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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(3)闇への誘い


 ぶつかり合う力が、コロニーの内部で吹き荒れる。

 混沌の怪物との戦いによって損壊した施設に、更なる戦いの風が巻き起こっていた。

【ヘカテイア】の持つ大鎌が閃光となって振り抜かれ、空を切り裂く衝撃波が生まれる。

 しかし、その一撃は見えない壁にぶつかって弾けるように消える。

 次いでウェルザーの手から迸った力が、亀裂を刻んで地を駆ける。

 音を立てて迫る破壊の顎を、【ヘカテイア】は大鎌の先端で押さえ込むように止めた。

 爆発するように弾けた瓦礫と粉塵の中で、黒き女は不敵に笑う。


「ふ~ん……さすがに他の特務執行官とは一味違うわね」

「戯言はそれだけか!?」


 距離を詰めるように跳んだウェルザーが、間髪入れず手刀を振り下ろす。

 その動きに呼応して、今しがたと同じ力が放たれる。

 降るように迫った衝撃を後方宙返りでかわし、【ヘカテイア】は距離を取ったものの、今度はそこにフィアネスが飛び込んでくる。


「甘いですわ!!」


 放たれた冷気が大鎌に炸裂し、その刀身を凍結させる。

 すかさず髪を輝かせた少女は、花吹雪のような光の連弾を放つ。

 武器を捨てて更に飛び退った【ヘカテイア】だが、その黒髪と衣服の一部が散るように宙に舞った。


「見事な連携ね……さすがに息ピッタリといったところかしら?」


 わずかに驚いた顔をしつつも、黒き女に動揺した様子はない。

 むしろこの状況を楽しんでいるようにも感じられる。


「……でも、ここまでね。私としてはゾクゾクする戦いだけど、今日はこれが目的じゃないの」

「なに?」


 訝しむ視線を向けるウェルザーを銀の瞳で見返しながら、【ヘカテイア】は肩を竦める。

 いまだ力の底を見せた様子がないだけに、その行動は不可解だった。

 乾いた風に黒髪が躍る中、女の口元から続けられた言葉――それは特務執行官たちにとって、意外なものだった。


「ねぇ、ウェルザー……それにフィアネスも。あなたたち、仲間になるつもりはない?」






 同じ頃、SSS地下の研究施設では、ガイモンとニーザーが顔を合わせていた。

 およそ生活感など感じられない無機質な空間に、男たちの息遣いがわずかに響く。


「なに? CKOが踏み込んでくるかもしれんじゃと?」

「ええ……今のところ動きは見られませんが、その可能性を考慮しておく必要があるということです」

「なぜ、そんなことが言える?」


 ガイモンはその眉を吊り上げながら、問い返す。

 別人ということは理解していながらも、嫌う人間の姿をした男の言葉は素直に受け入れ難いものらしい。

 もっとも、元から人間嫌いとも言える老人だけに、その態度が人によって大きく変わるものでもなかったのだが。


「前回の要人襲撃の際に、特務執行官が姿を見せました。奴らは本来、混沌の異形に対抗すべく生まれた存在です。したがって、その関与がない事件に関しては一切干渉しなかった。それがどれほど凄惨な事件であったとしてもね……」


 かつてダイゴ=オザキだった頃に語った内容に付け加えながら、ニーザーは老人を見つめる。


「しかし、今回は明確な意思をもって襲撃を阻止した……これが意味するところはひとつ。オリンポスと呼ばれる奴らの組織が、強化兵の存在を快く思っていないということです」


