表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
186/305

(15)因縁の二人


 その晩のセレストも、普段と変わらぬ星の闇だった。

 市街地と異なり、人気や生活感のない開けた路上を、ソルドは進む。

 周囲にあるのは、廃墟となった施設だ。破壊され尽くした重機や機器の残骸がそこかしこに転がり、物寂しさを演出している。

 セレスト・ワン――異形の軍勢によって機能を失った採掘プラントは、今もまだ復旧の目処が立たないまま放置されている。

 表向きは立入禁止となっているが、侵入自体は容易に可能だ。

 ただ、廃墟となった経緯が経緯だけに、近寄ろうとする人間は誰もいなかった。


「どうやら臆さずに来たようだな」


 そのプラントの中央に当たる場所で、ダイゴ=オザキは待っていた。

 いつもと変わらぬスーツ姿の男は、吹かしていた葉巻を投げ捨てる。


「当然だ。なぜ、臆する必要がある?」


 足を止め、仁王立ちの姿勢でソルドは答える。

 その表情は落ち着いたものだったが、瞳に浮かぶ光は剣呑そのものだ。


「カオスレイダーから人々を守るのが、私たちの使命だ。貴様たちと戦うことに、微塵も恐れなど抱きはしない」

「フン……親しい人間も守れぬ貴様が、良く言うものだ……」

「……貴様の安い挑発は、聞き飽きた。今更、そんな言葉で私を動揺させられると思ったのか?」


 わずかに眉を動かしたものの、彼の様子に大きな変化はない。

 奈落に突き落とされたような苦悩と苦痛の中、それらを乗り越え戦う覚悟を強固にしたソルドに、ダイゴの詭弁はもはや通用しなかった。


「なるほど……どうやら開き直ったということか」


 肩を揺らしながら、ダイゴはつぶやく。

 そんな彼を変わらぬ眼差しで見据えながら、ソルドは威圧的に問い掛けた。


「戯言はいい。貴様には聞きたいことが山ほどあるが……なぜ、私をここに呼びつけた?」

「昨晩言っただろう? 貴様の相手をするためだ。いい加減、この因縁にケリをつけたいと思ってな……」


 改めて視線を合わせ、ダイゴは告げる。

 男の瞳には殺意が浮かんでいたが、なぜかカオスレイダー特有の紅い輝きは見られない。


「……どういう風の吹き回しか知らないが、それに関しては同意しよう。では、貴様は私と本気で戦おうというのだな?」

「無論だ」

「貴様の力はだいたい理解しているが、私の相手になると思っているのか?」


 今度はソルドが挑発する。

 転移や精神捜査などダイゴの持つ能力は確かに侮り難いものだが、直接的な戦闘力は高くない。

 少なくとも、本気を出した特務執行官に対抗できるものではなかった。


「確かに【ハイペリオン】からもらった力だけでは、無理だろうな。だが私とて、なんの勝算もなしに、貴様に挑もうなどとは考えん……」


 それはダイゴも理解していた。

【統括者】より与えられた服従の種子は、あくまでカオスレイダーを統括する力の一片を行使できるに過ぎないのだ。

 低くつぶやいた男は懐に手を入れると、取り出した物体をソルドに見せる。


「それは……!?」

「フフフ……これはベルザスでフューレ=オルフィーレに与えたものだ……」


 ダイゴの手の上にあったのは、紫と緑の蔦が絡み合ったように見える種子であった。

 歪な輝きを放ちつつ脈動するそれを、ソルドは忌まわしき記憶と共に見つめる。


「それが新種の種子か! いったいそれをどうするつもり……まさか!?」

「そう……こうするのだ!」


 言うが早いか、ダイゴはその種子を飲み込んだ。

 男の身体がビクリと震えたかと思うと、次の瞬間、凄まじい絶叫が響き渡る。


「ぐあああああぁああぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

「ダイゴ……貴様!!」


 ダイゴを中心に、凄まじい衝撃波が放たれた。

 暴風のように巻き起こったそれに耐えながら、ソルドは目を凝らす。

 全身を触手のようなものに包まれ、男の姿は歪なサナギとなっていった。

 それはかつてベルザスでフューレが覚醒した時に見たものと、まったく同じ光景だった。


「奴め……自ら新種になろうというのか! 目覚める前に破壊しなくては……!」


 拳を握り締め、ソルドは大地を蹴る。

 新種への覚醒は極めて短時間で行われるため、攻撃の機会は一瞬しかない。

 灼熱の炎を纏って突き出された拳がサナギに炸裂し、凄まじい衝撃音が辺りに響き渡った。






(ソルド!?)


