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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(16)繰り返された過ち


 パンドラの中枢とも言えるセントラルエリア――広大かつ静謐であるはずの空間に、騒めきが起きていた。

 オリンポス司令ライザスの語った事実は、その場に集った特務執行官全員にとって、にわかに信じることのできないものであった。


「離反……!?」


 どこか震える声でつぶやいたのは、アーシェリーである。

 ソルドが行方不明になったことも含め、今の彼女の表情は普段の冷静な様子からは程遠い。


「そうだ……ウェルザーとフィアネスは、オリンポスからの離反を表明した」

「なんで、そんなことになったんです!?」


 ため息をつくようにつぶやいたライザスに、シュメイスが詰め寄る。

 彼もまた平静を装っているものの、激しい動揺が声に滲み出ていた。


「理由については、これから話すが……その前にひとつ伝えておく」


 全員の視線が集まる中、黒髪の司令官の顔に苦悩が滲む。

 それは彼自身も、ウェルザーたちの離反を咎められないと認めている様子だった。


「これは、今後のオリンポスの在り方を左右することになる重大なものだ。君たちにも個々の決断を迫る内容となるだろう。それを覚悟した上で聞いて欲しい」


 あまりに重苦しいその言葉に、まるで空気そのものも鉛と化したように全員の肩にのしかかる。

 そしてライザスは、二人の特務執行官離反の理由を訥々と語り始めた――。






 オーロラの浮かぶ火星極冠の地に、二人の男女が寄り添うようにたたずんでいる。

 薄闇の中に吹く風は凍てつくように冷たいが、限りなく澄んでもいた。


「ウェルザー様……司令にお会いになったのですか?」


 輝く髪をなびかせながら、少女――フィアネスは語り掛ける。

 その顔には愁いのような表情が見て取れる。


「うむ……我々が抜けたことで、ただでさえ厳しかったカオスレイダーの掃討体制がより危機的なものとなった。ライザスも動かないわけにはいかんだろう」

「そう……ですわね……」


 光のカーテンを見上げていたウェルザーは、そこで傍らの彼女に視線を落とす。

 切れ長の目に浮かぶ光に、いつもの冷たさは感じられない。


「フィアネス……後悔しているのなら、お前だけでも戻れ。これは私が自ら被ると決めた汚名だ……お前まで付き合うことはない」

「いいえ……私は戻りませんわ」


 気遣うような想い人の言葉に、しかしながらフィアネスは首を振る。


「確かに迷いがないと言えば、嘘になります。このやり方が本当に正しいのかも、私にはわかりません。ですが……」


 負の感情が多く心を支配する中で、彼女は静かに視線を上げる。

 その瞳の輝きは揺れていながらも、奥に潜む芯のある光は顕在だった。


「ひとつだけ言えることは、これはウェルザー様がお決めになったと言うことです。そして私は、あなたについていくと決めております……特務執行官になった時からずっと変わらずに抱いている私の決意は、たとえかつての仲間と刃を交えることになったとしても変わりません」

「……すまん。フィアネス……」


 決然と放たれた言葉に、ウェルザーは反射的にフィアネスを抱き締めていた。

 フィアネスもまた、男の胸に頭を預けて目を閉じる。

 幻想の光に包まれた世界の中で、時はただ緩やかに流れる。


(だが、これでオリンポスも今までと同じではいられなくなるだろう。あいつも私が話したことを特務執行官たちに伝えているはず……果たして彼らが、どのような決断を下すのか……)


 安らぎと言える一時に身を委ねつつも、ウェルザーは先日この地であった出来事を思い返していた。





 その場に現れた影は、ウェルザーにとって忘れようにも忘れられない存在であった。

【統括者】と同じような外見をしつつも、その目元に浮かぶ白い光は限りなく強く優しい。

 かつて人としての生を失った時に出会ったその影は、かつてと変わらぬ様子で目の前にたたずんでいた。


「【レア】……あなたがここに来たということは、【ヘカテイア】たちの主というのは、やはり……」

「その通りです。私があなたたちを呼ぶよう、彼女に命じました」

「なぜです……いったい、あなたはなにを考えているのです!!」


 人ならざる黒き影――【レア】は、驚きと怒りにも似た感情で問い掛けてきた男に淡々と答える。

 そこにはかつてと同じ穏やかさはあったものの、温かな雰囲気は感じられなくなっていた。


「確かに、あなたたちにとっては不可解なことも多いでしょう。しかし、それも仕方のないこと……すべてはオリンポスの行動に原因がある。私はそれを是正しようとしているに過ぎません」


