(15)心惑う者たち
SSSによるテナントビルの消失事件は、セレストのみならず月面エリアのネットニュースを賑わせるほどには大きなものとなった。
天地を貫くように立ち昇った光柱の範囲は極めて限定されていたが、光の中にあった物体はなにもかも消え去り、塵ひとつ残りはしなかったのだ。
これによる死者はおよそ百名ほど――その大半が例のビルをテナントとする企業の人間たちであった。
跡地となった場所には深さ数百メートルにも及ぶ大穴が空き、その底には焼け焦げて機能を消失した大掛かりな装置のみが残されていた。
ただ、それがいかなる機能を持ったものだったかは秘匿され、事件自体は装置の暴走による爆発事故のようなものと結論付けられた。
そしてSSSの名が、取り立てて大きく扱われることもなかったのである。
事件から一夜が明けた日、オリンポスの本拠地であるパンドラは、動揺と混乱の渦中にあった。
「ソルドが……行方不明?」
いつものレストスペースにおいて、アーシェリーは愕然とした表情でつぶやいた。
彼女の前でわずかに顔を俯けているのは、シュメイスである。
「ああ……あの光の柱――ディスインテグレーション・システムに巻き込まれてしまった可能性が高い……」
答える青年の声は、いつにも増して暗い。
原子破砕砲の原理を応用したディスインテグレーション・システムは、特務執行官の力をもってしても無効化できない。
仮に巻き込まれたとするなら、生存は絶望的だった。
「……なぜですか。なぜ……! なぜ、あなたがいながら、そのようなことになったんです!!」
「……すまん……アーシェリー……」
普段見せない激情をあらわにしながら、アーシェリーはシュメイスの胸板を叩く。
以前、ソルドに殴られた時は彼女が止めに入ってくれたが、今回は逆に責められることとなってしまった。あまりに皮肉なものである。
力なくその場に崩れ落ちたアーシェリーを慰めることもできず、シュメイスが拳を震わせていると、スキンヘッドの巨漢――ランベルが声をかけてくる。
「話は聞いた。今回のことは災難だったな……」
どこか無表情にも見えたランベルだが、声には気遣うような響きがある。
特に視線を向けることもなく、シュメイスは独白するように答えを返す。
「……さすがに、自分の無力さを思い知ったさ。特務執行官なんて言っても、所詮はカオスレイダーを殺すための兵器でしかないってね……」
「そうかな……お前が助けた生命だってあるのだろう? なにも救えなかったと思い込むことはない」
淡々としながらも、ランベルは救いとなる事実を告げた。
実際、アンジェラは無事に救出できたし、避難指示のおかげでビルにいた人間たちのすべてが消滅の憂き目に遭ったわけではない。
そんな二人を尻目に、アーシェリーの傍に跪いたのはサーナだ。
「……アーちゃん、元気出して。あのソルド君が、そう簡単に死ぬはずないわ」
「ですが……!」
身を震わせて涙を流す緑髪の女を、彼女はしっかりと抱き締める。
人としての生を失い特務執行官という兵器となっても、心は変わらず存在する。愛しい人を心配する気持ちも人間たちと変わらない。
「ま、ソルドだってバカじゃない。そのディスなんたらに簡単に巻き込まれたとは、俺も思えんね」
「だが、シュメイスの話ではカオスレイダーとの戦闘を行っていたのだろう? 不測の事態に陥った可能性もなくは……」
「ラン君……いくらあなたでも、それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ!!」
重苦しさを払うように放たれたガルゴの一言は珍しく空気を読んだような発言と言えたが、現実主義者であるランベルの言葉がそれを台無しにしようとする。
睨み付けるような視線をサーナから向けられ、スキンヘッドの巨漢は瞑目して黙り込んだ。
「それはそれとして、今回の緊急招集のほうが気になるねぇ。前回といい急に呼びつけられるほうの身にもなって欲しいもんだ」
そんな周囲の様子を気にもせず酒瓶を煽っていたガルゴだが、そこで大きく息を吐いた。
今こうして特務執行官たちが集っているのは偶然ではなく、新たな緊急招集がかかったためだ。
前回の招集からさほど間を置いてないだけに、全員の心中は騒めいていた。
「ソルドの件もそうですが、ウェルザーやフィアネスも行方不明という話なんですよね? いったい、なにがあったんでしょう……?」
「さてな……ま、めんどくさい敵が出てきたってんなら大歓迎だ。ここ最近は似たような任務ばかりで、飽き飽きしてたんでな……」
「……あいにく、そういうわけではない。むしろ、面倒な敵のほうがよほどマシだっただろう」
メルトメイアとロウガが立て続けにつぶやく中、その場に姿を見せたのは銀髪の男――特務執行官【ポセイドン】ことボルトスである。
古参にして上位の特務執行官である男の急な登場に、場の全員の間に緊張が走った。
