(13)消えなかった執念
《FINAL-MODE……ABSOLUTE COSMOS ENFORCER……START-UP》
無機質な声が響き渡ると同時に、ソルドの身体が変容を遂げる。
騎士のような鋼の異形が顕現し、放たれたエネルギーにより空間が更なる灼熱の地獄と化した。
施設内部の破壊は加速して、亀裂を刻みつつ溶融していく。
「オオォォオオォォォ……ソレガ……シンノォォオオォォ……!!!」
それを見たカオスレイダーが全身から、再度触手を生み出して放つ。
自身を捕らえようと迫るそれらを灼熱のエネルギーで焼き尽くしながら、ソルドは接近して拳を叩き込んだ。
凄まじい衝撃音と共に魔人の身体が吹き飛び、後方の壁に叩き付けられる。
「我は太陽……炎の守護者! 絶望導く悪の輩を、正義の炎が焼き尽くす!! 我が名は、特務執行官【アポロン】!! ガイモン……いや、カオスレイダーよ!! ここで貴様を掃討する!!」
名乗りの文言と共に、黄金の目に宿る強き闘志。
握り締めた拳に強大なエネルギーを宿し、鋼の異形は黒き異形に向けて突撃した。
『当ビルの地下にて火災が発生しました。各テナントの方々は指示に従い、速やかに避難をお願いします。繰り返します。当ビルの地下にて……』
その頃、ビルの地上階では上を下への大騒ぎになっていた。
突然鳴り響いた警報に人々が慌てふためき、秩序もないまま我先にと逃げ惑う。
緊急時の避難訓練はされているはずだったが、形骸化した訓練では思うように機能しないことを証明する結果となっていた。
『とりあえずビルの災害警報システムに介入し、避難指示を出しました!』
そんな地上のゴタゴタを知ることもなく、シュメイスは侵入口となったエレベーターの縦穴へ辿り着いていた。
わずかに息をついた彼に簡易通信で語り掛けてきたのは、セントラルの電脳人格【アトロポス】である。
「すまん、アトロ……恩に着る」
『けど、時間がなさ過ぎます! あと数分程度で全員の脱出は物理的に不可能です……!』
「わかっているさ……遅過ぎたことくらいはな……」
焦りの色を窺わせる彼女に受け答えするシュメイスの表情は暗かった。
恐らくはシステムの発動に伴い、相当数の人間たちが犠牲になるだろう。敵の思惑にもっと早く気付いていればと思わずにはいられない。
人を超えた力を持つ特務執行官でも、万能ではない――その事実を、彼は改めて突き付けられた気がした。
「……それより、ソルドは?」
『今、A.C.Eモードの発動を確認しました。深部に出現したカオスレイダーを掃討しつつ、脱出を試みるつもりだと思いますが……』
「あいつの置かれている状況が俺たちと同じだったなら、無理もないのか。しかし……」
顔をしかめ、ソルドの向かった通路に目を向ける。
カオスレイダーを最短で処理し脱出するには、最終形態の発動が最も効率的だ。どのみち吹き飛ぶビルならば、あまり被害を考える必要もない。
『シュメイスさんも急いで下さい……もう時間的な猶予はありません。ソルドさんを信じましょう』
「わかっている」
しかし、理屈で理解はしていても、シュメイスは嫌な予感を拭うことができずにいた。
閃光と轟音が弾けた。
空間が赤く染まり、吹き荒れた衝撃波が熱と共に周囲のすべてを吹き飛ばす。
それはあらゆるものを確実に打ち砕く一撃のはずだった。
「グフフ、フフフ……!!」
しかし、次いで響き渡ったのは歪な笑い声だった。
灼熱の力を宿した拳が、黒いエネルギーを宿した両手に阻まれている。その手は徐々に融解を始めていたが、瞬間的な衝撃を緩和し受け止めたことは事実だった。
どこか陶酔したようにも見える魔人の顔を、鋼の異形は驚愕の表情で見つめた。
「バカな……これは……?」
「……言ッタ……ジャロウ。試シテミナケレバ、ワカルマイ、ト……」
「……ガイモン!? それに、この気配は……!?」
次いで魔人から訥々と発せられたのは、あのガイモンの声だった。
彼の意思が残っていたこともそうだが、ソルドは敵から放たれ始めた力や雰囲気に更なる驚きを見せる。
それは、彼がつい最近相まみえた男のものとそっくりだったのだ。
「これは、ダイゴ=オザキ……!? しかし……!?」
「……気ガ付イタ、ヨウジャナ……」
それとなく放たれたつぶやきに、魔人は邪笑と共に答える。
