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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(13)憐憫と嘲笑の外道


 時刻は、ソルドたちがダイゴと遭遇する少し前に遡る。

 SSS本社より少し離れたところにあるフェリアのマンションでは、二人の女が顔を突き合わせていた。


「え? 代表のお母さんって、行方不明なんですか?」


 一人は、アンジェラ=ハーケンである。

 少女のような外見を持つ女は、その鳶色の瞳を見開きながら問い掛ける。

 それに対して答えるのは、この部屋の持ち主であるフェリア=エーディルだ。


「正確には、母親そのものが不明ということね」

「意外ですね。当時はそこまで大きくないと言っても、社長の子息ですよね? その出自が謎ということですか?」


 グラスを傾けながら、アンジェラは更に問い掛ける。

 彼女が口にしているものは、高純度のスピリッツだ。

 卓上に置かれた仰々しい瓶の中身を注ぐ姿は、外見の幼さに反して随分手慣れている。


「前代表は母親の存在を最後まで明かさなかったらしいわ。代表もその後、手を尽くして調べたみたいだけど、いまだにわからないそうよ……」

「そうなんですね~。だから、母親ってのに憧れてるんじゃないですか?」


 少し神妙な表情のフェリアに対し、アンジェラの態度はあっけらかんとしたものだ。

 手にした瓶の先をトーションで拭うような仕草をしたあと、相手のグラスに半透明の液体を注ぐ。


「もっとも、それで母親みたいって言っちゃうのも、どうかと思いますけどね~。内心は複雑でしょ? フェリアさん」

「まぁ……ね。でも、その気持ちはわからなくもないから……私も父の顔を知らずに育ったし……」


 酌を受けたグラスを持ち上げ、フェリアは口元に運ぶ。

 どこか遠い目をした彼女を見つめ、アンジェラは少し真摯な口調になる。


「そういえば、そうでしたね……ある意味、似た者同士ですか。フェリアさんも代表をお父さんみたいに思ってるとか?」

「さすがにそれはないんだけど……」

「わたしにとっても、フェリアさんはお母さんみたいなものですしね」

「えぇ? それはちょっと……」


 意外な言葉を掛けられたフェリアは、やや引きつったような表情を浮かべた。


「冗談ですよ。でも、それくらい感謝してるってことです……二年前に行き倒れていた、わたしを助けてくれたんですから」


 ケラケラと笑いながら、アンジェラもまた遠い目をする。

 二人の脳裏には在りし日の邂逅の記憶が蘇っていた。





 それは冷たい星灯りの降り注ぐ夜だった。

 月の都市とも言えるエリアはドームに覆われた関係上、雨や雪が降ったりすることはない。

 ただ、気温に関しては変動が激しく、昼夜の気温差が三十度以上になることもしばしばだ。それは場合によっては、人の生命に関わることもある。

 その日のセレストも氷点下であり、防寒着なしでは文字通り自殺行為とも言える寒さだった。


「ちょっと、あなた!? だいじょうぶ!? しっかりしなさい!!」


 そんな中、路上でフェリアが見つけたのは、うつ伏して倒れている一人の少女だった。

 薄汚れたブラウスやスカートを身に着けつつも、コートの類はまったく着ていない。

 その肌は土気色をしており、ほとんど体温を感じられないほどに冷え切っていた。

 当初こそ動揺したものの、フェリアはすぐに少女を背負い上げると、駆けるように歩き出す。


「お……ねぇ……さ……」

「すぐに温かいところに連れてってあげるわ! もう少し辛抱なさい!!」


 微かな息遣いの中で、背中越しにつぶやかれた言葉を遮るように、彼女は毅然と告げるのだった。





「あの時、フェリアさんが来てくれなければ、わたしは野垂れ死んでましたねぇ……」

「そうね……あれには本当にビックリしたわ……」


 どこか感慨深げに言葉を交わしつつ、二人はグラスを傾ける。

 なんとか一命を取り留めたアンジェラだったが、身寄りもなかったこともあり、少しの間はフェリアの下で暮らしていた。

 その後、人当たりの良さや事務処理能力の高さを認められた彼女はSSSに入社し、フェリアからも独立した上で現在に至るのである。


「でも、今もこうして一緒にいるなんて、思わなかったけどね……」

「最近は結構、放っぽらかされてますけどね~」

「悪かったって言ってるでしょ。だから今日は家に呼んだんじゃないの」

「はいはい。そんなフェリアさんが大好きですよ~」


 わずかにむくれたフェリアの隣に移動し、アンジェラは笑顔で抱きつく。

 傍から見れば親友か、仲の良さげな姉妹に映ったかも知れない。


「でも、本当に良かったんですか? 無理に予定入れたりしてません?」

「そんなことないわよ。それに四六時中私がついていても、代表だって気を遣うでしょうし……」


 ただ、そこで二人の間に流れる空気は変化を見せる。

 空になったフェリアのグラスに酒を注ぎつつ、アンジェラは少し神妙な顔で問い掛けた。


「いったい、最近はなにをやってるんです? 今までだって忙しい時はありましたけど、ここまでじゃなかったですよねぇ?」

「まぁ……そうね」

「おまけにわたしにまで秘密だなんて……わたし的には結構ショックなんですよ~」

「ごめんなさいね……代表から固く口留めされているから……」


 やや申し訳なさそうにつぶやく恩人の顔を覗き込みながら、彼女はなおも食い下がる。