「全員、セントラルエリアに集合だ……ライザスから、重要な話がある」
そんな彼の口から次いで放たれた言葉は、どこか苦々しい響きを持っていた。
特務執行官たちがパンドラに集っていたのと同じ頃、セレストのワーキングスペースではフェオドラとアンジェラが再び顔を合わせていた。
「それはずいぶん大変だったわね」
事の顛末を聞いたフェオドラは、コーヒーをすすりながら息をついた。
対するアンジェラも同じようにカップを傾けつつ、空いた指で髪の毛を弄ぶ。
「ホントですよ。鞭でぶたれるわ足で蹴られるわ……なんとか助かったと思ったら、今度はセクハラされちゃうし……」
「セクハラ?」
「そうですよ。シュメイスさんに隅から隅までいいようにされて、わたしお嫁にいけない身体にされちゃいました。もうホント最悪です」
「なんですって!?」
さらっと流すような言い方だったものの、その内容に関しては聞き流せなかったのか、銀髪の女は身を乗り出してくる。
そんな彼女を見て、少女のようなエージェントはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「まぁ、それは冗談ですけどね……フェオドラさん、実はあの人のこと好きですね? そんな取り乱したりなんかして……」
「な、なに言ってるのよ!! まったく、あなたって人は……!!」
わずかに顔を赤らめたフェオドラは、むっとした様子で椅子に腰を落とした。
存外大きく響いた着席の音に少しからかい過ぎたと反省したのか、アンジェラはわずかに肩を竦める。
「でも、お二人には感謝してます。正直、助かるとは思ってなかったので……」
実際、フェオドラの要請でシュメイスが動かなければ、彼女がここにこうしていることはなかったろう。あの悪魔の光に消されていた可能性もあったことを考えると、今も少し震えが走る。
いつになく殊勝な態度を見せたアンジェラの姿にフェオドラも落ち着きを取り戻したのか、元のトーンで話を続けた。
「……なんでもイーゲル=ライオットがダイゴ=オザキだったっていう話だけど、あなたはそれを調べていたの?」
「シュメイスさんは頷いてましたが、もちろん確証があるわけじゃないですよ? そう考えたほうがしっくりくるというだけの話で……」
シュメイスに話した内容を改めて共有しつつ、アンジェラは中空を見上げる。
元々はSSSに深夜潜入した時に見つけた葉巻と、別人のように思えたというイーゲルの態度――それらを繋ぎ合わせて出てきた荒唐無稽な推論だった。
しかし彼女はイーゲルの言った言葉の中にも、その推論を裏付けるような内容が含まれていたことに気付いていたのである。
「あの晩に会った代表は、動揺を悟られぬよう訓練されたスパイという人種を良く知っていると言っていました。だとすれば常日頃からそういう人間たちと付き合いがあったか、もしくは扱う立場にあったかのどちらかです」
「なるほど。ダイゴ=オザキは、かつてアマンド・バイオテックの情報統括役員だった男……つまりスパイを扱う立場にいたから、あなたの正体も見抜いたんじゃないかということね?」
「そういうことですね。でも正直、なんでこんな行動取ったのか自分でも良くわかりません……重要なことには違いないですけど、命懸けで探らなければならなかったかまでは……」
再び指で髪の毛を弄びながら、アンジェラはため息をつく。
それは普段、真意を読ませない彼女にしては珍しく弱気に見える態度だった。
自身の行動の不可解さを疑問に思っている彼女を見つめ、フェオドラはわずかに笑みを浮かべた。
「フェリアって言ったかしら? あなたが接触していた秘書は……彼女の疑問を解消するために潜入したってことは、なんだかんだであなたは彼女のことを気にしているのよ」
「そうなん……ですかね?」
「いくら任務と言っても、二年も付き合っていれば情のひとつくらい湧くものよ。現に彼女もあなたを庇ったんでしょう?」
「ええ……まぁ……」
拷問を受けていた時、イーゲルに食って掛かったフェリアの姿は、おぼろげに記憶に残っている。
あの時点で本当にスパイだと考えていなかったとしても、赤毛の秘書の取った行動はいつにない激情に満ちたものだった。
結局、強引に引き離されてはしまったが、彼女は最後までアンジェラを庇うつもりだったかも知れない。
「諜報部のエージェントとしては、任務で接触した相手に情を移すなんて言語道断って話かも知れないけど……私はそういうの嫌いじゃないわ。人でなくなった化物ばかり見ているからかしらね……」
フェオドラは再度カップを運びながら、つぶやくように言う。
それは自虐的でありつつも、どこか温かな響きがあるようにも聞こえた。
「なんにしても、あなたはそのフェリアって秘書にもう一度会ったほうが良いと思う。自身の気持ちを整理するためにもね……」
次いで続けられた言葉を心の中で噛み締めながら、アンジェラはただ視線を落とすのみだった。