「……アノ種ニハ、だいごノ……細胞ガ、組ミ込マレテ、オッタノヨ……」
「なんだと!?」
「ソウ……混沌ト呼バレル力ヲ、制御スル……方法……」
そして続けられたのは、過去にガイモンがダイゴとやり取りした話の内容だった。
「ふむ……生命体の感情を糧にして異形の力へと変える種子か……」
培養カプセルに収められた種のような物体を眺め、ガイモンは嘆息した。
それはダイゴがSSSに身を寄せた時、手土産と称して持ってきたもののひとつである。
世界各地で起こる凶悪殺人事件――その犯行を為す異形の怪物の存在は老人も知っていたが、それを生み出すのが、目の前にある小さな寄生体とのことだった。
「……人の感情は驚異的なエネルギーを秘めているものです。喜怒哀楽は時に活力を生み、肉体の限界すら超えさせる……」
静かな口調で答えるダイゴ=オザキの視線もまた、その種子に注がれている。
その目に浮かんでいたのはいまいましさを感じさせる光であり、混沌の下僕たる不気味さを消したものだった。
「特務執行官がカオスレイダーと呼ぶ異形は、そのエネルギーを過剰に増幅することで人智を超えた力を発揮する……しかし、それゆえに弱い人間の自我や意思は簡単に呑み込まれてしまう……」
「……ならばそれを制御する方法は、異形に呑み込まれぬだけの強靭な自我や意思ということか?」
「さすがはガイモン=ムラカミ博士……その通りですよ。つまり……」
言葉の先を読んだように続けたガイモンに対し、彼は不敵な笑みを覗かせる。
その感情に呼応するかのように、異形の種子が泡の中で震えていた――。
「混沌ノ力ヲ宿シ……自我ヲ失ワナカッタ者……ソノ因子デ……種子ノ支配力ヲ軽減、デキルト……」
「バカな……!」
消えるようでいながらも明確に語られた老人の思惑に、ソルドはその表情を歪めていた。
辺りに満ちるエネルギーに身を溶かしながらも、魔人はその口から笑みを消さない。
「……コレデ証明サレ……タ。だいごノ、因子ガ……コノ力ヲ制御スル、鍵ニ……」
「そんなことを許すわけにはいかない!!」
言葉の先を遮るように、ソルドは咆哮する。
その意思に呼応して爆発的なエネルギーの奔流が放たれ、魔人の崩壊が加速する。
「グオオオオオオオォォォォオオオォォ……!!」
「ガイモン! 貴様の野心諸共ここで消え去れ!! これ以上、世を乱す存在を生み出させはしない!!」
人ならざるものの絶叫が、灼熱の空間に響き渡る。
A.C.Eモードを発動した特務執行官の攻撃を受け止めたことは、一度限りの奇跡のようなものだった。いかにダイゴの因子を宿すとはいえ、彼のように新種の進化を加速させることもなければ、その力を支配することもできない。
ガイモンの見せた意思も結局は、大海で溺れ死のうとする人間の最期のあがきでしかない。
膨れ上がったソルドの闘志の炎の前に闇の異形は形を失い、スライムのように溶け崩れて落ちる。
「やったか……だが、時間がない。急がねば……!!」
表情の厳しさを消さぬまま、ソルドは顔を上げる。
研究施設となっていた空間はすでに形を失い、溶岩に満ちた火口のような様相を呈していた。
足の下から立ち昇る熱気も、すでに危険な温度に達している。
地上へ一気に突破するべく床を蹴ろうとした彼だったが、ふとその足に異質な物体が絡み付いた。
『逃が、さんぞ……ソルド=レイフォース……』
「な、なにっ!?」
思わず視線を落としたソルドは、溶け崩れたばかりの魔人の残骸が己の行動を阻害しているのを見る。
更に聞こえてきた声はガイモンではなく、いまわしき宿敵だった男のそれだった。
『私は……死にはしない……私の意思は……死なぬ……』
そして続けられた言葉は、あの激闘の最後に聞いた台詞と同じだった。
フラッシュバックした記憶に、ソルドは異形の表情を歪める。
(奴がSSSに接触した真の目的……これが、その意味だったというのか……!?)
衝撃と戦慄とが、彼の心を駆け抜ける。
人格継承の件にばかり気を取られていたが、ダイゴが密かに抱いていたと思われる野望をソルドは悟ったのである。
絡み付いた残骸を完全に消し飛ばし、今度こそ彼は地上に向けて飛ぼうとする。
しかし次の瞬間、床の下から眩い光が溢れ、周囲の景色が塵へと変わり始めたのだった――。




