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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE10 それぞれの道
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(1)宵闇に苦悩す


 共に歩むと決めた者たち――その思いは変わらぬものと、信じていた時はある。

 しかし、変わりゆく世界の中で、人はそれぞれの決断を強いられてゆく。

 その中で、信じていた関係が変化することもあり得るのだ。

 それを幸と捉えるか不幸と捉えるかは、また各々の心に委ねられるものである――。




 天空に浮かぶ地球と月は、夜空に青と銀の輝きとを刻む。

 造り上げられた大地に息づく草木は、吹き抜ける風の中で生命の音を奏でる。

 穏やかとも言える騒めきが辺りを包み込む丘の上に、ふたつの人影が寄り添う。

 男の背に身を預ける女は、その存在を確かめたいかのように、強くその腕で相手の身体を抱き締めていた。


「ダイゴ=オザキが、死んでいないと言うんですか?」


 やがて身を離した緑髪の女――アーシェリーは、目の前の男に問い掛ける。


「ああ……戦いの最後に奴の言った言葉が、引っ掛かっていてな……」


 彼女にわずか目を向けつつ、その男――ソルドはつぶやいた。

 光を受けた黄金の瞳が、猫のように輝く。


「奴は、自分の意思は死なないと言った。それがSSSに接触した真の目的だったと……」


 先日の決闘後のことを思い返し、彼は続ける。

 ダイゴ=オザキという宿敵が残した言葉――その意味を考えていたソルドは、ひとつの結論に辿り着いていた。


「もし、ガイモン=ムラカミがSSSにいたとするなら、その辻褄が合うと思っている……」


 わずかに息を呑む音と共に、アーシェリーの表情が変わる。


「ダイゴは、混沌の下僕という宿命から逃れたいと考えていた。奴がガイモンの人格継承研究を知っていたとするなら……」

「それを利用しようとしていたと?」


 先を読んだように言葉を継いだ彼女に対し、ソルドは頷く。

 人格継承はクローンなどの別個体に人格を移し替え、元となる人間とまったく同じ存在を作るものだと、ダイモンは言っていた。

【ハイペリオン】が物理的な手段によってダイゴの意思を拘束していたのなら、人格継承はその(くびき)から逃れる手段となり得るだろう。


「問題は人格継承をしたとして、その後どうするのかということだ。混沌の下僕として過ごしてきた記憶がある以上、奴は我々以上にカオスレイダーの実態に詳しい。このままなにも考えず、人としての生活に戻るとは考えにくい」

「その記憶を基に、なんらかの野心を抱くのではないかと言いたいのですか?」

「……あくまで推論だがな。そもそもガイモンの存在に関する確証も含め、はっきりしていないことが多過ぎる……」


 青年の表情は、どこか苦々しげだ。

 自身の推論を確かめるべく行動を起こしたいのは山々だが、特務執行官としての宿命がそれを許してくれない。ここまでガイモンの存在を匂わせる要素が揃っているにも関わらず、SSSへの突入を強行できないのだ。

