表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
191/304

(20)蘇りしもの


 決闘の夜が明けた翌日、セレストにあるSSS本社には、変わらぬ日常が訪れていた。

 業務に励む社員たちを尻目に社長室へとやってきたフェリア=エーディルは、そこで金髪の男と顔を合わせていた。


「ふむ……【宵の明星】は、強化兵の有用性を評価していると?」

「はい。確かに先日の襲撃は失敗しましたが、そこは次の機会を設けるという話でした」

「なるほど……次回の標的を始末することで、評価と援助の見直しを考えると言いたいのだな?」

「その通りかと」

「まぁ、彼らとしても、あの能力はそれだけ魅力的に映ったということだろうな……」


 その男――イーゲル=ライオットは一度視線を上げたあと、表情を緩めて赤毛の秘書を見やる。


「慣れない交渉、ご苦労だったな。フェリア君」

「いえ……オザキ氏が行方不明の現状では、当然のことです」

「本当は他に任せられる人材がいれば良かったのだが……君にはいろいろと頭が上がらん」


 苦笑した男はそこで立ち上がると、窓の外に目を向けた。


「今日はもう上がりたまえ。ムラカミ博士には、私から伝えておこう」

「いえ。それでしたら、私から報告しておきますが……?」


 わずかに怪訝そうな表情を浮かべたフェリアだが、それに対する男の返答は変わらぬものだった。


「気にする必要はない。君も疲れているだろう。最近はなかなか休暇も与えられないのだから、早く帰れる時は休むといい……」

「……わかりました。お気遣い、ありがとうございます……」


 いまだ不可解な様子を見せるものの、特に反論する理由もないと感じたのだろう。視線を戻してきたイーゲルに丁寧に一礼すると、赤毛の秘書は社長室を出ていった。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、一人残された男はわずかに嘆息する。


