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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE2 兄妹の絆は悲しみの中に
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(8)拭えぬ不安


 ミュスカと別れたソルドは、人気のない路地裏に潜み【クロト】との通信を行っていた。


『この少女のパーソナルデータを、検索すればよろしいのですか?』

「ああ。今回の事件と直接関わりはないかもしれないが、気になったものでな」


 ソルドから提供された画像を見つめる【クロト】は、複雑な表情をしていた。

 眉をわずかにひそめ、少し俯いた様子で言葉を続ける。

 その口調は淡々としているようでいて、不機嫌そうでもある。


『【アポロン】……確かにセントラルには、様々なデータバンクにアクセスできる権限があります。しかし、確証もない予感だけを理由に、一個人のパーソナルデータを引き出すことに賛成はしかねます』

「行き過ぎた行為であることは承知している。だが、彼女が拉致されかかったのは事実だ」

『それが事実だとしても、現状、オリンポスの関与すべきことではありません』

「カオスレイダーの関与がないとは言い切れないだろう。疑わしきは調査すべきではないか?」

『根拠がない上に、非効率的です』

「そこを押して頼みたいのだがな……」

『私の判断として、それは許可できかねます』


 思わず溜め息が漏れるのを、ソルドは抑えきれなかった。

 取りつく島がないとは、このことだろう。

 確かに捜査のためといえ、むやみに個人情報を引き出すのは推奨された行為ではない。

【クロト】の意見は正論であり、この場合ソルドが職権濫用していると見なされても仕方のないところだ。


『フフッ……姉貴はねぇ、ソルドが他の女のことを考えるのがイヤなんだよねぇ~~♪』


 しばしの間があったのち、光の中でもうひとつの声が静寂を破る。

 見ると、いつの間にか【クロト】の脇に似た顔立ちの少女がたたずんでいる。

 ただ、髪型はショートでどちらかといえば活発な印象だ。


「む?【ラケシス】か?」

『お久しぶりじゃんモテ男! 相変わらずニクいね~~♪』

『ら、【ラケシス】!! 急になにを言っているの!! そもそもなぜあなたが……!!』


【ラケシス】と呼ばれた少女は二人を交互に見比べながら、甲高い声ではやし立てる。

 かたや【クロト】は先ほどまでと違い、目に見えてあたふたした様子だった。


『なぜって、オペレーター交代の時間だからに決まってるじゃん。ふ~~ん……動揺して、そんなことも忘れちゃったんだぁ?』

『え? え? もう、そんな時間……?』

『堅物姉貴にしては、珍しいほどうっかりだね。これも愛深きゆえかな? 事件に関係ないからダメ!とかもっともらしい理由だけど、ヤキモチ焼いてるの見え見えじゃん。そしてイジワルしちゃうこの女心っ!! も~たまんないねっっ!!』

『ち、ち、ちょ、【ラケシス】!! ごご誤解を招くような言動は……!!』

『ん~……個人的には、もう少しこの修羅場的展開を見ていたかったんだけど、残念ながらお時間来ちゃったみたいよ? じゃ、ここからはこの可愛い妹に任せてオヤスミ~~♪』

『ら、ら、【ラケシス】ッ!!』


 口を挟む隙もない会話は、一方的に終わりを告げたようだ。

 薄れるように【クロト】の姿が消えていき、光の中には【ラケシス】だけとなる。


「……慌しいことだな。いつもこんな感じか?」

『そんなわけないでしょ。ホントはもっと姉妹同士で語らいながら引き継ぐものなんだけど、タイミングが悪かったってところかな?』

「そうか……悪いことをしたな」

『別にぃ~~♪ 久々に面白いものも見れたし、あたし的には満足だったりして♪』


 やや疲れたようなソルドの言葉に、【ラケシス】は軽いウインクで答えた。

 同じセントラル・コンピューターの電脳人格と思えないほど、彼女と【クロト】は正反対である。

 正直、ソルドとしては苦手な相手の一人だった。


『さて……堅物姉貴はああ言ってたけど、そのミュスカって女の子の一件、放っておくにも寝覚めが悪いって感じ?』

「まぁ……そうだな」

『うんうん、誘拐って穏やかじゃないものねぇ。ま、面白いものを見せてくれたお礼ってことで、特別にこの【ラケシス】ちゃんがデータを洗っちゃおうか♪』

「すまんな。恩に着る」


 とはいえ、現状では【クロト】より話が通りやすかったようである。

 このタイミングでオペレーター交代が行われたのは、ある意味で僥倖だったのか。

 手慣れた様子で【ラケシス】は、ミュスカのパーソナルデータを引き出していく。

 その瞳には当初、猫のような輝きが宿っていたが、ややあって怪訝そうに眉をひそめた。


『ん~~……ん? あれ、これって……』

「どうした?」

『意外と当たってたかもね。ソルドの勘。この子、無関係じゃなさそうな感じよ』

「……なに? どういうことだ?」


 思わず問い返したソルドに、【ラケシス】は一枚のスクリーンを向けてくる。

 そこに書かれていたのは、ミュスカの家族構成についての一節だった。


「ミュスカ=キルト。両親は交通事故にて死亡。現在、肉親は兄が一人……名前はアイダス=キルト。アイダスはバイオテクノロジーの世界的権威にして、過去【植物の光合成における発生エネルギーの生体転用理論】で学界の話題をさらった人物である。しかし、荒唐無稽な理論ゆえに学界から煙たがられ、その後、恩師の裏切りもあって学会を追放処分となる。現在の消息は不明……」

