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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(4)嵐の前の懸念


 虚空に浮かぶ新太陽系政府の中枢コロニー・イプシロン。

 活発化する災厄の中、そこにあるCKO――秩序管理維持機構の本部では、緊急の機関長会議が行われていた。


「SSSという企業が、例の要人襲撃事件に関与しているというのか?」

「はい。もちろん、その背後には【宵の明星】の存在があるようです。かの企業はセレストの採掘プラント襲撃にも一枚噛んでいたようでして……」


 統括司令アルベルトの問いに対し、眼鏡をかけた壮年の男が答える。

 情報統制局の徽章をつけた男は居並ぶ人間たちの中では若手だったものの、怖じ気付くことのない眼光を瞳に宿していた。

 男の背後には巨大なスクリーンが浮かんでおり、様々なデータと画像とが映し出されている。

 それらを指し示しつつ幾ばくかの説明を行ったあと、彼は話を締め括る。


「アイダス=キルトが生み出したSPS細胞……それを実用的なレベルで兵器転用したことは、CKOにとっても由々しき事態かと思われます」

「確かにひとつの企業が世の秩序を乱すほどの力を持つことは、看過できる話ではありませんな。しかし、なぜSSSはそれほどの技術力を持っているのです?」


 恰幅の良い初老の男が訝しげな表情を見せる。

 眼鏡の男はそこで、スクリーンの映像を切り替えた。


「諜報部の調べでは、ガイモン=ムラカミという人物が身を潜めているとのことです。まだ確証は得られていませんが……」

「ガイモン=ムラカミか! その頭脳は一世紀先を行くとまで言われた天才科学者……!」

「三十年前の事件で生死不明と聞いていたが……まさか、そのようなところにいたとはな……」


 画面に映し出された老人の――正確には行方不明当時のガイモンの写真を見て次々に驚きと危機感とをあらわにした参加者を見渡したあと、眼鏡の男はアルベルトに向き直る。


「その真偽をはっきりさせるためにも、ここは強制捜査に踏み切るべきでしょう。かの人物は禁忌事項に該当する研究を行っていた人物でもあります。放置しておくことは、あまりにも危険かと……」


 一連の話を黙って聞いていたアルベルトは、そこで大仰に頷いた。


「よかろう。情報統制局長の案を承認する。捜査局と連携し、SSSへの強制捜査を実行に移したまえ」

「はっ……かしこまりました」


 緊張した空気の中、神妙な表情で敬礼を返した男の視線は、そこでわずかに統括司令の傍らに立つ女へと向けられたのだった。





 会議が終了し解散となったあと、大窓に面した通路で眼鏡の男はわずかに頭を下げていた。


「今回は、オリンポスにも世話になりました」

「気にする必要はありません。SPS細胞を利用した強化兵の存在は世界の脅威になりかねない……」


 男の前に立つのは、CKO統括副司令の肩書を持つ特務執行官のイレーヌである。

 その姿は今、実年齢同様の年輪を刻んだ女の姿をしている。窓の外を見やる表情は厳しく、それがまた彼女の威厳を際立たせてもいた。

 ちなみに男が礼を述べているのは、フェオドラの力を借りたことによって強制捜査の承認を得られたことに対してである。


「ただ、SSSが我々の動きを見越している可能性はあります。なので、こちらからも特務執行官を派遣し、捜査に協力させます」

「良いのですか? ただでさえ、世界的に被害が拡大している現状で……」

「本来は望ましいことではないですね。しかし、それほどに特務司令も今回の件には懸念を示しているということです」


 あなたたちにとっては不本意な話かもしれませんがと付け加えつつ、イレーヌは相手に向き直る。

 その言葉に苦笑しつつも、男は反対するような素振りは見せなかった。


「いえ……襲撃事件の実行犯である仮面の兵士が姿を見せようものなら、それはそれで脅威です。保険として特務執行官の力が借りられるのなら、それに越したことはありません」

「そう言ってもらえると助かります」


 わずかな嘆息が、その場に漏れる。

 実際、CKOと表立って事を構えようと思わなければ、SSSが強化兵を繰り出してくる可能性は低い。特務執行官を忍ばせるのは、直接的に情報を得たいというオリンポス側の思惑が強かったと言える。


「しかしここ最近、世界の混乱はずいぶん加速しているように見えますね」

「そう思いますか」

「ええ。【宵の明星】も各地で動きを活発化させています。まるでこの機に乗じているかのようにね……」


 情報統制局長のつぶやきに、イレーヌはわずか目を細める。

 ダイゴ亡き今、カオスレイダー事件と反政府組織の動きとに相関はないはずだった。

 しかし、具体的な繋がりとは異なる負の感情のうねりが、世を混沌で満たそうとしているかのように感じられたのは事実だった。






 照明の落ちた薄闇の中で、わずかに蠢く影がある。

 音を立てることなく歩み、室内にある調度など様々なものに目を向ける。

 手にした端末が投げかける光の中で、鳶色をした瞳が鋭い輝きを放つ。

 その動きは、獲物を狙う肉食獣か猛禽類のように油断のないものだった。


(う~ん……特にこれといって変化があるようには見えないですけど……)


