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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(8)強化兵襲撃


 その日、ソルドはカオスレイダー寄生者の調査任務を行っている最中だった。

 いつも通り事件の詳細を調べ、被害者と関連性の高い人物を洗い、その中で各個人のアリバイなどから容疑者となる人物を絞っていく。

 捜査の基本となるルーチン化された手順は、ほとんど感情を交えることなく淡々と行うものだったが、この時の彼は落ち着かない心境にあった。


(自分で選んだこととはいえ……ままならないものだな)


 己が手を握り締めながら、彼は思う。

 ルナルを救うための行動を起こしてから、すでに半月近くの時が流れていた。

【ヘカテイア】たちが姿を見せない以上、どうしようもないのは事実だが、もしかすると手遅れになっているのではないかという不安が心に付きまとう。

 アーシェリーやシュメイスからの連絡も特になく、ただ任務に忙殺され過ぎていくだけの日々が、その不安に拍車をかけていた。

 木陰に身を寄せた彼は、大樹に背を預けて大きく息をつく。

 その刹那、簡易通信で飛び込んでくる声があった。


『ソルド!』

「【ラケシス】か……? なにかあったのか?」


 通信回線を開かずそのまま返答するソルドに、声の主である電脳人格の【ラケシス】はまくし立てるように言う。


『悪いんだけど、緊急の指令があったの! すぐにポイントX63、Y45に飛んで!』

「緊急指令だと……? どういうことだ?」


 訝しげに問い返した青年に対し、返ってきた答えは想像もしないものだった。


『例の要人襲撃事件の犯人が、そのポイントに現れたの!! 今、特別保安局の警護官たちと交戦中!!』

「襲撃事件の犯人……? それは自我を持ったSPS兵というあれか!?」

『そう! このままじゃ、みんな殺されちゃう! 今、対抗できるのは特務執行官だけなの!! 急いで!!』

「わ、わかった!」


 身を起こしたソルドは、すぐに飛び立つ姿勢となる。

 自我を持つ新型のSPS兵――その対応に特務執行官が駆り出される可能性は、すでにライザスからも聞かされていた。今回、緊急に指令が下りたのは、ソルドが一番現場に近い位置にいたためだろう。

