(18)燃え上がる光
巻き起こった光と衝撃に、時が止まっていた。
異形同士の何度目かになる激突は、戦いの様相にひとつの変化を生み出す。
夜の闇に血飛沫が舞い、風が鳴く。それは天の慟哭にも見えた。
「フフフ……ハハハハハ……!」
男の哄笑が、セレスト・ワンに響き渡る。
ぶつかり合ったはずの両者――しかし実際は、重なることも弾かれることもなく、わずかな距離を保ったまま滞空している。
ダイゴの眼前で拳を突き出したまま固まっているソルドの身体を、漆黒の槍のようなものが貫通していた。
「あ……あ……あぁ……!」
愕然とした様子で視線を落としたソルドは、鋭く長く変形したダイゴの腕が、自身の腹を貫いているのを見る。
溢れる血が滝のように、地へと流れ落ちていた。
「……見事にかかったな。ソルド=レイフォース……この私がバカ正直に、貴様と殴り合うとでも思ったか?」
「ダ……ダイゴ……貴様……っ!」
「先ほどの貴様の台詞ではないが、安い挑発だったな。慣れないことをするものではないということだ」
そんな彼を見やり、異形の男は冷笑する。
そこに先ほどまでの激昂した様子は、まるで見られない。
無造作に腕を引き抜いて元の形に戻しながら、彼は続けた。
「貴様は私が感情的になっていると思ったようだが、それは違う。私がそう思わせるように仕向けたのだ……」
「な……なん、だと……!?」
「いかに新種の力を得たとはいえ、私もどのような弊害が出るのか把握してなかったのでな。貴様を確実に葬るために、布石を打たせてもらった」
男は自ら激昂した姿を演じていたのだと語った。
本当か嘘かは定かでない。ひとつ確かなことは、それによってソルドの行動が誘導されたということだ。
「今しがたの力を収束させた拳は、確かに脅威だった。まともに食らえば、どうなったかわからなかったろう。起死回生に懸ける……いかにも貴様の考えそうなことだがな」
「おの、れ……ダイ、ゴ……オザキッ……!」
「ひとつ言っておくぞ。ソルド=レイフォース……私は貴様と本気で戦うと言ったが、真っ向から勝負するとは一言も言っていない。私の望みは、貴様を葬ることなのだからな……」
侮蔑の視線が、憤る異形に投げ掛けられる。
人の姿から変容を遂げようとも、ダイゴという男の本質はなにも変わっていなかった。
「元よりあらゆる戦いにおいて、策を巡らすことは勝利への常套手段……恨むなら、自分の未熟を恨むことだ!!」
そしてダイゴは無造作にエネルギー球を放つ。
深手を負って動けないソルドにそれは直撃し、激しい爆発が巻き起こった。
「うああああぁああぁぁぁぁ……っっっ!!!」
絶叫と共に、ソルドは地に落下する。
A.C.Eモードが解除され、人の姿に戻った彼は、なす術もなく地面を跳ねて転がった。
(い、いかん……ダメージが……大き過ぎる……)
腹の傷から絶え間なく血を流し、青年は喘ぐ。
ここまで積もりに積もったダメージも一気に吹き出し、全身に力が入らなくなっていた。
ナノマシンによる回復もまったく追い付いておらず、文字通り満身創痍の状態であった。
(奴の言う通りだ……奴の性格を知っていたにも関わらず……これが私の……未熟、か……)
虚ろな思考の中で、彼は己の不甲斐なさを呪う。
苦境に追い込まれ、冷静さを欠いていたのは自分のほうだったのだ。
もはや、逆転の手立ても見つからない。
(ここで……果てるのか……? 無様に……なにも、できないまま……)
指一本動かすこともできず、横たわるソルドの傍らに、やがて暗紫の異形が降り立つ。
「動けんか……どうやら万策尽きたようだな。ソルド=レイフォース」
呆然とした表情を浮かべる彼を見下ろし、ダイゴは言う。
その声は淡々としているようでありながら、どこか空しさを感じさせるものだった。
「今、その胸板を貫いてやる。それでこの戦いも終わりだ……」
再び腕を変形させて振りかぶる宿敵を最後に見やり、ソルドは静かに目を閉じた。
『……これで終わるつもり?』
最期の時が訪れようとする刹那、彼はその声を聞いた。
一面に広がる闇の中で、一人の少女がソルドを見つめている。
『アンタの覚悟って、その程度だったの? やるべきことがあるんじゃなかったの?』
(ミュスカ!? これは……夢か……?)
