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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(22)継承者たち


 イーゲルの姿を持つ男は、傷だらけのイーゲルを見下ろして口元を歪める。

 同じ容姿でありながら、そこには明確な雰囲気の違いが垣間見られた。


「無様だな。イーゲル……この場合の挨拶は、初めましてと言うべきかな?」

「き、貴様はいったい、何者だ!?」

「先ほどリンゲル殿が口にされた協力者だよ。お前に取って代わる者とでも言っておこうか……旧き友よ」


 イーゲルは動揺しつつも、自分そっくりの男が放った言葉に思い当たる節があった様子だ。


「旧き友……? それに、その物言いと態度……まさか、ダイゴなのか!?」

「ふむ……当たりとも言えるし、外れとも言えるな」

「どういうつもりだ!? 行方をくらましたと思えば、その姿……整形でもしたというのか!?」


 よろよろと身を起こしつつ、彼は鋭い視線を目の前の男に向ける。

 それに対し、イーゲルの姿を持った男は蔑むように笑った。


「フフフ……人の話は最後まで聞くことだな。イーゲルよ……確かに私はダイゴ=オザキの人格を持つ者だが、ダイゴ=オザキ本人ではない」

「な、なんだと?」

「同時にこの姿は整形ではなく、私本来の姿だ。なにしろお前と遺伝子情報はまったく同じなのだからな」

「ど、どういうことだ?」


 疑問を抱く者と、冷静に受け答える者――向かい合う同じ容姿の男たちに割り込むように、アールグレイが言葉を継ぐ。


「わからないか? これが人格継承の可能性のひとつだ……彼はお前を基にしたクローン体であり、ダイゴ=オザキ氏の人格を継承しているということだ」

「そういうことだ。もっとも、これはムラカミ博士も初めての試みだったようだがな……」


 自らをダイゴの人格を持つ者と名乗ったイーゲルは、そこでわずかに瞑目した。

 無機質な空間に、刹那の沈黙が訪れる。


「バ、バカな……そんなことが……だが、なぜだ? 貴様がダイゴなら、なぜリンゲルに手を貸す!?」


 やがてそれを破ったのは、イーゲル=ライオット本人だった。

 少なくとも目の前の男がダイゴ=オザキだというのなら、リンゲルに協力する理由がわからなかったからだ。

 ただ、それに対する返答は極めてシンプルなものだった。


「答えは簡単だ。取引だよ」

「と、取引だと!?」

「そうだ。私……というよりダイゴは、人格継承を望んでいた。ムラカミ博士はその代償として、リンゲル殿に手を貸すよう依頼したのだ。私はそれを引き継いでいる」

「人格継承を望んでいただと? なぜだ?」


 取引という理由はさておき、その内容にイーゲルは疑問を抱いた様子だった。

 彼自身、ダイゴの思惑をわかっていたわけではないが、ガイモンの研究が目当てとは想像しなかったようだ。


「お前はどう思ったか知らんが、ダイゴがSSSにやって来て参与を引き受けた理由は、そこにあったのだよ……それ以上は、特に知らなくても良いことだ」

「そういうことだ。そしてオザキ氏は、お前のクローンに人格を継承した……その理由は、もう言わなくともわかるだろう?」


 悪意に満ちた男たちの言葉に、イーゲルは怒りの視線を向ける。


「私に取って代わり、会社を乗っ取るためか!!」

「そうだ。この手段ならSSSは簡単かつ確実に我々の手に落ちるからな」

「お前が眠っている間に、重要な記憶データの抽出も完了した。もはやお前の存在する理由もなくなったのだ」

「おのれぇぇっっ!! ぐはっ!!」


 感情の赴くままに同じ姿の男に掴みかかろうとしたイーゲルだが、すぐに割り込んだアールグレイによって再び殴り倒される。

 床に伏した息子の髪を掴み上げ、強化兵の父親は冷たい声で言った。


「ただ、私の会社をSSSという影の大企業に育て上げた功績は認めてやる。その褒美というわけではないが……母に会わせてやろう」

「は、母だ、と……?」

「そうだ。お前が知りたがっていた、お前の出自だ」


 アールグレイはそのままイーゲルを引き摺り、部屋を出ていく。