「わたしだって、こう見えても口固いですよ? ホントに知っちゃダメなことなんですか?」


 その口調はいつもの間延びしたものと違い、真剣そのものだった。鳶色の大きな瞳には、愁いが浮かんでいるようにも見える。

 そんなアンジェラを見るフェリアの目は、対照的に虚ろなものになっていた。


「ん……本当に口外しないって……誓える……?」

「もちろんですよ」

「実は……ね……」


 夢の中にいるような表情で、彼女は訥々と抱えていた秘密を語り出す。

 その内容を、アンジェラはただ無言で聞いていた。




 それから十分ほど経ったのち、フェリアは酔い潰れて眠りに落ちていた。

 少し手こずりながら彼女をベッドに寝かせたアンジェラは、そこで大きく息をつく。


「どうやら、うまく聞き出せましたね。やっぱり例の襲撃事件はプレゼンだったってことですか……」


 諜報部エージェントとしての顔を覗かせた女は、手元で携帯端末を弄ぶ。

 録音した内容を再生し、その音質を確かめたあと、彼女は顔を上げた。


(これであとは物証を掴むだけ……そこはフェオドラさんにお任せですけど……)


 今まで飲んでいたとは思えないほどに、アンジェラの思考は冷めていた。

 しかし、寝入るフェリアに向けられた目には、わずかな憐憫が浮かんでいるように見える。


(……お人好しですね。フェリアさんは……こんな世界にいるのが不思議なくらいに……)


 無防備な姿を見せる赤毛の女を思い、内心で独りごちる。

 二年前の思い出はアンジェラにとって、自らの生命を懸けた潜入工作でしかなかった。すべてはフェリアという女性の性格を調べ尽くした上での行動だ。

 今もその真実はバレることなく、偽りの交流は続いている。今回のような自白手段を取れたのも、その関係性あってのことだ。


(けど、そういう人は都合良く利用されちゃうんです。そう……わたしみたいな外道にね……)


 任務ゆえに、個人的な感傷などない。今、この場でフェリアの生命を奪えと命じられれば、そうするだろう。

 それが彼女の与えられた生き方であり、歩む生き様なのだ。

 しかし、踵を返してその場を立ち去る後ろ姿は、体格のせいばかりでなく、どこか小さく寂しげなものに見えた。






 SSSの本社から数キロほど離れた一角に、ひとつの邸宅がある。

 敷地はそこまで広くないものの、堅固な塀に囲まれ、その各所には監視カメラが仕掛けられている。

 家屋自体は白塗りの洋風建築であり、ベイ・ウィンドウが特徴的だ。今は窓のひとつから、暖色の光が漏れている。

 そこに浮かび上がっているのは、一人の男の人影だ。


(……改めて見ると、この記録もどこか不自然なものを感じる……)


 光源となる部屋で、この家の主たる男――イーゲル=ライオットは厳しい表情を浮かべていた。

 彼の前にはコンピューターの端末があり、中空にスクリーンで映像が投影されている。それは社長室で眺めていた強化兵たちの記録映像だ。


(強化兵が押されていたのは事実だが、その割に目立った傷を負った様子がない……SPSの再生能力だけで、説明のできるものではない……)


 彼が注視していたのは、ソルドとダージリンによる徒手格闘のシーンだ。

 赤い髪の男の手は光を帯び、明らかに異質な力を持っているように見えるのだが、それが何度もかすめている割にはダージリンの外見に変化がなかったのである。


(やはりムラカミ博士もダイゴと通じて、なにかを企んでいるのか……)


 老人のことを思い浮かべ、イーゲルは映像を止める。

 フェリアが言っていたように、ガイモン=ムラカミは父であるリンゲルとの親交が深かった。

 子供の頃から顔を合わせていたせいか、老人は今も自分を小僧呼ばわりし、リンゲルの死に対しても疑わしげな様子を見せていた。

 人格継承研究の存続に予算を回さなくなったこともあり、ガイモンが自分に良い感情を持っていないことは明らかだったのだ。


(ダイゴの捜索はもちろんだが、ムラカミ博士の動向にも気をつけねばなるまいな……)


 鋭い視線を中空に投げつつ、彼が椅子に背を預けたその時、急に部屋のドアが音を立てて開かれた。


「少しは自分の置かれた状況が見えてきたか?」

「!? 何者だ!?」


 飛び起きるように立ち上がって視線を移したイーゲルは、そこに黒いボディスーツを纏った仮面の男の姿を見る。


「お前は……!? なぜ、お前がここにいる!? どうやって侵入した!?」


 そこにいたのは、今しがたの映像に映っていた強化兵のアールグレイだった。

 しかし、いかに優れた能力を持つとはいえ、イーゲルが侵入に気付かなかったのは奇妙な話だ。邸宅の警報装置は一切作動しておらず、壊された様子もないからである。

 動揺から声を荒げるイーゲルだが、それに対し強化兵の放った言葉は意外なものだった。


「……侵入ではない。お前は自分の家へ帰ることを、侵入と呼ぶのか?」

「なんだと!? ぐはっ!!」


 その言葉の意味を問おうとする間もなく、イーゲルのみぞおちに拳が突き込まれた。

 霞む視界の中で不気味に笑う仮面の男のバイザーが、歪な光を放つ。

 やがて意識を失い床に倒れ伏した男を、アールグレイは超然と見下ろした。


「愚かなイーゲルよ……計画は始まったのだ。お前からすべてを奪い、新たな世界を目指すための計画がな……」


 冷たく放たれたその言葉には、どこか愉快そうな響きが混じっているようにも聞こえた。


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