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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(14)決別の時


 それは、異様なまでに美しい光景であった。

 大地から湧き上がるように生まれた光が集まり、やがて巨大な柱へと変化する。

 その柱の中にすっぽりと包まれたビルが眩い煌めきを残しつつ、砂のように崩れていく。

 輝く砂はそのまま空に溶けるように消え、存在の痕跡すら残さない。音もなく繰り広げられる消滅の光景が数多の悲劇を内包したものだと思い至った者が果たしてどれだけいただろう。

 離れたビルの屋上に降り立ったシュメイスは、殺風景なセレストの大地に生まれたそんな悪魔の光柱を呆然と見つめていた。


『カオスレイダーの反応、消失しました!! ですが、ソルドさんの位置が……!!』

「まさか、間に合わなかったのか!? あのバカ!! なぜ、無理に戦った!?」


【アトロポス】の声を遮るように答えたシュメイスは、苛立ち混じりの表情で飛び出そうとする。

 しかし、その腕を小さい手が掴み止めた。


「どこへ行くんです!? 死にに行くつもりですか!?」

「だが、あそこにはまだ仲間が……!」

「もう間に合いませんよ……見て下さい……」


 感情を抑えつつ低くつぶやいたアンジェラが、改めて視線を光柱に向ける。

 それなりの威容を誇っていたオフィスビルは、この世界から消えようとしていた。中に取り残された人間たちも、自らの死を悟ることもできずに消滅していくことだろう。

 遥か下方から嗚咽混じりの叫びが、風に乗って聞こえてくる。運良く逃げ延びた者たちは、友人や仲間たちが跡形もなく消えていく現実を受け入れられないでいた。

 シュメイスは、掴み止めてきたアンジェラの手がわずかに震えていることに気付いた。

 あのまま放置されていれば彼女もまた、光に呑み込まれる運命だったのだ。諜報部のエージェントとして死を覚悟はしていても、恐怖心を完全に克服することは難しい。

 ゆえに彼はそれを振り解くこともできずに、ただ苦悩を滲ませながらたたずむしかなかったのである。


『……ソルドさんの反応が消失しました……』


 やがて力なくつぶやかれた【アトロポス】の言葉を耳にしながら、シュメイスは己の無力さを呪ったのだった。






 少し時は戻り、ソルドたちがSSS本社へ乗り込んだのと同じ頃、オリンポス司令官のライザスは火星の土を踏んでいた。

 ここ数年はほとんどパンドラから動かなかっただけに、彼自身も少し新鮮な気持ちを抱いている。

 しかし、それは望ましいものでは決してない。支援捜査官たちの殉職で掃討体制が崩れ、被害が拡大している中、二人の特務執行官が姿を消してしまった。

 彼らの捜索を兼ねつつも、自身が戦地に赴かねばならないほどに、カオスレイダーを取り巻く戦況は深刻化しているのだ。


「コントン……ウオアアァァアァァァァァァ!!」


 都市に破壊をもたらす異形が、獣じみた咆哮を上げる。

 三メートルはある黒い巨人だ。筋骨隆々の人を模した肉体ながらも、その頭だけは角の生えた狼の形をしている。

 吹き荒れるエネルギーが激しい風の渦を巻き起こし、辺りの物体を薙いで吹き飛ばしていく。それは明らかにSPS細胞を宿した新種の放つ力であった。


「このような形で、新種と遭遇することになるとは思わなかった……確かに報告通りの恐るべきパワーだな」


 その暴風の中で、ライザスはたたずむ。

 服こそ大きくはためくものの、超然とした立ち姿はまるで揺らぐ様子を見せない。


「だが、想定以上でもない……カオスレイダーよ。貴様はここで掃討する」


 ゆっくりと右腕が上げられる。

 それと同時に天が掻き曇り、次いで白熱の閃光が宙に走った。

 うねるような軌跡を描きながら落下した電光の剣が、異形の巨人に突き刺さる。

 同時に轟音が響き渡った。


「グアアアァアァァァァァアァァァァ……!!!」


 絶叫を上げて苦しんだ巨人だが、その声は徐々に小さくなっていく。

 光に打たれて焼け焦げた全身が、再生を始めていたのだ。

 やがて紅い目をぎらつかせた異形は、その体躯に見合わないほどの速さでライザスに迫る。

 まるで隕石とも思えるような鉄拳が、次いで叩き下ろされた。


「なるほど。光を糧とするSPS細胞の力か……厄介なものだ。では、その限界がどの程度のものか、見せてもらうとしよう」


 しかし、その落下地点に黒髪の男の姿はない。いつの間にか巨人の背後に移動していた彼は、わずかな嘆息を交えてつぶやいている。

 巨人は振り向きざまに拳の一撃を放つが、ライザスは半身になってそれを回避した。

 次いで彼の手から放たれたのは、雷を模したような光の縛鎖だ。敵の全身に絡み付いたそれらは黒き巨体の動きを一時的に封じたが、すぐに光そのものが身体に吸収されていく。

