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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(5)見えてくる真実


 アンジェラが捕らえられた時刻から、少し過ぎた頃のこと。

 セレストの一角にある空き地――かつてルナルのさらわれた場所で、ソルドとシュメイスは顔を合わせていた。


「それは本当か?」

「ああ……SSSへの強制捜査が行われる。本来は俺だけが参加だったが、お前も潜入できるように取り計らっておいた」


 目を見開く赤い髪の青年に対し、金髪の青年は淡々と答える。

 星の降る闇の中で、二人の間には緊迫した空気が流れた。


「もっとも、特務執行官の責務をないがしろにはできないからな。与えられたタイムリミットは一時間……それ以上は司令も許可できないそうだ」

「そうか。それだけあれば充分だ。ありがとう、シュメイス」

「気にするな……とはいえ、あまり急くなよ。俺たちの存在はあくまで隠し通さなきゃならないからな」

「わかっている」


 拳を握り締めるソルドにシュメイスは釘を刺したあと、わずかに間を置いて続けた。

 その表情は、いつになく神妙だ。


「その前にソルド……お前に話しておきたいことがあってな」

「なんだ?」

「ルナルの正体についてさ」


 一瞬、風が強く吹いたような気がした。

 思わぬ言葉に表情を強張らせたソルドは、仲間の顔を見つめる。


「ルナルの正体だと!?」

「ああ。お前以前、リンゲル=ライオットについて調べてくれって言っただろう?」

「もちろん覚えている。それがどうかしたのか?」

「そのリンゲルって男の過去に、ルナルの正体の鍵があったのさ……」


 シュメイスは言いながら、ソルドの傍までやってくる。

 すれ違うかのような位置に来たところで、次いで問い掛けが放たれた。


「……ルーナ=クルエルティスって名前、知ってるか?」

「いや……」

「そうだろうな。表向きにはほぼ知られていない。裏社会ではそれなりに有名だが、それももう四十年ほど前の話だ……」


 そのまま手を掲げた彼は、中空に立体映像を展開した。

 そこにあったのは、黒髪をなびかせた見慣れた容姿の女性だ。

 ソルドの目が一瞬見開かれ、次いで訝しげに細められる。


「これは……! ルナル? いや……」


 ルナルと同じ姿を持ちつつも冷たい雰囲気を漂わせる女の映像に、彼は【ヘカテイア】とダージリンの二人を思い浮かべる。

 シュメイスはそれを確認したかのように、言葉を続けた。


「……この女がルーナだ。かつて傭兵として名を馳せ、【虐殺の女神】なんて呼ばれていたらしい」

「【虐殺の女神】だと……?」

「ああ。戦いを楽しみ、敵として会った者は皆殺し。止めに入った味方すら手にかけたってな」

「だから【虐殺の女神】か……よく傭兵が務まったな」


 淡々と手に入れた情報をシュメイスが語る中で、耳を傾けるソルドの表情も変わっていく。

 少なくとも依頼主の信用を必要とする傭兵が取る行動としては、ふさわしいものではないと感じた。


「実際は、噂だけが独り歩きした感じだけどな。非戦闘員を手にかけることはなかったようだし、命令を無視して暴走したわけでもない……」


 そんなルーナのことを庇うわけでなく、シュメイスは続ける。

 噂は尾ひれがつくものであり必ずしも真実を語らないが、その尾ひれが付く理由もまた存在すると。


「ただ、その性癖だけは特殊だった。敵意を向けてきた者は当然として、好意を寄せてきた者もルーナにとっては殺意の対象だった……」

「好意を寄せてきた者も?」

「ああ。見ての通り、外見は絶世の美女だ。黙ってりゃ、言い寄ってくる男はたくさんいただろう」


 少し苦々しげな空気が、二人の間に流れる。

 ルーナとルナルの容姿が同じ以上、その言葉の内容はルナルにもそっくり当てはまる。

 身内を褒めているようで貶しているような言葉は、言う側も聞く側もお互い良い気分はしなかった。


「しかし、彼女と親密になった男はみんな亡くなっている……それも事故とか病気ではなく、殺害されてだ」

「それをルーナがやったという証拠はあるのか?」

「実のところはない。しかし、男たちは亡くなる直前に必ずルーナと二人きりで会っていたという話だ……」


 ソルドは、わずかながらに嘆息する。

 それは疑われても当然と言うべきだろう。むしろ証拠を残さずに、犯行を行った点のほうが遥かに驚くべきことだ。

 殺人事件として世に広まらなかったのは、ルーナとの関わりを持った者の多くが脛に傷を持つ人間たちであったがゆえ、表沙汰になりにくかったんじゃないかとシュメイスは付け加えた。