「……なかなか難しいものだ。()()()()()()というのは……」


 自嘲気味につぶやきながら懐より葉巻を取り出した男は、その先端を飛ばして火を点けた。





 その後、イーゲルの姿はビル地下の秘匿階にあった。

 青い光の灯る通路を一人で歩きながら、彼は目的の場所に辿り着く。


「どうも……ご機嫌はいかがですか。ムラカミ博士」


 研究施設に入るなり、イーゲルはうやうやしく一礼をした。

 その態度は、普段の彼を知る者が見れば意外に感じたことだろう。


「フン……お前か」


 頭頂部が禿げ上がった白髪頭の老人は舌打ちこそしたものの、その態度は数秒もしない内に変化を見せた。

 男の元に歩み寄ってくるなり、彼はその姿を上から下まで眺め回す。


「その姿で、その言葉遣い……なんとも違和感を拭えんわ」

「仕方ありません。それに、そのようにしたのは他ならぬあなたでもある」


 その視線にわずか居心地の悪さを感じたものの、金髪の男は淡々と答える。

 ただ、彼の口調は老人の言うように、イーゲル=ライオットという男のものではない。


「別に好き好んでそうしたわけではない。実際、調子はどうなんじゃ?」

「特に問題はないといったところですか。もっとも、私も違和感を拭えないのは事実ですが……」

「じゃろうな。他の者に気付かれてはおらんか?」

「今のところは。そもそも普通の人間には簡単に見抜けないでしょう……一部例外もいますがね」


 一人の女性の姿を思い出し、男は嘆息する。

 それを見たガイモン=ムラカミは、一部の例外が誰なのかを察した。


「あの嬢ちゃんか。元々、小僧とは親しい間柄だったようじゃが……それを抜きにしても、誤魔化すのは難しい相手じゃな」


 普段からイーゲル=ライオットに付き従う赤毛の秘書は、老人の目から見ても勘の鋭い女性だった。

 他者をあまり高く評価しない彼にしては、珍しい事例であったと言える。


「確かに彼女の能力は、切り捨てるにはもったいないところです。うまくこちら側に取り込んで利用したい……なんなら力づくでもね……」

「……意外とえげつないことを言うものじゃな。お前も」


 どこか剣呑な光を瞳に宿した男を見つめ、今度は老人が嘆息した。

 ガイモン自身、目的のための手段は選ばない人物だが、男の言葉の意味を考えればあまり面白いとは思わない。


「それはそうと、()()()()()()()()()()()?」

「記憶データの抽出と選別作業は、問題なく終わった。今頃、目覚めておるじゃろう……あの男が様子を見に行っておる」

「ほう。彼がね……やり過ぎなければいいですがね」


 意味深な台詞を吐きつつ、この場にいるイーゲル=ライオットは瞑目する。

 対して、ガイモンはわずかに宙を見上げた。


「まぁ、あの男にとっては待ちに待った本懐を遂げる時じゃ。それに小僧の役目はもう終わり……生かしておく理由もなかろうよ」

「えげつないのは、お互い様ではないですかね……それなら私も、挨拶ぐらいはしてきましょうか」


 淡々と物騒なことを言う老人にお返しとばかりに答えると、男はその瞳を閃かせた。


「なにしろこれからは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですから……」






 その男は、夢を見ていた。

 夢の光景は、彼の過去にあった出来事だ。

 ベイ・ウィンドウのある部屋の中で青空を眺めながら、男は落ち着かない表情を浮かべている。


(そろそろ結果がどうなったか、わかるはずだが……まさか、仕損じたわけではないだろうな?)


 一抹の不安を覚えつつ、彼は携帯端末を握り締めた。

 その途端、端末が震えて着信を知らせる。

 驚きつつもすぐに反応した男は、受信のスイッチを押した。


「私だ……ふむ……そうか! 成功したか!!」


 当初は緊張した面持ちだったものの、やがて彼は喜びに声を張り上げた。

 しばし相手の話の内容に耳を傾けたあと、ねぎらいの言葉を口にしながら通話を終了する。

 

「ついにやったか……あのいまいましい父を……ついに……!」


 見上げる空のように澄み渡った心のまま、男は哄笑を上げたのだった。





『十月八日午後二時、ライオット・スタッフ・カンパニーの社長、リンゲル=ライオット氏の乗った乗用車が、採掘プラント用の資材を積んだ大型ダンプと衝突した。この事故によりライオット氏は死亡。なお、ダンプの自動運行システムは事故当時、動体感知センサーに異常をきたしていたと見られている……』





「ここは……どこだ?」


 夢から覚めた男は、わずかに首を振りながら起き上がった。

 ひどく気分が悪く、まるで二日酔いのような感覚だ。

 彼のいる場所は、広さにして五メートル四方の部屋だった。窓もなければ調度なども置かれていない、ひどく殺風景な空間だ。

 光源も天井に四箇所ほどある白光のスポットのみである。


「私は確か、家にいて……そうだ! あの強化兵の男が……!」


 その男――イーゲル=ライオットが弾かれるように立ち上がると、申し合わせたかのように部屋唯一の出入り口である扉が開いた。

 そこに立っていたのは、鋼の仮面を着けた筋肉質の男である。


「気が付いたようだな。イーゲル」

「お前……アールグレイ! いったい、これはどういうつもりだ!?」


 鋭い視線を向けてくるイーゲルに、強化兵のアールグレイはゆっくりと歩み寄る。


「どういうつもりか……か。簡単だよ。復讐だ」

「ふ、復讐だと!? ぐはっっ!!」


 端的に答えた彼は、声を荒げる金髪の男を殴り飛ばす。

 背後の壁に激しく叩き付けられたイーゲルは、その場に座り込むように崩れる。


「無様だな。イーゲル……所詮、お前は金を増やすしか能のない小僧ということだ」

「な、なに……お前はいったい……!?」

「フフフ……気付かないか? いや、お前はそもそも人格継承を否定していたのだったな。ならば仕方がないか……」


 嘲笑したアールグレイは、そこで仮面のロックを解除した。

 甲高い排気音と共に外れた鋼鉄の外面の下から、緑色に染まった壮年の男の顔が現れる。

 それを見たイーゲルは、驚愕の叫びを上げた。


「お、お前は……バカな!! その顔……もしや、リンゲル!? ごふっ!!」

「父親を呼び捨てにするとは、ずいぶんと不遜な奴だ。恥を知るがいい」


 わずかに眉を吊り上げた強化兵は、今度は爪先を相手の腹に叩き込む。

 苦痛に呻いたイーゲルだが、やがて憎々しげな視線をアールグレイへと向けた。


「ち、父だと……!? 誰が、お前など……!!」


 声こそ掠れていたが、そこには明確な否定の意思が浮かんでいる。

 そもそも目の前の強化兵は父親の面影こそ残していたものの、今のイーゲルより年下にしか見えない。いきなり父と名乗られても、違和感しかないだろう。

 それを知ってか、アールグレイは再び嘲笑する。


「まぁ、確かに私はリンゲル=ライオットではあるが、厳密にはお前の父でないとも言えるな……」

「ど、どういうことだ……? お前はいったい……!?」

「フフフ……お前は私を出し抜き、殺したつもりなのだろうが、すべては私の思惑通りだったということだ……」


 そう言うと、強化兵の男はここまでの経緯を端的に語り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