 その間にふわりと浮くように後方へ飛び退りながら、ライザスは両腕を広げた。


「刹那にして無限に下る裁きの雷よ!!」


 叫びに呼応して、宙に無数の黒い穴が空く。

 続けてその穴から飛び出した稲妻が、続けざまに異形の身体を打ち貫いた。

 空を裂く音と共に破壊されていく巨体――息つく暇もないほどの果てなき攻撃の前に、SPS細胞はその再生力を発揮する間もなく塵と化していく。


「我は雷光……天空の守護者。混沌導く悪意の力に、正義を示す刃とならん。我が名は、特務執行官【ゼウス】!!」


 やがて放たれた名乗りの文言と共に、黒き巨人たるカオスレイダーはこの世から消え去っていた。


(終わったか……しかし、悠長に構えている暇はない。ウェルザーたちの行方を探らねばならん)


 戦いを終えたライザスは周囲の被害状況にため息を漏らしつつも、自身の下ってきたもうひとつの目的のために行動を再開する。

 事後処理のためのICコード申請を終えた彼は、すぐにその場を離れようと天を仰ぐ。


(しかし、二人はいったいどこに消えたのか……)

「ウェルザーたちの行方を知りたい? 司令……」


 まるで内心のつぶやきに答えたかのように、背後から声が聞こえてくる。

 厳しい表情を崩さぬまま振り向いたライザスは、視線の先に黒髪の女の姿を見た。

 銀色の瞳が冷たく輝き、男の姿を映している。


「ルナル……いや、【ヘカテイア】か……」

「この場合は、お久しぶりです……と言うべきかしら?」

「お前が本当にルナルだというのなら、そうだろう……真偽のほどは定かでないがな」

「みんな疑い深いものね……私はルナル。そう何度も言っているはずなのだけど……」


 呆れたというように首を振る【ヘカテイア】の前に、小規模な雷が落ちる。

 音と共に弾けたアスファルトの残骸が、あられのように彼女の身体を打った。


「あら……? やっぱり問答無用なのね」

「お前はすでに敵対勢力として認識されている。カオスレイダー同様、我々オリンポスの敵として処理させてもらう」


 以前も言われた台詞に【ヘカテイア】は苦笑を漏らすと、長い髪を掻き上げる。

 殺意に近いものを向けてくるかつての司令官に対し、彼女はあくまで余裕を崩さぬ態度で告げた。


「それはそれで面白いのだけど、焦る必要はないと思うわよ……彼の話を聞いたあとでもね」

「なに?」


 その言葉に呼応するように、黒き女の背後からひとつの影が現れる。

 光の下にあらわになったその姿を見た瞬間、ライザスは驚愕の叫びを上げていた。


「!?……ウェルザー!?」

「お前がパンドラを離れるとは、よほどのことだな。もっとも、カオスレイダーの掃討体制が崩れた今となっては仕方のないところか……」

「どういうことだ!? なぜ、お前が【ヘカテイア】と共にいる!?」


 その場に現れた黒い長髪の男――特務執行官【ハデス】ことウェルザーは、冷たさを感じさせる雰囲気で同胞の言葉に答える。


「一応、目的を同じくする協力者といったところだ……仲間というわけではないがな」

「つれないのね。さほど差はないでしょうに……」


 わずかな嘆息を漏らしつつ、【ヘカテイア】が首を振る。

 二人の間に流れる空気は殺伐としていたものの、互いに敵意を抱いているようには見えなかった。


「協力者だと!? お前は彼女がなにをしたのか、知っているだろう!?」

「もちろん知っている……あのやり方には今も賛同できないが、仕方のないことと言えたろうな……」

「なにを言っている!?」


 あまりにも要領を得ない言葉と不可解な雰囲気に、さしものライザスも声を荒げざるを得ない。

 支援捜査官たちを殺害し【クロト】を機能不全に追い込んだ犯人は【ヘカテイア】たちなのだ。そんな相手を協力者と呼ぶなど、正気とは思えない。

 ただ、それに対するウェルザーの答えは、あくまで落ち着いたものだった。


「詳しい話はさておき……ひとまずお前に伝えておかねばならないことがある」


 一歩を踏み出した彼の周りを、冷たい風が吹き抜ける。

 毅然と立つ男の口から続けて放たれた言葉は、ライザスにとってあまりにも意外なものだった。


「私とフィアネスは、オリンポスを抜ける。もう二度とお前たちの元には戻らん」

「なんだと!?」

「お前たちでは、世界を救うことなどできない……ただ、滅びへと向かうだけだ。行き当たりばったりで、未来を考えないやり方ではな……」


 それは、すでに結論が出たかのような物言いだった。

 かつても目にしていた態度からは、操られている様子も正気を失ったような雰囲気も見えない。

 切れ長の瞳には、ただ静かな決意だけが浮かんでいる。


「ゆえに私たちは、お前たちと決別する。この世界を速やかに混沌から救済するために……」


 そして最後に放たれた言葉は、これまで以上の覚悟を感じさせる迷いのないものだった――。


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