『ついさっき、ルナルからもアクセスがあってね……そのアイダス=キルト博士はアマンド・バイオテック・コーポレーションに身を置いていたみたい。例のコードS121に関連する施設で、なにかの研究に没頭していたみたいよ』

「なるほどな……しかし、こんな繋がりがあろうとは予想外だ」


 ソルドは意外さを隠し切れない様子でつぶやいた。

 かけ離れたふたつの事件がこうも容易く繋がると、神の悪戯めいたものを感じてしまう。


『ま、事実は小説よりも奇なりって言うじゃない? そうすると彼女を襲った連中に監視がついてたってのも、割と納得できる話よねぇ』

「アマンド・バイオテック絡みということか。しかし、なんのために……なぜ彼女をさらう必要がある?」

『さぁ、そこまでは……でも、相手がこのまま引き下がるとも思えないし、急いだほうがいいんじゃないの?』

「確かにゆっくり考えている暇はなさそうだ。すまんが【ラケシス】、これで通信を切る」

『はいはい。それじゃ、頑張ってきてね~♪』


 あくまで気楽な【ラケシス】の声と裏腹に、ソルドは焦燥を募らせていた。

 あのままミュスカを一人にしたのは、結果として間違った選択だったと言える。

 彼女の拉致がアマンド・バイオテックの差し金なら、すでに次の手を打っているだろう。

 セントラルとのアクセスを打ち切った彼は、豹のごとく駆け出していた。

 




 家への帰途に着きながら、ミュスカ=キルトは憮然とした表情を崩さなかった。

 外灯の類があまりないせいか辺りは薄暗く、街のネオンなどもこの路上までは充分な光を届けていない。

 年頃の少女が一人歩きするには、危険な雰囲気がある。

 ミュスカにとっては慣れ親しんだ道かもしれないが、先ほど襲われたことを思えば恐怖が先立って然るべきだ。

 しかし、幸か不幸か苛立ちを隠せない少女の頭には、現状の危機に対する意識は希薄だった。


「なによ……」


 苛立ちの原因は、言わずもがなである。

 見ず知らずの自分を助けたばかりか、説教までしてきた青年に対する怒りだ。

 もちろん感謝をしていないわけではなかったが、それ以上に触れて欲しくない部分にまで触れようとされるのは迷惑だった。

 しかし彼女は、なぜ自分が不愉快な気分になっているのかを説明できないでいる。

 いや、本当は気付いていたことだったのかもしれない。


「? またなの……!?」


 落ち着かない心を持て余す少女の耳を打ったのは、端末からのメール音だった。

 いつもと同じ曲が流れたことから送り主が誰かはわかったが、今日は電話も含めてずいぶん頻繁だと思う。

 スクリーンを開いて履歴を確認してみると、一時間に数通ほどメールが入っていた。

 彼女が気付かないうちにも、何回か来ていたらしい。


「……ホント、なんだってのよ!」


 憤りに任せて、彼女は最新のメールを開いてみた。

 さすがに文句のひとつでも返してやろうかと思った矢先、その表情が驚きに凍りつく。


(逃げろ)


 文章ですらないたった一言のメールである。そこには妙に切迫した雰囲気があった。

 嫌な予感に駆り立てられたミュスカは、他のメールも開いてみる。


(混沌と血を)

(恐ろしい)

(お前に死を)

(助けて)


「な、なんなのよ……これ……!」


 支離滅裂な単語のメール群に、少女の怒りはどこかへ吹き飛んでいた。

 代わりに襲ってきたのは忘れていた不安と恐怖だ。

 いったい、兄の身になにが起こっているのだろう? なぜ、こんなメールを送ってきたのだろうか?

 考えても考えても、思考がまとまらない。

 いつの間にか足が止まり、小刻みな震えが全身を駆け巡っていた。

 手元から落ちた端末が乾いた音をたてて転がり、道脇の茂みに埋もれてしまう。

 それでもミュスカは、身動きすることができないでいた。


「おやおや。お嬢さん、夜道でぼーっと突っ立っているのは感心しませんね」

「……え?」


 ほんのわずかに感じられた時間は、実際よほど長かったのだろうか。

 突然、背後からかけられた声に振り向くと、そこには黒いスーツに身を包んだオールバックの男がたたずんでいた。

 しかし、注意を促す口調と裏腹に、見下ろす瞳には凍てついた光がある。


「幸い、人気がない場所だけに、こちらも助かりますが……」


 言葉すら失った少女が呆然と見つめていると、男はすかさずその口にハンカチを押し付けた。

 貫くような強い刺激臭が鼻腔を駆け抜け、次いで意識が闇の底へと引きずりこまれていく。


(あ……あ……お……お兄……ちゃん……!)


 少女の右手はなにかを求めるように宙をさまよったが、やがて緩やかに力を失っていった。


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