 どこか断罪するような物言いの中には、わずかな失望の色も見え隠れしている。

 ウェルザーは思わず息を呑んでいた。


「我々に原因があるとは、どういうことです……?」

「あなたたちが、使命を忘れているということです」

「どういうことですの?」


 疑問を呈したフィアネスに、【レア】は諭すように言葉を続ける。


「私は伝えたはず……混沌の獣を滅ぼすためには【統括者】たちと、彼らを統べる王を倒さねばならないと……」

「確かに、それは理解していますが……」

「いいえ、理解していません。秩序の光の後継者も揃い、その力の使い方にも習熟したはず……にも関わらず、あなたたちはいまだに獣たちを狩り続けている」

「それは、そうしなければ多くの人々が殺されるからですわ!」

「その行為が無意味というわけではありません。まだ、あなたたち特務執行官が掃討を行っている分には問題ありませんでした……」


 そこで【レア】は一呼吸置いて、ウェルザーを見つめた。

 白い光が、わずかな冷たさに満たされたように見えた。


「しかし、オリンポスは効率性を重視するあまり、獣に覚醒する前の人間を処分するようになった……それも同じ人間の手によって」

「……支援捜査官のことを言っているのですか?」

「その通りです。あなたたちは大きな勘違いをしている。たとえ覚醒前であれ、混沌の種子を消し去ることができるのは秩序の光のみだということを……」


 そこで黒き影の周囲に、靄のような塊がいくつか浮かび上がった。

 それは人類圏で使われている空間投影型スクリーンと同じ機能を持つものであるようだ。

 靄に映し出されたものは、人間の死体の映像だ。人と変わらぬ姿の者から、わずかに異形に変じた者と様々である。


「これは……?」

「あなたたちの言う支援捜査官によって殺された人間……その最期を完全に見届けたことはありますか?」


 恐らくはカオスレイダー寄生者の死体である映像を、【レア】は早送りのように進めた。

 それらは荼毘に付されたり解剖されたりと異なる末路を辿ったものの、やがて例外なく土へ埋められていく。

 しばらくは変化も見せなかった遺骨や骸の残骸だが、やがてそこから赤い輝きが生まれた。

 その輝きが形を変えた時、ウェルザーたちは思わず驚愕の声を上げる。


「これは……カオスレイダーの種子が再生した!?」


 骸が変化して生まれたそれは、紛れもない混沌の種子であった。それも元のひとつではなく、複数に増えている。

 脈動した種子たちは土を突き破るように飛び出し、空に散っていく。それはまるで植物が種を飛ばして子孫を残す様に似ていた。


「そう。混沌の種子は寄生した生命体が死を迎えることで確かに力を失いますが、骸を糧に増殖し再生する……そしてまた新たな贄を求めて飛び去るのです」


【レア】はそう言うと、映像ごと靄を消し去る。

 再び戻ってきた薄闇の中で、白い双眸が二人の男女を見据えた。


「この星系の暦で二十年以上という月日が流れながら、混沌の獣が一向に減ることもなく、被害が増大し続けている大きな理由がこれです。すべては他ならぬあなたたちの過ちによるものなのです」

「バ、バカな……」

「もはや猶予はない。混沌の種子を……獣を滅ぼすためには、それを統べる存在を葬るしかない」


 支援捜査官による寄生者の掃討――それは少なくとも、オリンポス創設から十年近くのちには可能となっていたものだ。

 しかし現実として、彼らが殺した寄生者の種子はまったく消えることもなく、再びカオスレイダーを生み出す素になっていた。

 注意深く検証していれば見つけられたはずの事実を見落としていたことに、ウェルザーは内心で憤りを覚えつつ、その感情のままに【レア】に自身の推論をぶつける。


「だから、カオスレイダーをあえて覚醒させ、【統括者】たちの復活を促そうというのですか?」

「ウェルザー様!? 今、なんと……!?」


 思わずフィアネスが目を見開いて彼を見つめたが、【レア】はそれに対して静かに肯定の意を示す。


「やはり気付いていましたね……その通りです。【統括者】や王を滅ぼすためには、一度現世に呼び戻す必要がある。そのためには混沌の獣を暴れさせ、混沌の力を高めることが一番の早道なのです」


 それはオリンポスが今まで行ってきたことの否定であり、同時に矛盾とも言えるような驚愕の言葉であった。


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