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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(19)生の証明


 黄金の光を解き放ったソルドは、強い眼差しをダイゴに向ける。

 その身に受けたダメージは腹の傷も含めて、いつの間にか回復していた。


(これはあの時の……イサキを救った力か……!)


 地球でコスモスティアの声を聞いた時以来となる黄金光の力は、これまでソルドの自由意思では呼び出せないものだった。

 今回も意識せず発動したことは事実だが、以前と違い放たれるエネルギーの本質は感じ取れるようになっている。


(不思議な感覚だ……これほどのエネルギーが溢れているのに、辺りはまるで静かだ……)


 A.C.Eモードと異なり、今周囲に炎のごとく燃え上がっている光は破壊的なエネルギーの奔流ではない。むしろ優しい温かさを感じるものだ。

 ただ、それを目の当たりにしているダイゴの表情は歪んでいる。

 実際、光に触れただけで火傷のような傷を負ったのだから、警戒するのも当然だ。


「ぬううぅぅぅぅっ!!!」


 いきなり吼えたかと思うと、暗紫の異形は無数のエネルギー弾を手から撃ち放つ。

 マシンガンのように襲いくる破壊の連弾。しかし、ソルドを包む光の奔流は、その攻撃を悉く呑み込んでしまう。


(ダイゴ=オザキ……! これは……?)


 宿敵の行動を見やりながら、ソルドはふと眉をひそめる。

 光がエネルギー弾を呑み込むのと同時に、彼の頭に様々な感情が流れ込んでくるのがわかった。


(……怒りと憎しみ、それに恐怖……あとは……!?)


