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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(6)策謀は胎動す


 様々な機器に囲まれ、低い音が常に響き渡るその空間は、老博士にとっての仕事場であり憩いの場でもあった。

 孤独の中、研究に没頭できる環境というのは彼にとって至高であり、それを乱す者は正直、邪魔者であった。

 しかし、己が力で手に入れたわけでもないその場所に、望まぬ来客がやってくるのは仕方のないことでもある。

 その日もモニターやスクリーンと睨めっこをしていたガイモン=ムラカミの下へ、一人の男が姿を見せた。


「……ご機嫌はいかがですか。ムラカミ博士」

「フン……お前か。そろそろ来る頃だと思っとったわ」


 その男――ダイゴ=オザキは普段あまり見せないうやうやしさをもって、老博士に挨拶する。

 対するガイモンも口調こそいつも通りだったが、手を止めて男に向き直った。


「……例の二人は、すでに?」

「うむ。次の襲撃のため、ベータに向かわせたわ」


 軽く辺りを見回して問い掛けてきたダイゴに、老博士は頷く。

 ただ、それは彼にしては珍しい態度であったと言うべきだろう。己の時間を失った苛立ちを見せるよりも、男との会話に意識を向けていたからである。


「私も記録を拝見しましたが、想像以上に優れた兵士に仕上がったようですね」

「あの程度の能力を発揮できんようでは困るわ……と言いたいところじゃが、やはりベースとなる人間の選定は重要じゃな。実用化の際には、そこがネックになるかもしれん」

()()()()()は、ある意味で僥倖だったということですか。あなたにとっても、私にとっても……」


 意味深に笑みを浮かべるダイゴに対し、ガイモンは小さく息をつく。


「……それで? こんな話をするために、わざわざ顔を出しに来たわけでもあるまい?」

「もちろんです。例のものの進捗がどうなっているか、気になりましてね……」

「ほぼ完了しておるわ。成長促進に関する不具合もなく、理想的に仕上がっておる。ま、仮に失敗したとしてもSPSの再生力を利用すれば解決できる問題じゃが……」


 どこか他人事のように語る老人に、男の表情はわずかに強張る。


「それでは困りますね。SPSの性能は認めますが、副作用と言わぬまでも、あの外見になってしまうのは……」

「まぁ、今回の目的を考えれば、そうじゃろうな」


 やはり態度を変えることもなく答えながら、ガイモンは視線を移す。

 立ち並ぶ培養槽の中に、まったく中の様子がわからない金属製のものが少し間を置いて、いくつか存在した。

 その内のひとつに稼働中を示す赤いランプが灯っている。


「あとは人格継承がうまくいくかどうかじゃな。今回の場合は特殊なケースになるゆえな……」

「それについては、心配しておりません。あなたの頭脳と熱意は高く評価していますので……」

「つまらん世辞を言いよる……」


 どこか確信めいたような言葉に老人の表情がわずか緩んだものの、次の瞬間、その瞳には猛禽のような光が宿っている。

 それは明らかに憎悪の込められたものであった。


「まぁ、任せておけ。わしもあの小僧には、さっさと消えてもらいたいでな……」

「……ええ。期待しておりますよ」


 その様子を一瞥してほくそ笑むと、ダイゴは踵を返すのだった。






 巨大な半球状ドームの向こうに見える星の光が、冷たく降り注いでいる。

 硬質な大地には無数の光が動き、さながら光の渦を作り出しているように見える。

 ほぼ人工物で構成されたエリア・セレストの夜は、どこか温かみを感じられない雰囲気を持っていた。

 地上に散らばる数多の光が人々の生の証であることは事実だが、フェオドラはどこか別世界のもののようにその光景を眺めていた。


「お姉さん、こんばんは」


 そんな彼女の後ろから、声が掛けられる。

 耳障りの良いソプラノの美声は、聞く者の警戒心を解くような響きを持っている。

 冷たい空気に肌を嬲られる中、フェオドラはゆっくりと振り向いた。


「こんなところで、こんな時間に子供がなにをしているの? 早く家に帰りなさい」


 そこにいたのは、茶の髪に鳶色の瞳を持つ小柄な少女だった。ただ、その格好はビジネススーツであり、どこか不似合いにも映る。

 特に驚いた様子もなく諭すフェオドラに、声の主である彼女はウインクを返す。


「わたし、子供じゃないですよぉ。知ってます? 人間は偽装と虚偽と偽善に他ならないって……」

「自分自身においても、また他人に対しても……ね? なるほど。見た目に騙されちゃいけないっていうのは、このことかしら?【無垢な堕天使】さん?」

「……その呼び方、背筋が痒くなるんですよね。【エウプロシュネ】さん」

「それは奇遇ね。私もその呼び方で呼ばれるのは、あまり好きじゃないの」


 申し合わせたかのようなやり取りを交わしたあと、二人の女は互いに微笑を浮かべる。