 碧眼に浮かぶ光は歪さこそないものの、強い威圧感がある。

 混沌の下僕だった経験は、継承者たる男に普通の人間以上の冷徹さと洞察力とを与えていた。


「こちらも情報の管理には気を遣っていますが、百パーセントとは言えませんからね。万が一の場合に備えておく必要があります。それもできる限り早急にね……」

「なるほどな……じゃが、それに関しては問題ない。仮にここがバレたとしても、拠点は別にもあるからな」


 ただ、その言葉に対してガイモンは飄々とした様子で返す。

 自身こそが至高と考える老人にとって、他者からの働きかけは誰のものであろうと有象無象の戯言に近い。


「そちらには、わしの人格継承体も用意してある。最悪の事態になったとしても、そのクローンが覚醒するようになっておるでな……」

「さすがはガイモン=ムラカミ博士だ。余計な心配でしたかな」

「フン……わしとて、ここが安全などとは微塵も思っておらん。あの小僧が幅を利かせていた頃から備えておったわ」


 肩を竦めて嘆息するニーザーに、老人はいつものように鼻を鳴らす。

 しかし、その次に彼の見せた表情は、わずかな狂気に彩られたものだった。


「じゃが……仮にお前の言う特務執行官とやらがここに来るなら、むしろ顔を合わせてみたいものじゃがな……」


 口元を歪めてつぶやくその様子を見つめながら、ニーザーは再度嘆息するのみだった。






 一瞬、時が止まったかのような沈黙の中で、それを破ったのはウェルザーだった。


「仲間になれだと……ふざけたことを!!」


 問答無用と先ほど言い放ったばかりの彼だが、その動きは、しかしながら止まっている。

 傍らに立つフィアネスもまた、黒き女の真意を計りかねている様子だった。


「あら? 真面目な話よ。以前、フィアネスに伝えなかったかしら? 私たちの目的が同じという話……それをよく考えてみなさいってね」


 そんな二人に対し、【ヘカテイア】は嘆息気味につぶやく。

 口調こそ今まで通りだったが、そこにからかっているような素振りは見受けられない。

 続けられた言葉の内容を聞いたウェルザーは、わずかに息を呑んだ。


「……それがどうした?」

「フフ……少し顔色が変わったわね。ウェルザー……あなたも薄々気が付いているようね?」

「ウェルザー様……?」


 黒髪を掻き上げつつ、【ヘカテイア】は口元を歪めた。

 歯噛みしているように見える男の横顔を見ながら、フィアネスは目を見開いている。


「まぁ、いいわ。今ここで、答えは求めないから……私たちの真意が知りたいのなら明晩、火星標準時の二時に、極冠の地にいらっしゃい」

「なに?」

「そこで私たちの主が待っているわ……ああ、でも他の仲間には伝えないでね。用があるのは、あなたたちだけだから……」

「ま、待て!【ヘカテイア】!!」


 更なる驚きの言葉を告げて【ヘカテイア】は背を向けると、その場に生まれた闇の穴へと姿を消していく。

 去り際に一瞬だけ振り向いたその顔には、ここで初めに見せた不可解な笑みが浮かんでいた。

 訪れた静寂の中で動きも取れずにたたずむウェルザーだったが、残された言葉の内容を反芻し、拳を握り締める。


(主だと……つまりは【ヘカテイア】たちの背後に潜む者か……!)


 それは今までずっと不明であった黒幕を突き止めるチャンスとも言えた。

 もちろん罠という可能性もなくはなかったが、そんなことをする理由も思いつかない。

 厳しい表情を浮かべたままの男に、銀髪の少女が静かに問い掛ける。


「ウェルザー様……どうされますの?」

「……行くしかないだろう。彼女の誘いはともかく、これまでの謎が一気に解けるかもしれないのだから……」


 返ってきた答えは至極当然のものであったが、フィアネスは心が騒めくのを感じていた。

 戯言とも取れる【ヘカテイア】の誘いだったが、去り際に見せた彼女の表情は、確信めいたなにかを感じさせた。まるで二人がその誘いに乗るとわかっているかのように――。


「ですが、オリンポスにはどう伝えますの……?」

「……今は伏せておく。どのみち時間をかけるつもりはないからな……」


 ウェルザーはその動揺に気付かぬまま傍らへと視線を落とすと、命じるように言葉を続けた。


「だが、万が一ということもある。私が戻らなかった場合に備えて、お前は残れ。そしてその時は、オリンポスにこの件を伝えて欲しい」

「そんなこと、できませんわ!!」


 それに対し、フィアネスは激しく反発した。

 大きく首を振った彼女は次の瞬間、男へと強くすがりつく。


「ウェルザー様、忘れましたの!? 私はあなたと共に歩むと言ったはずですわ!! あなたが行くというのなら、私も参ります!!」

「しかし……」

「それに【ヘカテイア】は、私たちに用があると言いました。ここで私だけ行かなければ、不自然に思われるかも知れません……ですから、お願いです。私も一緒に……!!」


 懇願するような叫びは、彼女の不安を表してもいたのだろう。

 ウェルザーは突き放すこともできないまま、ただその華奢な身体を抱き締めるしかなかった。


「……わかった……」


 想い人の不安を和らげるように頷きつつ、男は強い決意の輝きを瞳に浮かべていた。


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