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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(2)再会の思惑は


 カオスレイダーに対抗する特務執行官たちの戦いは、変わることなく続いている。

 ただ、新種の出現以降、その掃討における稼働率は圧倒的に増加した。

 潜伏期間を必要としない新種は出現から被害発生までの時間がほぼ微差であり、今まで以上に初動の重要性が増した。

 そしてSPS細胞を有した個体は、特務執行官単騎で戦うには分の悪い強敵となっている。

 A.C.Eモードを使えばその限りではないが、制御訓練の効果が充分に表れていない者は多く、無用な被害拡大に繋がりかねないのが現状だ。

 ゆえに二名以上の特務執行官で挑むのが基本となるのだが、場合によってはそれが難しいケースも増えていたのである。




 雨となって降り注いだのは、歪な輝きの光だった。

 それらはコンクリートを豆腐のように貫き、無数の亀裂を刻んでいく。

 その攻撃を縦横無尽にかわしつつ飛ぶ影がある。

 銀の髪をなびかせた少女がわずかにピンク色の光を放つと、花びらのような光弾が無数に舞う。

 しかし降り注ぐ光に貫かれ、そのすべては霧散して消えてしまった。


「これは……さすがに厳しいですわね」


 その身に血を滲ませながら、特務執行官【ペルセポネ】こと、フィアネスはつぶやいた。

 彼女のいる場所は、コロニー・デルタの一角だ。デルタはアートサテライト・レジデンスの中でも人間があまりおらず、フルオートメーション化した食糧生産施設が軒を連ねるコロニーである。

 しかし、カオスレイダーの被害がまったく起きないわけではない。この日に現れた個体は、施設に訪れた見学者が運悪く変化したものだった。

 コンクリートの瓦礫が散らばり黒煙が立ち込める中、そこにいたのは巨大なクラゲのような化物だ。

 数え切れぬほど無数に伸びた足に当たる部分は、光を放つ鋭利な刃物となっている。


(……ですが、下手にA.C.Eモードを使うわけにはいかない。これ以上の被害を出せば……)


 厳しい視線を敵に向けながら、フィアネスは身構える。

 すでに施設の一部は壊れているものの、まだ機能停止には至っていない。

 しかしこれ以上、損害が拡大すればその限りではない。施設が止まれば人類圏各地への食糧供給に影響が出ることにもなるだろう。

 そんな事情など知らぬカオスレイダーは宙に跳ぶと、無数の足を高速で突き出してくる。

 閃光となった刃が、再度雨のように降り注ぐ。

 その攻撃をかわそうとするフィアネスだが、光は今度は直線的でなく、しなるように軌道を変え予測不能な動きで襲ってきた。

 驚きに目を見開いたのも束の間、血飛沫と共に後方へ逃れた特務執行官の全身には、新たな傷が無数に刻まれていた。


(く……これじゃ、迂闊に近付けない……!)


 いつになく焦燥を抱きながら、彼女は顔を歪めた。

 すでに持てる技を試したものの、電影幻霧や斬影桜舞は効果がなく、瞬間凍結は対象が単体かつ接近しないと行使できない。

 しかし、今のままではあの刃の奔流に阻まれ、有効距離まで詰め寄ることもできなかった。


(やはりここは、手段を選んではいられな……!?)


