(16)異形解放
混沌の支配すら撥ね除ける意思を、人は持つ。
ある者は秩序の力を身に宿し、猛き闘志と共に混沌に立ち向かう。
ある者は混沌の力を己がものとし、心の赴くままにそれを振るう。
両者にあるものは、理想と野望の差――しかし、その元となる強き意思は、どちらも変わらぬものなのかも知れない。
闇の中で、閃光が弾ける。
ぶつかり合ったエネルギーがスパークを起こし、広がっていく衝撃波で路上に亀裂が刻まれる。
目にも止まらぬ速さの格闘の応酬が繰り広げられるが、互いの攻撃は受け止められ、有効打とはなっていない。
「どうした!? ソルド=レイフォース!! 貴様の力、その程度ではあるまい!!」
そんな中で、ダイゴは嘲笑と共に猛る。その様子は明らかに手を抜いていると言わんばかりだ。
わずかに歯噛みしつつソルドは蹴りを放つが、それは男の腕で止められる。
しかし、ぶつかり合った反動を利用して後ろに飛んだ彼は、こちらが本命とばかりに手に収束していた炎を解き放つ。
唸りを上げて飛んだ火球がダイゴに炸裂し、激しい爆発を巻き起こした。
「フフフ……ぬるい、ぬるいぞ!! その程度の炎では、薄皮一枚焼け焦げはせん!!」
しかし、爆炎の中からダイゴは何事もなかったかのように飛び出してくる。
混沌のエネルギーを帯びた拳が、轟音と共にソルドのみぞおちに炸裂した。
「ぐはあっっ!!」
「この私が憎かったのではないのか!? もっと滾らせてみろ!! その憎悪を!!」
血反吐を撒き散らし、後方に吹き飛ばされたソルドに追い付くと、ダイゴはその手で顔面を鷲掴みにする。
そのまま青年の頭を地に叩き付け、アスファルトに深々と跡を刻みながら数十メートルほど引き回したあと、急激に止めた足を軸に回転し、遠心力を利用して放り投げた。
擱座していた巨大ダンプが、砲弾のように突っ込んできたソルドによって文字通りのスクラップに変わる。
「ぐああぁぁぁぁっっ!!」
「見せてみろ!! ベルザスで見せたあの異形を!! 特務執行官の最終形態とやらを!!」
次いでダイゴの手から放たれたエネルギー球が追い討ちで炸裂し、凄まじい爆発を巻き起こす。
木っ端微塵に吹き飛んだスクラップと共に、ソルドは地面を転がった。
(な、なんというパワーだ……これは、あの時のフューレを遥かに超えている……! 新種の力を取り込んだことで、これほどの進化を果たすものなのか……!?)
なんとか立ち上がるものの、ソルドのダメージは甚大だった。
全身から血を撒き散らすその姿は、ナノマシンヒーリングの回復が追いついていないことを意味している。
(確かに、このままでは勝ち目はない……使うしかない……! A.C.Eモードを……!)
超然と立つ男を見つめ、彼は覚悟を決める。
恐るべき進化を遂げた宿敵に対し、逡巡している余裕はなかった。幸いというべきか、ここならば周囲の被害を考える必要はない。
意識を集中し、最終形態の起動を試みる。
《FINAL-MODE AWAKENING……INFINITY-DRIVE OVER POWER……MORPHOLOGICAL CHANGE……》
無機質な声が響くと同時に、青年の姿は人ならざるものへ変容する。
鋼の外殻に身を包んだ異形の戦士は、全身から灼熱のエネルギーを迸らせた。
《FINAL-MODE……ABSOLUTE COSMOS ENFORCER……START-UP》
瞳のない黄金の目を輝かせたソルドを見据え、ダイゴは笑みを浮かべる。
「そうだ。それを待っていたぞ! さぁ、私にその力を見せてみろ!!」
「うおおおおおぉぉぉっっ!!」
そして放たれた咆哮と共に、両者は光となって激突した。
「ダイゴめ……勝手な真似を……」
クリスタルドームの上空から二人の戦いを見つめながら、金眼の影――【ハイペリオン】はつぶやいた。
【統括者】の目には憎悪にも似た輝きが浮かんでいる。
その傍らに音もなく現れたのは、同胞である【テイアー】だ。
「凄まじい力を感じるわ……でも、意外だったわね。まさか、あの男が新種の力を己のものとするなんて……」
どこか驚いた様子を見せた仲間に、【ハイペリオン】は淡々と告げる。
「服従の種子の力だよ」
「なんですって?」
「服従の種子は、僕の力の一部だ。それは我らが眷属に対し、絶対の支配力を持つ……たとえ新たな種子であろうと例外じゃないのさ」
特に意外ではないと言いつつも、同時にそこまでの支配力をダイゴに与えたつもりはなかったと彼は続けた。
わずかに沈黙が流れたあと、【テイアー】は理解したというように頷く。
「つまり……服従の種子の支配力とあの男の意思力とが相乗した結果、新種の力を取り込むことができたということね」
「そういうことになるのかな……いまいましい話だけどね」
