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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(23)幕引きは動乱の始まり


 虚空の闇に浮かぶオリンポスの本拠地パンドラ――その司令室では、二人の男が神妙な面持ちで顔を突き合わせていた。

 

「そうか。あのダイゴ=オザキがな……」


 特務執行官【ハデス】ことウェルザーは、切れ長の目をより鋭くしてつぶやく。

 それに対して静かに頷いたのは、この部屋の主とも言える司令官のライザスだ。


「自ら新種の力を取り込んでソルドに挑んだようだ。なんとか返り討ちにはできたがな……」

「聞いたところでは、A.C.Eモードを凌ぐほどの力を見せたそうだが……?」

「うむ。実際、ソルドも危機に追い込まれた。ボルトスもあれほどのCW値は初めて見たと言っていたな……新種の最終進化形は、想像以上に危険なものらしい」


 決闘後の報告をソルドから聞いた彼は、ダイゴの取った行動ともたらされた結果とに驚きを隠せなかった。

 新種カオスレイダーの持つ恐るべき可能性は、部下の感じた懸念を司令官の脳裏にも刻み込んだのだ。


「そんな奴を、よく一人で倒せたものだな」

「なんでも、ソルド自身も理解できない力が発動したとのことだ」

「理解できない力だと?」


 ウェルザーも少なからぬ戦慄を抱く話だったが、眉をひそめた彼にライザスが告げたのは、更に意外とも言える内容だった。


「以前、エルシオーネから聞いた話だが、ソルドの放つエネルギーは特務執行官の中でも特異な数値に変わってきているそうだ。恐らくはコスモスティアの真の力を解放したのではないかと、私は思っている」

「【レア】の言っていたコスモスティアとの意思統一……それをソルドが成し遂げつつあるということか?」


 続けられた問いに対し、ライザスはわずかに頷く。

【統括者】に対抗するために必要となる真の力の解放――そのステージにソルドが至ろうとしているかも知れない事実は、悪化していく現状の中では朗報とも言えた。


「それは僥倖だったが、新種がそれほどまでに危険な可能性を持つのなら、ますます余計なことをしている余裕はないのではないか?」


 しかし、ウェルザーの心中には別のわだかまりが渦巻いている。

 以前にぶつけた思いが、再び首をもたげつつあった。


「確かにそうだが……かといって強化兵の問題を放置しておくわけにもいかんだろう。世の混乱は、カオスレイダーや【統括者】にも力を与えることになるのだからな」

「ライザスよ……お前の懸念が理解できないわけではない。だが、我々が本来為すべきことを見誤るなよ……」


 難しい顔をして唸る司令官を見据え、彼は釘を刺すように告げるのだった。






 同じ頃、異相空間に浮かぶ浮き島では、三つの影が集っていた。


「ほう。あのダイゴが死んだというのか……」

「特務執行官【アポロン】に挑んだ時点で、こうなることはわかっていたけどね……ただ、それはさほど重要な問題じゃなくなった」


 赤い眼を持つ【イアペトス】を見やり、【ハイペリオン】は憮然とつぶやく。

 その言葉を継いだのは、【テイアー】だ。


「あの時に見せた【アポロン】のエネルギー……あれはかつての秩序の戦士に匹敵していたわ」


 その声は彼女らしからぬ戦慄に満ちている。

 ソルドとダイゴの死闘を見守っていた二体の【統括者】は、敵の見せた黄金の光に驚愕を抱いていた。


「特務執行官【アポロン】は、真の力を解放しつつある……けど、それだけじゃない。あの金色の炎は、今までに見たことのないものだ」


 なにより彼らが恐れていたのは、ソルドの見せた力が未知のものであったという点だ。

 つまりは、かつて秩序の戦士と呼ばれた者たちですら使わなかった能力ということになる。


「なぜ、あんなものが生まれたのかはわからない……でも、僕たちにとって脅威となるのは事実だね……」


 混沌の力を食らう炎――自身らの存在すら脅かしかねない能力の発現にどう対抗するのか。

 下僕の消滅は【統括者】たちに新たな懸念を植え付けたものの、元は人間だった男が消えた事実に関しては、まるで無関心なままだった。






 やはり時をそう違えない頃、星の光の降り注ぐ荒れた大地にたたずむ影があった。


「ダイゴが死んだですって……?」

「ええ。特務執行官【アポロン】――ソルド=レイフォースの手によって討たれたそうよ」


 闇の黒にその身を染めた二人の女たちは、混沌の下僕だった男の死をわずかな驚きをもって受け止めていた。


「あの、ダイゴが……そう……」

「……ずいぶんショックを受けているようね?」

「ショックというわけではないわ。ただ、意外だっただけよ……」


 緋色の瞳を持つ女――【エリス】は嘆息と共につぶやく。

 かつてアレクシアだった頃に行動を共にしていた彼女にしてみれば、ダイゴという男がそう簡単に死ぬとは思えなかったのだ。強大な力こそ持たなかったものの、人を陥れることに長け、自身の生命を守る臆病さも備えた人間だった。