 ひとしきり調べを終えたあと、アンジェラ=ハーケンはわずかに嘆息した。

 彼女が忍び込んでいるのは、SSSオフィスにある社長室だ。今は業務時間外の深夜近くであり、辺りに人の気配は感じられない。


(例の秘匿階へ行けば、なにか得られるかも知れませんが……あそこへは限られた人間しか行けないですしね)


 フェリアとの関係もあり、裏の業務にもある程度携わっている彼女だが、地下にある最深層階に入り込めた試しはない。例の直通エレベーターは生体認証によって管理されているためだ。

 存在を知っていても手をこまねくしかないというのは、アンジェラとしても歯痒さを覚えるところだった。

 収穫はなしかと思った矢先、ふと机の引き出しに入っていたものを認めて彼女は眉をひそめる。


(あれ? これは葉巻……ですか?)


 そこにあったのは使いかけの葉巻セットであった。

 鍵のかかる引き出しの一番奥に、なぜか目立たぬようひっそりと置かれている。


(変ですね。代表は煙草を吸わなかったはず……仮に趣味で始めたにしても、わざわざ隠すほどのことでもないですし……)


 アンジェラの中で、疑念は高まる。

 特に咎める者もいないのに、葉巻を目立たぬようにしまっておく理由がわからなかった。

 些細なことかも知れなかったが、彼女はそこにフェリアの直感の正しさを見た気がした。


(そういえば、あのダイゴって人が良く葉巻を吸ってましたけど……まさか、そんなことは……ね)


 油断なく部屋をあとにしたアンジェラは、以前にダイゴを見た時の記憶を思い返していた。

 同時に、自分でも荒唐無稽としか思えない考えが頭をよぎる。

 薄闇の中で彼女の表情が固さを帯びたその時、耳に飛び込んでくる声があった。



「……こんな時間にコソコソと、なにをやっていたのかね?」



 さしものアンジェラも、心臓を鷲掴みにされたような気になった。

 冷や汗が背筋を伝う中、目を上げた彼女はそこに壮年の男の姿を見る。


「お、脅かさないで下さいよ。代表……なんのことですか? わたしは忘れ物を取りにきただけなんですけど」

「ほう……なかなか肝が据わっている。この状況で、そんな言葉が出ようとは……」


 SSS代表取締役イーゲル=ライオット――その姿をした男ニーザーは、不敵な笑みを浮かべる。


(なんで……どうしてここに代表が……!?)


 潜入に際し、あらかじめ下準備は整えていた。当然、イーゲルの予定も把握した上での行動だった。

 時間的に考えても決して現れるはずのない男の登場に内心では動揺を隠せなかったものの、アンジェラは努めて冷静に振舞う。


「忘れ物を取りにきたのに、なぜ私の部屋のほうから来たのかね? 正直に言いたまえ。アンジェラ君……なにを探っていたのか……」

「想像力豊かですね。代表は……本当に忘れ物を取りに来ただけですよ。誰もいないオフィスで少し冒険心が湧いちゃったんですって……」


 男の追及にも、彼女は微笑みを浮かべて押し通す。

 苦しい言い訳とは思いつつも、こういう状況では焦らず堂々としていたほうが良い。


「なるほどな。しかしだ……」


 ただ、その様子を見たニーザーは、一人納得したように頷いた。

 それは女の言い訳にではなく、自身の抱く直感に対してのものだった。


「君がその冒険心とやらに駆られてここに来たのだとしても、その態度には少し疑問が残る。私はこの会社の代表を務める者だ……そんな人間から疑いの眼差しを向けられ、さしたる動揺も見せないどころか軽口すら叩く社員が、果たしているだろうか? まして、君と私はそこまで親しい間柄でないにも関わらずだ……」

「……なにをおっしゃりたいのか、わからないんですけど?」

「……不自然だと言っているのだよ。そして、そのような態度を取る人間たちを、私は良く知っているのだ」


 アンジェラを支点にして回るように歩いていたニーザーは、そこで鋭い声を叩き付ける。


「動揺を悟らせぬよう訓練された人間……すなわちスパイだということをな!!」

「なっ……うっ!?」


 とっさにアンジェラは身構えたが、次の瞬間、懐に飛び込んできた男に当て身を食らわされていた。

 訓練された者の動きすら超えるニーザーの俊敏さは、生体強化をされた人間のそれだったのだ。

 意識を失って前のめりに倒れ込むアンジェラを、力強い腕が抱き留める。


「フェリアの子飼いとばかり思っていたが、どうもそうではなさそうだ……むしろ彼女も利用された口か。やはり、悠長に構えている場合ではないらしい……」


 少女のようなエージェントを見つめ、ニーザーは低くつぶやく。

 おおよそ女の正体を見破った彼は、自身の懸念が具現化しようとしていることを感じ取っていた。


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