 無様な姿を晒す旧友を眺めながら、ダイゴの意思を持つ男は嘆息した。





 強化兵の男が次に訪れたのは、無数の配管が壁や天井を走る空間だった。

 スポットのような照明がそこかしこに灯る中、配管から吹き出している蒸気で、辺りはやや蒸し暑い。

 その中で一人の女が、壁に背を預けてたたずんでいた。


「……茶番は終わったのかしら?」


 その場に現れた同胞に、強化兵の女――ダージリンは黒髪を掻き上げつつ言う。

 その瞳はアールグレイに引き摺られている汚れたスーツ姿の男に向いていた。


「そう言うな。それに茶番という意味では、これもまたそうかも知れん」


 やや苦笑気味に答えながら、アールグレイはイーゲルを女の前に放り投げた。

 鈍い音と共に床に倒れた男は、力なく顔を上げる。


「お、お前、は……ダージリン、か……?」

「……ずいぶん派手にやられたものね。坊や……」

「ぼ、坊や、だと……?」


 訝しむようにつぶやいたイーゲルに対し、答えを返したのは背後に立つ父親だ。


「紹介しておこうか。イーゲル……彼女がお前の母親だよ」

「な、なに……!?」

「正確には、お前の母……ルーナ=クルエルティスの人格を継承した者だ」

「ル、ルーナ=クルエルティスだと……まさか……!?」

「お前も聞いたことがあるだろう。かつて【虐殺の女神】の異名で知られた女傭兵の名前を……」


 その言葉にイーゲルは、裏社会ではひとつの伝説ともなっていた噂話を思い出していた。


「……降伏や逃走を一切認めず、交戦した敵を皆殺しにしたというあの女傭兵か……? そんな女がなぜ……!?」

「かつて私とルーナは、戦地で出会ったのだ。時には味方、時には敵としてな……」


 そこでアールグレイ――リンゲルは懐かしむようにつぶやいた。

 彼が生前、名を馳せた傭兵であったという事実。その中でダージリンことルーナと相まみえ、心を通わせたこと――リンゲルという男の過去も含め、すべてがイーゲルにとっては初耳なことだった。

 驚愕の事実に目を見開く男の顔を覗き込みながら、強化兵の女は妖艶に笑む。


「久しぶり……いえ、初めましてというべきかしらね。坊や……」

「お、お前が母親などと……冗談にも程が……ぶはっっ!!」

「確かに冗談であって欲しいわね。こんな男が私とリンゲルの子だというのだから……」


 表情を一変させてイーゲルの頬を張り飛ばしたダージリンはそのまま立ち上がると、横たわる男の背中を踏み付ける。


「荒々しさの欠片もない小者……まったくゾクゾクしないわ」


 その声は、本当につまらないと言わんばかりの感情に満ちていた。

 少なくとも母親が子に対して見せる態度ではない。


「血の中に身を置かない男など、所詮はこの程度……やはり殺す価値もないわね」

「バカな……お前が、母だというなら、それが子に対する言葉……か……?」

「笑わせるわね。坊や……私はつまらない男は嫌いなのよ。それが実の息子であってもね……」


 力なくも反論したイーゲルに対し、ダージリンは歪んだ笑みを浮かべると、その爪先を叩き込む。


「ぐあっっ!!」

「それとも、なでなでして欲しかった!? 抱き締めて欲しかった!? 私のおっぱいが恋しかったのかしら!?」


 まるでボールを蹴るかのように、ダージリンは何度も蹴りを見舞った。

 その表情はどこか狂気を感じさせるものであり、まともな人間のものではない。さしものアールグレイも、これに対しては閉口するのみだ。

 やがてボロ雑巾のようになった男を見下ろし、女は荒い息をつく。


「……それじゃリンゲルには敵わないわけね。もう連れて行って……」

「……いいのか?」

「あなたもさっき言ったでしょう? 私は茶番に付き合う趣味はないの……」


 用は済んだとばかりに、ダージリンは二人に対して背を向ける。

 無言でイーゲルを担ぎ上げたアールグレイは踵を返すと、その場を立ち去っていった。


「本当に……無様な坊や……」


 ただ、最後に一言だけ女はつぶやく。

 その顔は蒸気の霧に隠れていたものの、放たれた声は憐憫に満ちているようにも聞こえた。


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