 これもまたひとつの枷なのかも知れないと、宿敵だった男の心情を思いながら、ソルドはため息をついた。



『ソルドさん……あの……少し、いいですか……?』



 ややあって突然、彼の頭に簡易通信で声が飛び込んできた。

 声の主が誰か察したソルドは、手の平を上に向ける。

 光の渦と共に姿を現したのは、黒髪をポニーテールにした少女だ。オリンポス・セントラルの電脳人格【アトロポス】である。


「アトロ……どうしたんだ?」


 ソルドは、努めて穏やかな声で聞く。

 いつもは優しげな笑顔を向けてくる彼女だが、今はひどく翳りを帯びた表情をしている。


『話をしたいんです……姉さんたちのことで……』

「それは……」


 ただ、【アトロポス】の返答を聞いたソルドは、言葉を詰まらせるしかなかった。

 傍らに立つアーシェリーも、わずかに視線を落とす。


『エルシオーネ母様から、だいたいのことは聞きました。【クロト】姉さんの記憶が消えてしまったって……』

「それがルナルの……いや、【ヘカテイア】の仕業ということも聞いたんだな?」

『はい……』


 少女の姿を持つ電脳人格は、こくりと頷く。

 思えば【アトロポス】は侵食事件のあった当時、休眠状態にあった。

 いつものように覚醒してみたら、自身を取り巻く状況がガラッと変わっていたのだから、困惑するのも当然だろう。


「すまん。アトロ……君にまで辛い思いをさせてしまって……」

『べ、別に責めたいわけじゃないんです。ソルドさんが苦しんでいるの……わかりますから』


 頭を下げるソルドを見て慌てて首を振った【アトロポス】は、訥々と言葉を続ける。


『わたしも、ルナルさんはそんな人じゃないって信じてます。なにか理由があるんじゃないかって……でも【ラケシス】姉さんは、そう考えてないみたいで……』

「【ラケシス】が?」


 訝しんだ二人に、彼女は身を震わせるような動作をした。

 思い出したくない記憶を語るようなその声もまた、震えたものだった。


『引継ぎの時に、姉さんが言ったんです。【ヘカテイア】は絶対に許さないって……あの明るい【ラケシス】姉さんが、まるで鬼みたいな顔で……あんな姉さん、今まで見たこともなくて……!』


 その言葉を聞いたソルドたちは、思わず顔を見合わせる。

 以前パンドラで二人が見た【ラケシス】も、暗い情念の炎を瞳に宿していた。

 あれからそれなりに時は過ぎていたが、彼女の抱く感情に変化はないということになる。


『怖いんです……! このままだと、わたしたちを取り巻くすべてが、なにもかも砕けて変わってしまう……そんな気がして……!』

「アトロ……」

『わたし……わたし、どうすれば良いんですか……!?』


 徐々に恐怖へと支配されていくような懇願の叫びに、二人も胸を掻きむしられるような気持ちになっていた。

 もし【アトロポス】に実体があったのなら、触れ合って慰めてあげることができたかも知れない。

 しかし、残念なことに彼女は電脳人格である。苦しみを和らげる方法は、言葉を尽くすことしかない。


「アトロ……だいじょうぶだ。【ヘカテイア】は……ルナルは、私たちがきっとなんとかする。だから、そんなに苦しまないでくれ」

「ソルドの言う通りです。【ラケシス】が……いいえ、あなたたちが前のように笑ってくれる時が来るように、私たちも最善を尽くします」

『ソルドさん、アーシェリーさん……』


 気休めのようなものでしかなかったが、【アトロポス】は二人の思いを感じ取ったのか、涙ながらに頷いた。

 そんな彼女を見つめつつ、ソルドは内心で焦燥を高めていた。


(アトロの言う通りかも知れない……このままでは、状況は悪化するばかりだ……)


 それはひとつの予感と言い換えても良かっただろう。

 変化する思いや感情が引き鉄となって、なにか取り返しのつかないことが起こる――そんな気がしてならなかった。


(私たちは……世界はどこへ向かおうとしている……)


 それが杞憂であることを祈るような気持ちで、彼は宵闇の空を見上げた。






 同じ頃、パンドラの中枢にあるセントラルエリアでは、エルシオーネが一人作業を行っていた。


(【アルテミス】のコードによるアクセスは直接、データバンクに行われていた。その直後に内部のブラックボックスが反応を示している……)


 侵食の本質を探るべく解析を続けていた彼女は、疑いのあったアクセス記録に関するひとつの事実に辿り着いていた。


(膨大な量のデータを保有する【モイライ】の中枢……でも、外部からのアクセスは【クロト】たちを通さないと不可能なはず……あとは私やウェルザーといった一部の管理権限者だけに直接アクセスは許されているけれど……)


 振り返ったエルシオーネは、そびえるクリスタル製の柱を見つめた。

 上空に浮かぶ三つの球状クリスタルの間を貫くそれは、今も変わらぬ青い輝きに包まれている。

 かつて秘匿記録を封じていた柱は【モイライ】のメインデータバンクとして認識されているものだが、実のところ謎を秘めた存在でもある。そこには今も解析不能のブラックボックスがあるからだ。


(いずれにせよ【クロト】への侵食は、【モイライ】に内蔵されたなんらかのプログラムによる可能性が高い。だとすれば、それを防ぐ手立てはないことになる……!)


 外部からの侵食はまず不可能と言われた【モイライ】だが、そもそも内部に原因があるなら話は別である。

【ヘカテイア】がどのようにそれを起動したかは定かでないものの、同じことはまた起こり得ると見るべきだろう。


(謎の侵食から、あの子たちを守る方法は、もうこれしかない。間に合えば良いのだけど……)


 エルシオーネの視線は【モイライ】を離れ、その柱から距離を置いたところにある物体に向く。

 神秘的とも言える輝きを放つセントラルエリアの床に、何本ものケーブルに繋がれた無骨な金属製のカプセルが、三つ並んでいた。


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