 フィアネスは決意を固めるものの、その間にも敵は追撃を仕掛けてきた。

 今度は拡散するように降り注いだ光の刃だが、突然その場に生まれたドームのような不可視の障壁によって、まとめて砕け散る。


「フィアネス!!」


 続けてその場に現れたのは、黒い長髪を持つ男だ。

 その姿を認め、少女の顔に喜びと驚きとが入り交じる。


「ウェルザー様! なぜ、ここへ!?」

「新種が現れたと聞いてな……話はあとだ。今はこいつを片付ける!」

「かしこまりましたわ!」


 想い人である特務執行官ウェルザーの登場に戦意を取り戻したフィアネスは、カオスレイダーに向けて跳ぶ。

 それを察知したクラゲは足を再生させて刃の奔流を解き放とうとするが、真上から叩き付けられた見えない力に動きを封じられた。

 一見、柔らかそうに見える異形の怪物は、地面が陥没するほどの圧力の中でも屈することなく耐える。


「これで終わりですわ!!」


 そこへ上空から降りてきた銀髪の少女が、強烈な冷気を解き放った。

 無数の煌めきが宙に躍り、異形の身体がほぼ一瞬で凍結する。

 次の瞬間、その身体は重力に押し潰され、粉々になって砕け散った。


「……倒せたようだな」

「はい。ですが、この新種はSPS細胞を有した個体でした。【統括者】が近くにいる可能性もありますわね……」


 それまでの苦戦などなかったかのように新種を掃討した二人の特務執行官は、油断なく言葉を交わす。

 新種は自然発生的に現れるものではないので、種子を与えた者が存在するはずだ。

 ダイゴやアレクシアがいない今、その相手は【統括者】だけのはずだった。


「お疲れ様。少し手こずったみたいだけどね」

「!? その声……まさか!!」


 ただ、そんな二人に声をかけてきたのは、彼らの予想しない人物であった。

 ある意味聞き慣れた声に、ウェルザーたちの顔色が変わる。


「また会ったわね。フィアネス……それにウェルザーも、お久しぶり」

「ルナル!!」


 声のほうを見た二人は、そこにたたずむ黒い女の影を見る。

 黒髪をなびかせ大鎌を携えた【ヘカテイア】は、穏やかとも取れる不可解な笑みを浮かべていた。


「偶然とはいえ、ここにあなたたち二人が来たのは僥倖だったわね……」


 どこか白々しい言葉をつぶやきながら近付いてくる【ヘカテイア】だが、次の瞬間、その場に見えない力が降り注ぎ、地面を大きく陥没させた。

 恐るべき重力の効果範囲から瞬時に逃れた彼女は、ウェルザーたちを挟んだ反対側に姿を見せる。


「あら? ずいぶん手荒い歓迎ね。問答無用ってこと?」

「そうだ。お前たちは敵対勢力として認識されている。くだらん話し合いなど無用だ……」


 驚いたように訊いてくる黒き女に、同じく黒に身を包んだ男は鋭い視線を向けた。

 殺意に満ちた返答を聞き、【ヘカテイア】の笑みが歪に変わる。


「いいわね……じゃあ、少し楽しみましょうか。私も、あなたの力を知りたいの……」


 柄を軸に大鎌を回転させた彼女は、地を蹴ってウェルザーへと突進した。






「交渉記録?」


 セレスト市街地の一角にあるワーキングスペースの中で、アンジェラは目を見開いた。

 彼女の対面に座る女――オリンポス支援捜査官のフェオドラは、タブレット型端末の画面を操作しながら、それをアンジェラに向けてくる。


「そう。SSSと【宵の明星】との間で交わされたやり取りの記録ね」

「よくこんなもの手に入りましたね?」

「もちろん、簡単にはいかなかったわよ。SSSは重要データをスタンドアローンで管理しているから、外部からの侵入は不可能だったし……」


 少し疲労を覗かせたようなため息をつきながら、フェオドラは髪を掻き上げる。


「【宵の明星】側は管理こそガバガバだったけど、使っているアドレス自体が不明だったからね。それを探るための手間が結構かかったってわけ」


 銀髪の女のぼやきを耳にしつつも、アンジェラの興味はタブレットに向いていた。

 どこか鋭さを感じさせる眼差しで記録の内容を確認した彼女は、再び目線をフェオドラに戻す。


「この記録を見ると、例の襲撃事件に関しても細かく触れられていますね。これであの事件がSSSによるものという確証は得られたと見るべきですか」

「そこは言い逃れる術もあるでしょうけどね……けど、あなたの持ち帰った録音内容も含めれば、強行捜査に踏み切るネタにはなるわね」

「あとは、これを知った上がどう動くかですか……」


 望んだ情報を得られたはずのアンジェラだが、その表情は今ひとつ晴れない。

 フェオドラは、わずかに首を傾げた。


「なにか気になることでもあるのかしら?」

「ん~……まぁ、些細なことなんですけどね。少し調べ事ができたもので、大きな動きが起きない内に探っておいたほうがいいかなと思いまして」

「そう……なんなら力になるけど?」

「いえ、だいじょうぶです。ただの気のせいかも知れないことなんで」


 相変わらず真意を読ませない口調で答えると、少女のようなエージェントは卓上に置かれていたコーヒーをすすった。


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