「私はフェオドラ……CKO特殊任務遂行機関【オリンポス】所属の支援捜査官、フェオドラ=エメリンよ」

「わたしはCKO情報統制局諜報部【アマランサス】所属のエージェントで、アンジェラ=ハーケンって言います。アンジェでいいですよ」


 名乗り合う中で、周囲に吹く風が少し冷たさを増した気がした。

 共に人には聞かせられない裏の顔を持ち合わせるがゆえに、両者の間の空気はやや張り詰めている。


「聞いたところじゃ、結構長くSSSに潜り込んでいるようね?」

「そこまで長くはないですね。二年くらいですか」

「充分過ぎるほどだわ。それじゃ、内情には詳しいのかしら?」

「まぁ、それなりにはってとこですかねぇ……」


 髪を指で弄びながら、アンジェラは真意の読めない返答をする。

 どう見ても自分より年下に見える彼女だが、一筋縄ではいかない相手であることをフェオドラは感じ取っていた。


「では、あなたの知っている情報を聞かせてもらえるかしら? 特に最近……」

「あ~、ちょっと待って下さい」


 ひとます話を進めようとしたフェオドラを、アンジェラが制す。

 その表情は、あどけない顔立ちに似合わぬ毅然としたものだ。


「協力要請の話は聞いてますけど、情報を教えるとは言ってないですよ? 一応、こっちも結構なリスクを負って潜り込んでるんで……命令とはいえ他組織の人間に、簡単に情報を明け渡すほどお人好しじゃないですね」


 そこには自身と所属している組織とのプライドとが垣間見える。

 オリンポスがCKOの最上位機関に当たる以上、その要請を断る権利は基本的にないのだが、言われるがままというわけでもないらしい。

 もっとも、それは当然のことだろうとフェオドラも思う。


「確かに一理あるわ。じゃあ、あなたは見返りとして、私になにを求めるのかしら?」

「そうですねぇ……フェオドラさんが、わたしに協力してくれれば問題ないんじゃないかと」

「協力ね……具体的には?」

「フェオドラさんって、凄腕のハッカーだったんですよね? わたしはその手の手法に疎いんで……」


 笑顔でさらっと秘匿されたはずの経歴を語るアンジェラに、フェオドラは苦笑を隠せない。

 一筋縄でいかない相手という直感は、やはり間違っていなかったようだ。


「なるほど……情報を渡す代わりに、私の技能を利用したいということね?」

「はい。話が早くて、助かります」

「いいわ……そのほうが、こっちも気が引けなくて済むもの。どうせSSSを調べるという点では一緒なんだしね」

「交渉成立ですね。では、これからよろしくお願いします」


 少女のようなエージェントは、そこで手を差し出してくる。

 フェオドラがその手を握り締めたところで、彼女は言葉を続けてきた。


「そういえば遮ってしまいましたが、先程はなにを言いかけたんです?」

「ああ……ここ最近、世間を騒がせている要人襲撃事件の話」


 恐らくは想像していなかった内容だったのか、そこでアンジェラは小首を傾げる。


「あれですか。知ってますけど、それがなにか?」

「以前、セレストの採掘プラントを襲撃したSSS派遣部隊のことは知ってるでしょう?」

「あの気味の悪い緑色の兵士ですね」

「あれと同じ技術……SPS細胞が、例の事件の襲撃者にも使われていたらしいの」

「へぇ……それは初耳ですね。割と貴重な情報じゃないですか?」


 わずかに目を見開いた彼女に対し、フェオドラは小さく息をついた。

 今の内容はシュメイスから聞いたばかりの情報だが、別にオリンポスが独占するほどのものでもない。

 単純に自分たちの情報の入手タイミングが早かったというだけのことだろう。


「あなたに協力を要請する以上、このくらいの手土産は用意していたわ……無駄にならなかったようで、なによりね」

「なるほどなるほど。それならこちらも少し誠意を見せないといけないですね……」


 大仰に頷きながら、アンジェラは笑みを見せる。

 その演技めいた動作は、どこまでも彼女の真意を掴ませない。


「実は今、SSSでは新たな派遣兵士の育成計画が進んでるらしいです」

「新たな派遣兵士?」

「はい。新しく参与になったダイゴ=オザキという男の主導で、【宵の明星】との度重なる交渉が行われてます。詳しい内容までは掴めてませんけど、交渉を優位に運ぶためのプレゼンテーションは順調に成功を収めていると……」

「交渉を優位に運ぶためのプレゼン……ね」


 先のセレストでの騒動が、フェオドラの頭をよぎる。

 オリンポスの調査であれがSPS兵のプレゼンであったことは判明しているが、アンジェラが口にした内容は、それとは別であるようだ。


「フェオドラさんの言ったことが事実なら、今回の要人襲撃事件がそのプレゼンに当たる可能性は高いですね」

「なるほど……じゃあまずは、その調査から始めてみましょうか」


 静かな緊張感の中、二人の女は神妙な面持ちで頷き合うのだった。


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