それがかつて守れなかった少女であることに気付き、ソルドは驚きを隠せない。
呆然とする青年に、ミュスカは苛立ちを見せて詰め寄る。
『夢か?じゃないわよ! 人に偉そうなこと言っておいて、また嘘をつく気なの!? アンタは!!』
『そうよ。そんなんだから、あの男にやられるんじゃない! なにやってんのよ。この変態!!』
次いで背後から、同じような憤りの声が聞こえた。
その不名誉な呼ばれ方に覚えのあったソルドが振り向くと、そこにはやはり彼の守れなかった少女がいた。
(フューレ!? 君まで……!?)
『あんな奴に好きにやられて、恥ずかしいと思わないの!? しっかりしてよ……!!』
二人の少女は強い語調で青年を責めるものの、そこに恨みや憎しみといった感情は見られない。むしろ懇願するようでもあり、励まそうとしているかのようだ。
あまりに意外な出来事にソルドが言葉を失っていると、今度は低い男の声が聞こえた。
『彼女たちの言う通りですぞ。ソルド殿……』
(ノーマン!?)
『あなたは、ここで倒れるわけにはいかないはず……己の不甲斐なさを嘆いている暇などありませんぞ……』
かつて自分を庇い生命を落とした初老の男は、シルクハットを直しながら青年を力強い眼差しで見つめる。
やがて三名の姿はかき消え、続けてその場に姿を現したのは二人の女である。
『ソルド、しっかりして下さい。まだ、私たちは目的を果たせていません』
『だめだよ。おにいちゃん……やくそくは、やぶっちゃいけないものなんだよ?』
(シェリー……イサキ……?)
失われた生命でなく、今度は健在な二人が彼に語り掛けてくる。
なにが起きているのかわからないまま、ソルドはその言葉の意味を考える。
(どういうことなんだ? 目的……? 約束……?)
再び一人となった闇の中に彼がたたずんでいると、どこからかすすり泣くような声が聞こえてくる。
(この声は……!)
弾かれたようにそちらに目をやった彼は、そこに伏して泣く女の姿を見る。
青く長い髪を持ち、身を震わせるその女は、彼の最も良く知る人物であった。
『兄様……にいさまぁぁぁ……!!』
(ルナル!!)
幼子のような激しい慟哭には、数多の狂おしい感情が覗いていた。
己が身を切り裂くほどの叫びを耳にした瞬間、ソルドの意識は一気に覚醒する。
同時に視界を覆っていた闇が退き、黄金の光が広がっていった――。
突き下ろされた槍のような腕が、強い力で止められる。
身動きひとつしなかった青年の両手が、その瞬間、先端を包むように掴んでいた。
「なにっ!? バカな……!?」
血の色をした異形の目が、驚愕に見開かれる。
その場に留めるだけでなく逆に押し返してくる宿敵の力は、瀕死とは思えぬ力強さに満ちていた。
「そうだ……そうだったな。ルナル……! 私は、お前を救わなければならないのだったな!」
黄金の瞳に意思を取り戻し、ソルドは吼える。
異形の腕を押し戻しながら、彼は徐々にその身を起こしていく。
「死に損ないが、悪あがきをっ!!」
憎悪を滾らせたダイゴは負けじと腕を押し込もうとする。
両者の力が均衡し、互いに震えながら動きが止まった。
「……悪あがきで結構だ! 不甲斐なくとも無様でも……私には成すべきことがある!」
噴き出す血も全身の痛みも忘れたかのように、ソルドは更なる力を込める。
それに合わせて、彼の身体から光が放たれ始めた。
掴み取られた異形の腕の先端に、音を立てて亀裂が走っていく。
「守るべきもののために、救うべきもののために……私はこの生命を懸ける!! 諦めなどしない!! ここで果ててたまるものかああぁぁぁっっ!!」
そして続いた雄叫びと共に、黄金の光が爆発した。
燃え上がるように拡散したそれは異形の腕を粉砕し、相手の身体を呑み込もうとする。
「な、なんだ……!? この力は!?」
危機を察したダイゴは、大きく距離を取って後退した。
それでもわずかに遅かったのか、彼の全身からは燻ぶったような煙が上がっている。
焼け付く痛みに歯噛みした男の前で、青年はゆっくりと立ち上がった。
「我は太陽……炎の守護者! この世に希望導く慈愛の炎! 生命を守り、生命を照らす……我が名は、特務執行官【アポロン】!!」
全身を眩い輝きに包み、ソルドは告げる。
それはかつてイサキを救った時に口にした、秘められし名乗りの文言であった。