「そんな中、一人だけルーナと共にあり続けた男がいた。言ってみりゃ、唯一の例外だな」

「唯一の例外? まさか、それが……」

「そう。その男が、リンゲル=ライオットだ」


 話の内容は、そこでソルドが調査依頼した男の名へと至る。


「リンゲルは傭兵で生計を立てていた時期があった。実際、相当な腕利きだったらしいぜ」

「意外だな。一企業の社長が元傭兵とは……」

「人の過去なんて、そんなもんだろ。当時は治安維持軍も今ほど洗練されてなかったから、二人が反政府組織に参加した時は結構な被害が出たようだ」


 二人が優れた連携で敵を屠っていく様は、瞬く間に噂として広がった。

 治安維持軍の戦闘記録にも、それは残されていた。

 いくつかのデータを画像として浮かべたシュメイスだが、やがてそれを消すと話を続ける。


「ただ、そんな月日も長くは続かなかった。二人の関係は、ルーナの死によって幕を閉じることになる」

「戦死したということか?」

「違う。暗殺された……何者かの手でな」


 金髪の青年は、ただ結論だけを述べた。

 ルーナを殺した人間の正体は不明だが、いまだ足が付かない点を考えると、背後に彼女の存在を快く思わなかった者たちの思惑があったと見ることはできる。


「【虐殺の女神】と呼ばれた人間にしては、あっけない幕切れだな」

「それには理由がある。襲撃された当時のルーナはひどく体力を消耗したあとだった。産後だったんじゃないかって言われている……」

「産後だと?」


 思わぬ言葉に訝しんだソルドに、シュメイスは推論を加える。


「時期的なものを考えれば、ルーナはイーゲル=ライオットの母親かもしれない。実際、イーゲルの出自ははっきりしていないようだからな……」


 それは調査の過程で明らかになった事実だが、話の本筋からは離れる内容だったため、金髪の青年も多くを語ることはしなかった。


「で、ルーナの遺体なんだが……埋葬されることもなく、忽然と消え去った」

「消え去った? 誰かが持ち去ったということか?」

「ああ。これまでの経緯を考えれば、恐らくはリンゲルの仕業だろう」


 そこまで言うとシュメイスは、改めてソルドに向き直った。


「もし、奴がガイモンってジジイと繋がっていたのなら……ルーナを人格継承の被検体として提供した可能性は高い」

「そうか! つまり……」

「そうだ。ルナルはその過程で生まれたクローンかも知れないってことだ……」


 いまだ断言できる内容ではないものの、そう考えるとルナルの容姿がルーナと同一だった理由には説明がつく。

 ソルドはそこで、なにかに気が付いたように視線を落とした。


「ルーナと……ルナル……か……!」

「どうかしたのか?」

「いや……以前マリスから聞いた話だ。ルナルの名付け親は彼女だったんだが……」


 記憶の片隅に眠っていたひとつの事実を思い返し、彼は続ける。


「あいつの眠っていた培養カプセルの認識プレートに書かれていた文字――それが【Runa-1】だった。だからルナルと名付けたんだと……」

「Runa-1……なるほどな。それをもじってRunal(ルナル)ってことか」


 シュメイスもそれに納得した様子だった。

 そこから考えればルナルは、ルーナの人格継承体第一号という意味にもなる。


「そうなると、ますますガイモンがSSSにいる可能性は高くなった。あとは実際に見つけ出して、詳細を問い詰めるだけだな」

「ああ……」


 決意を固めるかのように改めて拳を握ったソルドと対照的に、シュメイスの表情は晴れなかった。

 それは今更ながらとも言うべき疑問が、彼の脳裏に浮かんでいたからである。


(確かにいろいろと辻褄は合ってきた……しかし、それがわかったところで【ヘカテイア】からあいつを救い出す鍵になるのかどうか……なにもしないよりはマシかもしれないが……)


 申し合わせたように夜空を見上げた二人の青年だが、その思いには明確な温度差が存在していた。


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