 その瞬間、アーシェリーは弾かれたように空を見上げていた。

 なぜ、そうしたのかはわからない。

 ただ、嵐のように襲ってきた漠然とした不安が、彼女の心を支配しようとしていた。


(……ダイゴ=オザキからの挑戦……今頃、ソルドは……)


 手を胸の前で握り締める。

 ここではない空の下で今、想い人と因縁の相手は相まみえているはずだ。


(混沌の下僕と呼ばれた男……油断ならない相手ですが、今のソルドであれば問題はないはず……)


 自身に言い聞かせるように、アーシェリーは内心でつぶやく。

 彼女はダイゴと相まみえたことはないが、その狡猾さについては聞き及んでいる。かつてソルドを精神的に追い込んだことについてもだ。

 しかし、地球での一件でソルドは力を取り戻した。同時に、強く謎めいた力を彼に感じるようにもなっていた。

【統括者】ならいざ知らず、カオスレイダー相手ならば、ソルドが不覚を取ることはないはずだった。


(なのに、なぜ……こんなに胸騒ぎがするのでしょう……)


 それでもやはりアーシェリーは嫌な予感を拭い去ることができなかった。

 闇の彼方に浮かぶ月を見つめ、彼女はただ青年の無事を祈った。






「う……」


 もうもうと立ち込める湯気と粉塵の中で、ソルドは身を起こした。

 サナギを破壊すべく攻撃した彼だが、爆発的な衝撃と共に後方に弾き飛ばされたのだ。

 なにが起こったのかわからないまま、彼は前方を見やる。

 十数メートル先にある異形の塊は変わらず脈動を続けていたが、その表面からは手が突き出ていた。


「予感はあった……」


 その手が握り締められると同時に、声が響き渡る。

 腹の底から響くような、重厚で低い声だった。


「かつてエンリケス=ラウドという男は、自らの憎悪によって覚醒へと至った……」


 やがて手はサナギの表面を掴み、引き裂くように動き始める。


「アレクシア=ステイシスは……混沌の意思すらも呑み込んで覚醒した……」


 音を立てて裂けていくサナギを凝視しながら、ソルドはその声に耳を傾ける。


「【ハイペリオン】は、恐れていた……混沌の種子の支配から逃れ、逆に支配し得るほどの人類の可能性を……ゆえに種子の支配力を高めた新種を生み出したのだ」


 淡々と語られる新種誕生の真実――しかしそれ以上に、ソルドは目の前で生まれた光景から目を離せずにいた。


「だが私は……長く混沌の力に晒されていたがゆえに……その能力を研ぎ澄ますことができた……服従の種子すらも、私の意思を束縛できなくなるほどにな……」


 サナギを破り、声の主が姿を現す。

 それは紫と緑の輝きを交互に放ちつつも、人の形を留めたダイゴ=オザキの姿だった。


「その私であれば……新種の力すら支配することもできると……感じていたのだよ……」


 一歩を踏み出し、男は視線をソルドに向ける。

 血の色をした瞳が、歪に輝いた。

 そこには狂気など見えず、ただ静かな殺意だけが浮かんでいる。


「ダイゴ……貴様……なのか……?」


 呆然とつぶやくソルドに対し、ダイゴは口元に笑みを浮かべて答える。


「その通りだ。ソルド=レイフォース……この言葉は、混沌の意思によるものではない。私の……このダイゴ=オザキの意思によるものだ」


 それはかつてアーシェリーが、アレクシアの覚醒に立ち会った時と同じだった。

 人の姿と意思を残し、カオスレイダーとなった者――それは混沌の力と同化し、その力を支配下に置いたことを意味していた。

 唯一アレクシアの時と違うのは、ダイゴの支配した力が、あの恐るべき新種のものであるという点だった。


「実に素晴らしい感覚だよ……これほどの力があれば、恐れるものはない。そう、ソルド=レイフォース……貴様とてな!!」


 そしてダイゴは、瞬間移動のようなスピードでソルドに詰め寄った。

 驚愕に目を見開いた青年に、男の拳が叩き込まれる。


「な!? ぐああああぁぁぁっっ!!!」

「さぁ……これで不足はなかろう? 始めようではないか!! 貴様と私の因縁の戦いをな!!」


 大きく吹き飛ばされ、廃施設の壁面に突っ込んだソルドを見やりながら、新種の力を得た男は咆哮した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