 まして相手が、直情径行のソルドという話である。少なくともダイゴにとっては与し易い相手のはずだった。

 訊き返した同胞の【ヘカテイア】も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「……その気持ち、わからなくもないけどね。できれば、あの男には借りを返したかったわ」


 ルナルの記憶を持つ彼女としてもダイゴ=オザキには煮湯を飲まされた経験があるだけに、実際は複雑な心境だったようだ。

 ただ、彼女たちにとっての衝撃は、あくまで一時的なものに過ぎない。


「でも、これで【ハイペリオン】たちも手駒を失ったことになる……これからどうするつもりかしらね?」

「……どうでもいいことだわ。私たちのやるべきことは変わらないのではなくて?」

「その通りだ」


 普段の冷徹さを取り戻して語る二人の間に、淡々と割り込んでくる声がある。


「……図らずも、特務執行官【アポロン】が私の望む力を見せてくれた。そして、オリンポス内部では不協和音が生まれつつある……」


 輝く白い眼を持つ影の登場に、女たちはわずか緊張をみなぎらせる。

 わずかに目線を上げたその影は、遥か天空の彼方を見据えて続けた。


「覚醒はひとつの力をきっかけにして、連鎖反応的に進んでゆく……人間たちの動きも、世の混乱を加速させるだろう。思ったよりも早く、次の段階へ進む時が来たようだ……」

「では……?」

「行動を再開するとしよう。まずは、オリンポスを切り崩さなくてはなるまい……」


 重々しく放たれた主の声に、【エリス】と【ヘカテイア】は口元を歪めて頷いたのだった。






 イーゲルとの一方的なやり取りを終え、オフィスビル地下にある秘匿階の研究施設へと戻ったアールグレイたちは、ガイモンと顔を合わせていた。


「それで、あの小僧はどうしたんじゃ?」

「今はまだ生かしてある……身も心もボロボロになり、途方に暮れているようだがな」

「ふむ……おぬしにしては、随分と寛容なことじゃな」


 素顔を晒した異色の男の返答に、老博士は眉をひそめる。


「報復の手段として殺害することは容易いが、この世の苦しみから逃れるという意味で、死は救いとも言える。奴にはそう簡単に救いは与えん」

「じゃが、生かしておけば憂いが残るぞ? なにかのきっかけで小僧の生存が暴かれれば、今後の行動にも支障が出よう」

「もちろん、最終的には殺すとも。今はまだその時でないというだけだ」


 アールグレイは、あくまで冷徹に言葉を紡ぐのみだ。

 復讐を成すべく帰還した男の中に、子に対する愛情は微塵も感じられなかった。

 次いでガイモンは、イーゲルの姿をした男に視線を移す。


「お前としては、どうじゃ? ダイゴ=オザキよ?」

「イーゲルの生殺与奪に関しては、リンゲル殿にお任せしますよ。私は為すべきことを為すのみでね……あと、ダイゴ=オザキという呼び方は止めて頂きたい」

「ふむ……では、なんと呼べばいいのじゃ?」


 その問い掛けに対し、ダイゴの意思を継いだ男はややあって答えを返す。


「公の場ではイーゲルで良いとしても……それ以外では、ニーザーと呼んでもらいましょうか」

Neither(どちらでもない)か……言い得て妙だが、確かにその通りではあるな」


 アールグレイが瞑目しつつ、頷く。

 イーゲル=ライオットの姿をしたダイゴ=オザキ――しかし、その実態はどちらの人物とも言えない。

 人格継承の可能性から生まれた男は、存在そのものが歪という宿命を背負っていた。


「すべてはまだ始まりに過ぎない……我々の戦いはここからですよ。お二方……」

「そう。偽りの秩序を破壊し、世界に戦乱をもたらすため……我らが新たな力を示すのだ」

「フン……」


 しかし、ニーザーの心には苦悩も悲しみもない。

 その目に力強い野心の輝きを宿した男を見据え、アールグレイが拳を握り締め、ガイモンが鼻を鳴らした。

 継承者たちの始まりの地とも言える無機質な空間に、強い情念が嵐となって渦巻こうとしていた。




 混沌の下僕と呼ばれた男の死をもって、演者たちの舞台はひとつの幕を閉じた。

 そして、その死は新たな動乱の引き金となる。

 交錯する様々な思いの中、戦いは今、新たな局面を迎えようとしていた――。





FILE 9 ― MISSION COMPLETE ―


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