言葉通りの感情を滲ませる【ハイペリオン】の眼光は、変わらず厳しい。
地球発祥人類の有する種子への親和性や耐性に抗するために生み出された新種だが、それがこのような形で覆されるとは思わなかったのだろう。
「……それで、彼をどうするつもり?」
「別にどうもしないよ。そもそも服従の種子の力は絶対だ。いかに強靭な意思を持とうと、いかに強大な力を得ようと、僕に逆らうことは決してできない。逆らえば、脳が弾け飛んで消えるだけだからね……ダイゴもそれは理解しているはずさ」
ただ、【テイアー】の言葉に答える彼の声は、やはり淡々としていた。
それは服従の種子に対する揺るがぬ自信から来ているものだった。
「ここは、このまま静観しようじゃないか。特務執行官【アポロン】に勝つのならそれで良し。負けたとしても手駒が消えるだけの話さ……面倒な相手も近くに来ているようだしね」
「意外とドライだったのね。あなたはあの男に目をかけていたように見えたのだけど……」
「それは君の思い込みさ。確かに服従の種子を与えたのは事実だし、有用な手駒だったのは認めるけどね……」
感慨もなさそうにつぶやいた【ハイペリオン】は、闇を引き裂くかのような閃光を放つ廃プラントへと目を戻した。
異形の力を解放したソルドと新種の力を得たダイゴは、再び激しい格闘戦を展開する。
廃施設が破壊の渦に巻き込まれ、弾ける光と衝撃に地が激震した。
「おおおぉぉぉっっ!!」
「ぬぅっ!」
灼熱のエネルギーを撒き散らしながら放たれたソルドの拳が、ダイゴの身体を打ち据える。
ダイゴもまた鋼の異形に対し、猛然と攻撃を打ち返す。
しかし、彼我の力の差は逆転していた。特務執行官の最終形態を解き放ったソルドの力は、ダイゴの想像を上回るほどの圧倒的なものだった。
無傷で余裕を見せていたはずの男の姿は今やあちこちが焼け焦げ、表情には苦悶が滲んでいる。
力を込めた反撃もソルドを傷つけることは叶わず、逆に自身の身体がダメージを負う始末だ。
「ごはあっ!!」
やがて先ほどのお返しとばかりにみぞおちに拳を受けたダイゴは、血反吐を吐きながら地を転がった。
悠然と金属音を響かせながら歩いてきたソルドが、黄金の目で男を見下ろす。
「ダイゴ……ここまでだ。いかに新種の力を得たとはいえ、今の私には及ばない」
そう告げるソルドの様子は、落ち着いたものだった。
怒りの感情の赴くままにA.C.Eモードを発動した以前と違い、今の彼はその力をある程度、制御下に置いていた。
「答えてもらうぞ。貴様の企みを……SSSでなにをしていた? 貴様の目的はなんだ?」
「フン……相も変わらずの不遜な態度。気に入らん奴だ……」
鋼となった青年の問い掛けに、ダイゴは血の混じった唾を地に吐き出した。
よろめきつつ立ち上がった男の姿は、徐々にその傷を回復しつつある。
改めて拳を握り締めたソルドだが、次の瞬間、男の咆哮が轟く。
「だが、言ったはずだぞ? なんの勝算もなしに、貴様に挑みはしないとな!!」
その言葉が放たれるや否や、周囲の空気が震え始めた。
ソルドの放つものとは別の強いエネルギーが、熱気となって満ちる。
仮面のようだった青年の顔が、わずかに動いた。
「なんだ? この力の高まりは……?」
「フフフ……貴様も知っているはずだ。混沌の眷属は覚醒から時を経ることで、力を高めていく性質を持つと……!」
言葉を続けながら、ダイゴは全身を硬直させた。
「この私が【ハイペリオン】の手下になって、どれほどの時が過ぎたと思っている? 今の私であれば、新種の……真の力を引き出すことも可能なのだ!!」
「新種の真の力だと!?」
「見るがいい!! ソルド=レイフォース!! うおあああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
そして再度放たれた咆哮と共に、ダイゴは凄まじいエネルギーを解放する。
仁王のような形相となった男の口から光が吐き出され、次いで全身の毛穴から光が噴き出す。
徐々に変態を始める男の身体――膨れ上がった筋肉がその身を倍近くまで肥大化させ、その体色が黒に近い紫に変わっていく。
背に生まれたのはコウモリの翼。頭部からは四本の角が突き出し、肘と膝からは鋭角な突起が生まれる。
全身には緑の輝きを放つ血管が走り、その目はソルド同様に瞳を失って血のような光だけが覗いた。
「バカな……! これは……!?」
異形へと変わった男を見つめ、ソルドの表情が明らかに変わる。
空気が汚染されるかのようなどす黒いエネルギーを撒き散らしながら、ダイゴは笑みを口元に浮かべた。
「フフフ……さぁ、これからが本番だ。今の私の真の力を味わうが良い!!」
そして翼を広げた彼は、目の前の宿敵に向けて突貫した。