 なにかに気付いたような表情を浮かべ、青年は足を踏み出す。

 そんな彼から後退りながら、ダイゴは両手にエネルギーを収束させた。


「おのれ!! 死に損ないがあああぁぁぁぁぁっっ!!!」


 自らの身体の倍以上に膨れ上がったエネルギー球を天に掲げ、異形の男は絶叫と共に投げ放つ。

 周囲の空気を震わせながら突き進んだ破壊の力だが、それもまた黄金の光の前に霧消してしまう。


「バカな……なぜ! なぜ効かん!? 貴様のその力はいったいなんだ!?」

「私にもよくはわからん……だが……」


 驚愕の声を上げるダイゴに、ソルドはどこか憐憫を感じさせる声で答えた。


「貴様の抱えていた感情は、すべて読み取れた……ダイゴ……貴様はもしや……?」

「ぬああああぁあぁぁぁぁぁっっ!!!」


 しかし、ダイゴはその答えを遮るように咆哮する。

 それ以上は言わせんとばかりに放たれた声は、今度こそ激情に満ちていた。少なくとも演技ではないと誰もが感じるほどにだ。

 全身から今までの倍近い混沌のエネルギーを迸らせながら、彼はソルドに向けて突撃する。


「貴様をここで葬る!! これですべてを終わりにしてくれるうぅぅぅっっ!!!」


 警戒心や怖れを消し去り、まるで砲弾となったかのように突っ込んでくる相手を見つめ、ソルドはゆっくりとその手を突き出した。


「ダイゴ……それが貴様の望みなら、これですべてを終わらせよう……」


 青年の手から、黄金の炎が輝きと共に生まれる。

 それは放射状に広がり、今まさに激突しようとする暗紫の異形を包み込んだ。






 その男は、夜風の中に身を置いていた。

 開いた窓から街に目を向けつつ、彼方に光る閃光を注視する。


「終わったのか……奴にとっての最後の戦いが……」


 誰に言うともなくつぶやきながら、彼はわずかに顔を上げる。

 暗闇のフードに包まれたその表情は窺い知ることができなかったものの、放たれた声音は憐憫を帯びていた。


「己が己であるための証明……それだけのために生命を懸けるしかなかった……」


 いつもと異なり、今宵のセレストに吹く風は荒れていた。

 それは彼方で行われた死闘を表しているかのようだった。


「【ハイペリオン】は、裏切りに気付いていた……勝敗の行方に関わらず、未来を拓けぬ身だったのだ。悲しいことだな……ダイゴ=オザキよ……」


 視線の脇で、カーテンが激しく舞い踊る。

 見えぬ戦いの結末を思いながら、男は静かに葉巻を咥えた。


「だが、案ずるな……お前の意思は死なずに残る。この私と共にな……」


 点された火から、紫煙が生まれる。

 強い風に乗って、それは冷たい空へと舞い上がっていった。






「ぐわああああぁぁぁぁぁっっ!!!」


 セレスト・ワンに絶叫が響き渡る。

 ソルドに向かって突撃を敢行したダイゴだが、今、その身体は黄金の炎に包まれていた。


「燃える! ()()()が……燃えていく……!!」


 その言葉は、誇張ではなかった。

 異形を覆っていた混沌の力のみならず、突撃時の運動エネルギーすらも呑み込み、炎は勢いと輝きを増した。

 暗紫の身体がひび割れ、ボロボロと崩れ落ちていく。

 その下から現れたのは、人の姿を取り戻したダイゴ=オザキであった。


「おのれ……ソルド=レイフォース……! 貴様は、貴様はあぁぁぁ……!」


 やがて黄金の炎が消え失せると同時に、人間へと戻った男はかすれた声を上げつつ、その場に倒れた。


「ダイゴ……」


 ソルドもまた、黄金の輝きをその身から消していた。

 先ほどまでの激闘が嘘のように、辺りには夜の静寂が戻ってくる。

 宿敵の名を呼びながら歩み寄った彼に対し、その身を力なく仰向けにしてダイゴはつぶやいた。


「やはり……こうなった、か……勝算は、あったつもりだが、な……」


 男の放つ言葉は途切れ途切れであった。

 傷を負った様子はなかったが、その身から生命の灯火は消え失せようとしていた。

 瞳に混沌の証たる紅い輝きは、もう完全に見られない。


「……まぁいい……結末は、気に入らんが……この戦いは……私の……望んだ、ことだ……そう、他の誰でもない……この私の、な……」


 どこか安らいだようにも見える表情で、ダイゴは続ける。

 その言葉の意味をすでに知っていたソルドは、静かな口調で語り掛けた。


「ダイゴ……先ほどのあれは、やはり演技ではなかったのだな……」

「フン……だったら、どうだという……」


 特に否定することもなくつぶやいた男を見下ろし、青年は別の質問をする。


「……貴様はなぜ、SSSに接触した? いったい、なにが目的だったのだ?」

「それに答える必要が、あるのか……と言いたいが……勝者である貴様に……ひとつだけ、教えてやる……」


 それは先刻と同じ問い掛けであったが、今度はダイゴも無視することはなかった。


「私は……死にはしない……私の意思は……死なぬ」

「なんだと?」

「それこそが……私がSSSに接触した、真の目的ということだ……」


 ぼかすような答えは、いかにも彼らしいものだったと言える。

 思わずかがみ込んだソルドに対して力のない視線を向け、ダイゴは口元を歪める。


「その意味は……貴様自身で、確かめてみるのだな。フフフ……」

「ダイゴ……貴様は……」

「さらばだ……ソルド=レイフォース……」


 そしてダイゴは、ゆっくりと目を閉じた。

 それは混沌の下僕として、ソルドや多くの人間たちを苦しめてきた男の最期としてはあまりに呆気なく、かつ穏やかなものであった。

 力を失い冷たくなってゆく宿敵を見つめながら、ソルドは思う。失われた生命と、それに関わる忌まわしき思い出とを――。


(ダイゴ=オザキ……私は決して、貴様を許すことはできない……)


 その表情は一時だけ厳しいものへと変わっていたが、やがて先ほどの感覚を思い返して静かに瞑目する。


(だが……貴様もまた被害者だったのだな。己が意思を奪われ、【ハイペリオン】の傀儡に成り果てた……)


 ソルドが黄金の光の中で知ったのは、ダイゴの中に深い悲しみと苦悩とが潜んでいたことだった。

 服従の種子を植えられた男は、決して【統括者】に逆らうことのできない現実からなんとか逃れようと足掻いていた。

 しかし、それは叶わぬ夢だった。どれほど策謀を巡らそうと、新種の力を得て進化しようとも、男の意思は完全に自由にはならなかったのだ。


(私に対する憎悪だけが、貴様に許された自由な意思だった……この戦いは、いわばダイゴ=オザキという男の生の証明だったのだ……)


 挑戦の真意――そこに潜んでいた覚悟は、ある意味悲壮とも呼べるものだったろう。

 いかに憎い敵であろうとも、その思いだけはソルドも認めざるを得ないと感じていた。


(ならば私は、貴様を弔おう……混沌の下僕ではなく、一人の人間として……)


 手から炎を生み出した彼は、それを地に向けて解き放つ。

 ダイゴの亡骸を包み込み、灼熱の業火が天に向けて噴き上がった。


(あの世で犠牲になった者たちに詫びるがいい……その魂が地獄に落ちなかったならば……)


 燃え朽ちてゆく宿敵を一瞥し、ソルドはゆっくりと踵を返す。

 その顔に怒りや憎しみはもうなく、ただ憐憫のみが浮かんでいた――。


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