もサーナと同じよ。このまま納得できる話ではないわ」

「イレーヌ……」

「そもそも今の話……解せないところがある。【レア】の言ったことが事実だとするなら、なぜ彼女は、もっと早く私たちに伝えなかったの?」


 CKO統括副司令の肩書を持つ才媛は、【レア】の語った内容に対して疑問を呈する。

 それに対し、大きく頷いたのはボルトスだ。


「確かに支援捜査官を含めた掃討体制は、ここ十年以上続いている。【レア】がそれに懸念を覚えていたのなら、行動に移すにはあまりに遅かったと言えるな」

「ええ……これはあくまで推論になってしまうけど、【レア】はあえてこの状況を生み出そうとしていたんじゃないかしら」

「あえてだと? なぜ、そんなことをする必要がある?」


【レア】の行動の遅さを故意と断じたイレーヌだが、そこには彼女自身の【レア】に対する不信感も含まれていただろう。

 眉をひそめたライザスに、金髪の才媛はわずかに首を振るのみだ。


「そこまではわからない……でも、彼女の目的が単純な混沌の殲滅にあるのなら、こんなまどろっこしいやり方はしないと思う」

「【ヘカテイア】たちの力や、その存在がなんなのかという謎も不明なままだしな……もしかすると、それらを探るために、ウェルザーたちはあえて離反したのかも知れん」


 続いたボルトスの言葉には、離反したという二人への信頼が、いまだ垣間見える。

 その場の誰もが再度沈黙する中、ライザスは静かに告げた。


「いずれにせよ【レア】の語った通りだとするなら、我々は掃討体制を改める必要がある。今後は支援捜査官による寄生者の処分は避け、特務執行官だけがそれを実行する」

「そうすると、ますます忙しくなっちまうんじゃないのかい? 勘弁して欲しいねぇ。まったく……」


 種子の増殖を防ぐためとはいえ、特務執行官の負担が倍増する判断に、ガルゴがため息を漏らす。

 すると、それまで黙考していたメルトメイアがおずおずと口を開いた。


「あの……カオスレイダーを掃討するために私たちが動けば、ウェルザーたちと相まみえることになるのでしょうか?」

「……そうなるだろう。我々は彼らの目的にとっての邪魔者ということになるからな。妨害は充分にあり得る」

「そんな……!!」


 予想できたこととはいえ、改めて司令官から告げられた事実に彼女の表情が強張る。

 下手をすれば、特務執行官同士の戦いになる可能性も捨て切れないのだ。


「……それでも、やるしかねぇんだろ? 俺たちはカオスレイダーを倒すことが任務だ。それを邪魔する奴は、なんであろうと敵だ……たとえ仲間であろうとな」

「ロウガ! あなたはそれで良いんですか!?」

「良い悪いの話じゃねぇさ。俺はカオスレイダーを野放しにはしねぇ。あの【イアペトス】の野郎も必ずぶっ倒す……それだけだ」


 メルトメイアから顔を背けつつも、ロウガは決然と言い放つ。

 そんな二人を一瞥し、ボルトスが頷いた。


「いかにもロウガらしいが、それについては俺も同意見だ。カオスレイダーをあえて見過ごす真似などできるものではない」

「でも、メルちゃんの気持ちはわかるわ。あたしも正直、フィアネスとは戦いたくない。なんとかしたいものだけどね……」


 それまでは強気な態度を見せていたサーナだが、そこで初めて表情を曇らせた。

 彼女の仲間意識の強さを考えるに、それは当然の反応と言えたろう。


「司令……カオスレイダーを掃討するというオリンポスの基本方針は変わらないってことですよね?」

「もちろんだ。平穏に暮らす人々をカオスレイダーの魔手から守るのが我々の務めだ。だが、混沌の種子が増えてしまったというなら、別の対応を早急に考える必要はある」

「種子そのものを見つけ出す方法があれば良いんだがな。そうすれば犠牲を増やすこともなく、解決の道を見出せる……」

「でも、いまだに活性化する前の種子を見つけ出す術はないんでしょう?」


 イレーヌの言葉に、ライザスは無言で頷くのみだ。

 混沌の種子自体を破壊するという発想がなかったわけではないが、現実的にそれは非常に困難なものだった。なぜなら種子そのものが極めて小さく、寄生する前の段階では目立った反応も見せなかったからである。

 ただ、その話が出たのを見計らったかのように、今まで沈黙を保っていたエルシオーネが口を開いた。


「いえ……そうでもないかと思います」


 不透明な先行きの中で放たれた才媛の意外な言葉に、場にいた者たちの視線は一斉に彼女へと注がれたのだった。


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