 任務とはいえカオスレイダーでない相手と戦うのは抵抗があるものの、このまま悲劇が起こることを見過ごすわけにもいかなかった。

 決意を固めて地を蹴った彼は、曇天を切り裂く赤い流星となって飛翔した。






 広大な路上は、惨劇の場と化していた。

 あちらこちらで煙が噴き上がり、辺りを澱んだ空気で包んでいる。

 数台の車が横転したり、ガードレールに突っ込んだ様相は、玉突きかなにかの大事故を思わせる。

 しかし、実際は違う。この惨劇は偶然ではなく必然的に生み出されたものなのだ。


「ちぃっ!」


 肌をなぶる熱気の中、ボリスはハンドブラスターのトリガーを引く。

 鋭い槍を思わせる閃光が、目標を狙って飛んだ。

 しかしその相手は、次の瞬間には攻撃の軌道上からいなくなっている。

 何事もなかったかのように向けられたバイザーの不気味な光を目にしながら、彼は舌打ちしつつ声を張り上げた。


「各員、陣形を崩すなよ! なんとしてもVIPを守れ!!」

「無駄なことをする。お前たちの力で、どうにかなるとでも思っているのか?」


 警護対象を守るように扇状に展開している黒服の警護官たちを見渡し、アールグレイが冷たく告げる。

 地を蹴って猛然と迫ってきた彼に、黒服の一人がスタン・スティックを突き下ろす。

 だが、その一撃はわずかに逸らされ、カウンター気味に拳が炸裂した。


「ぐはあ!!」

「多少は反応速度が良いようだ。しかし、無駄なことだ」


 杭のような一撃をみぞおちに受けた黒服の身体が宙に浮き、一回転して地に叩き付けられる。

 すかさず倒れた男の両サイドにいた仲間たちが、アールグレイに攻撃する。

 一人は横薙ぎにレーザーカッターを一閃し、もう一人は足下を狙って鋭い蹴りを繰り出す。

 しかし、アールグレイは身体を捻りつつ跳び、その攻撃軌道の間に身を浮かせる。

 精密とも呼べる離れ業に驚愕する間もなく、隙を晒した男たちにあり得ない角度からの掌底と蹴りが叩き込まれた。

 鈍い音と共に二人は打ち倒され、無様に地を転がる。


「これで終わりかな? 特別保安局の諸君」


 あっという間に三人の男を叩きのめしたアールグレイは、挑発するように告げる。

 歯噛みをするボリスだが、ここで感情的になることは得策ではない。

 怒りと焦燥とを押し隠しつつ、彼は残された黒服たちに指示を下す。


「ここはプランEだ! お前ら……頼むぞ!」


 その言葉を聞いた男たちもまた感情を表さぬままに、行動を開始する。

 ボリスを含む三名の警護官が、三角形を描くように敵を取り囲む。その間に後衛にいた残り一名が警護対象の男を連れて、損傷の少なかった一台の車へと乗り込んだ。

 甲高い音と共にスピンターンした車が、その場を離れていく。


「あら……逃げるのかしら?」

「追え。ダージリン……ここは私が止めよう」

「気に入らないわね。まだ一人で楽しもうっていうの?」

「任務を忘れるな。我らの標的はこの男たちではない……引き離されると面倒だ」

「仕方ないわね……ひとつ貸しよ。アールグレイ」


 それまで黙って戦いを見ていたダージリンは嘆息したような素振りを見せると、凄まじい速度で駆け出す。

 走り去る車を追い始めた彼女に、ボリスはハンドブラスターを向ける。


「行かせるかよ!!」

「残念だが、あいつを止めさせるわけにはいかん」


 しかし次の瞬間、ボリスの手にしたブラスターは形を失っていた。

 恐るべき速度で間合いを詰めてきたアールグレイが、その握力で銃身を握り潰したのだ。

 驚愕するボリスの頬に、続けて掌底が炸裂する。

 大きく吹き飛ばされ、路上を転がった彼は血を吐きつつも、戦意の眼光と共に立ち上がった。


「ぐっ! こうなりゃ……」


 彼が右腕の包帯を取り始めると同時に、二人の男たちが袖口からなにかを投射した。

 それは鈍い光を放つワイヤーロープであった。

 鋼の縄が蛇のようにアールグレイの両腕に絡みつき、その動きを封じる。


「ほう……? 私を捕らえるつもりか?」

「違うな。お前を吹っ飛ばしてやるのさ」


 ボリスは答えつつ、義手の本体を晒す。

 低い唸りを上げながら、騎士の手甲のような腕が光を帯びる。


「それは、原子破砕砲か? なるほど。それがお前の……いや、お前たちの切り札というわけか」


 バイザーを輝かせながら、アールグレイは感心したように言う。

 どうやら動きを封じた自分を、跡形もなく消し去る算段のようだ。

 それは過剰防衛どころか明確な殺意を持つ凶悪な連携であったが、人間ではないアールグレイに対し、ためらうつもりはないということらしい。


「そうさ。ちなみにそのワイヤーロープは、象すら吊り下げる特殊鋼製だ。もう逃げられないぜ……仮面野郎」

「……笑わせる。これで私を倒せると、本気で思っているのか?」

「なにをっ!!」


 命乞いどころか、なおも挑発めいた言葉を吐いてくる敵に対し、ボリスは原子破砕砲の砲口を向けた。

 エネルギーラインに光が満ち、発射態勢が整う。

 しかし、破壊の閃光が放たれようとした瞬間、アールグレイはロープを握り締め、力を込めて引いた。

 踏ん張るように留まっていたはずの男たちがその場に引き倒され、彼らの手を引き裂いてすり抜けた鋼が宙に躍る。

 そのままブリッジするように上体を地に落とし、アールグレイは原子破砕砲の一撃を寸前で回避した。

 すべてを消し去る光を眼前に見つつも、バイザー奥の輝きは冷たいままだ。

 すかさず映像を逆再生するように身体を起こした彼は、鞭のようにしならせたロープを、固まっているボリスに叩き付ける。


「ぐわあぁあぁっ!!」

「ベッカー隊長!!」


 斬撃と呼べるほどに加速された打撃がボリスの体表を引き裂き、鮮血を撒き散らす。

 部下たちの悲痛な叫びの中、倒れた彼を一瞥し、アールグレイは再びワイヤーロープを振るった。

 風を切り裂き、鋭き鋼がボリス同様に男たちの身体を打ち据えていく。

 そのままズタズタに引き裂かれた残り二名の男たちも、絶叫と共に地に崩れ落ちた。


「ぐ……てめ、ぇ……」

「強靭過ぎたワイヤーロープが仇となったな……使う戦術は、もっと相手を見て選ぶことだ」


 横たわりつつも、いまだ意識を手放すことなく睨み付けてくるボリスに対し、アールグレイは悠然と歩み寄る。

 そのまま彼は、鈍い唸りを上げる義手を踏みつけた。

 耳障りの悪い音と共に、原子破砕砲を宿した腕が小爆発を起こして破壊される。


「うおあああぁあぁぁぁっっ!!」


 叫びを上げたボリスの胸板に、更なる踏みつけが叩き込まれる。

 あばらの折れる音と共に激しく血を吐いた男を見据え、仮面の強化兵は冷たく言い放つ。


「所詮は人の力など、この程度でしかない……少しは期待したが、残念だ」


 重傷を負い身動きの取れなくなった警護官たちを一瞥し、アールグレイは背を向けた。

 目元を覆うバイザーが歪に煌めくと同時に、最後の捨て台詞が放たれる。


「そこで無様に転がっているがいい。お前たちの警護対象とやらは、すぐに始末してやる……」


 血と煙の静寂の中、その声に反論できる者はすでにいなかった。


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