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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(4)仮面の下の殺意


 広い室内に、低い駆動音が響いている。

 立ち並ぶ計器が重なり合う色の光を放つ中、ふたつの強化クリスタル製培養槽に、大量の泡が生まれている。

 手前には頭頂部の禿げ上がった白髪交じりの男が陣取り、彼の背後には二人の人間が培養槽をわずか見上げるような様子で立っていた。

 SSS代表のイーゲル=ライオットと、その秘書フェリアである。


「さすがはムラカミ博士……まさかこれほど早く、例の兵士を作り上げるとは思ってませんでした」

「フン……基礎理論はとっくに出来上がっておったからな」


 感嘆したようなイーゲルの言葉を受け、老博士ガイモン=ムラカミは背を向けたまま、鼻を鳴らす。


「被験体確保や設備面での問題もない以上、製造にさほどの時間は必要なかったということじゃ。問題があったのは、貴様の好きな資金の面だけだったのでな」

「しかし、要人襲撃任務をこうも容易く成し遂げるとは……恐ろしい能力ですね」

「だから言ったじゃろう。既存のサイボーグなどより、遥かに高性能だとな……」


 嫌味を遮るように発したフェリアの言葉にも、彼は普段と変わらぬぞんざいな口調で続ける。

 ただ、そこにわずか得意げな様子も垣間見えたのは、研究成果を褒められて悪い気はしなかったというところだろうか。

 ピアノを弾くかのようにコンソールを叩いたガイモンは、わずか視線を上げてカプセルを見やる。


「さて、調整終了じゃ。とりあえず、挨拶でもさせるか?」


 培養槽内の泡が消え、緑色の溶液が音を立てて排液される。

 やがて前面部がドアのように開き、中から異形の人型が床に降り立った。

 全身が緑色に染まった裸身の男女だが、その頭部のみ金属製の仮面に覆われている。

 バイザーのようになった目元に赤い光が灯り、それが双眼となってイーゲルたちを見つめた。


「……初めまして。私は【SSSX-01 アールグレイ】と申します」

「私は【SSSX-02 ダージリン】……以後、お見知りおきを」


 感情を感じさせない声で名乗った二人を緊張気味に見つめ、フェリアがガイモンに問い掛ける。


「……アールグレイにダージリン? 博士、その名前には、なにか意味があるのですか?」

「いわゆるコードネームじゃが……まぁ、特に意味があるわけではないな」

「血生臭い兵士には、ずいぶんと似合わない名前ですね」


 どこかとぼけたようにも聞こえる老人の答えに、今度はイーゲルが鼻を鳴らす。


「それになんともチグハグな姿だ。そのロボットのような仮面は取れないんですか? 顔を隠したまま名乗るのも無粋でしょう?」

「……前に言わんかったか? 脳を侵食から守るために金属製骨格で覆うのだと。いわばこれが、こ奴らの素顔よ。そもそも名前や見た目など、どうでも良かろうが。重要なのは性能なんじゃからな」


 ガイモンは、少し苛立ちを覗かせた。

 それは普段通りの彼の姿と言えたが、どこか焦りめいた感情が見えなくもない。


「……まぁ、いいでしょう。ひとまず次の襲撃依頼が【宵の明星】から来ています。それもこの二名にお願いしたいところですね」


 わずかに嘆息しつつ、イーゲルはフェリアに目配せする。

 それを受け、赤毛の秘書は手にしたタブレット型端末を操作した。

 中空に投影されたスクリーンに、一人の男の姿と、それに付随した様々なデータが表示される。

 ガイモンの視線と合わせるように、彼の背後から無機質な輝きがそのデータを見つめていた。


「今回のターゲットは少し手強いかもしれません。ここ数日の襲撃を警戒してか、護衛に特別保安局が就いたようですので……」


 フェリアは補足するように言う。

 CKO特別保安局【エクレール】は要人警護のスペシャリストとして、高い任務達成率を誇る組織だ。連携を重視した警護の手腕は、広く内外に知られている。

 ジェラルド=バウアー襲撃事件においても献身的な仕事ぶりを見せ、政府関係者からも高い評価を受けていた。


「相手がなんであろうと、こ奴らの前では有象無象に過ぎん……つまらん杞憂など不要というものじゃ」


 ただ、ガイモンは特に気にした様子も見せない。

 二人の強化兵を一瞥して放った言葉は、揺るぎない自信に満ちていた。


「そうあって欲しいものです。期待してますよ」


 イーゲルはそんな彼らに不敵な笑みを残すと、フェリアを伴って部屋をあとにする。

 スライドドアの閉じたのち、冷たい静寂が室内を満たした。



「……あれが、イーゲル=ライオット?」



 やがてその静けさを破るように声を発したのは、強化兵士の女性――ダージリンである。

 その口調は先ほどの機械的なものから一転し、憮然とした人間臭い感情に満ちていた。


「つまらない男……少しは期待したのだけど、殺すのも楽しくなさそうね」

「所詮は小僧じゃ……小賢しい頭だけは回るがな」


 その言葉に同意しつつ、ガイモンはもう一人の男――アールグレイを見やる。

 老人の目は研究成果である物を見る目から、対等な人間を見る目へと変化していた。

 強化兵士の男のバイザーが光を消すと同時に、野太く低い声が放たれる。


「……確かに、経営手腕は優れていたようだ。SSSという会社をここまで大きくした功績は認めるべきだろう」


 その口調はダージリン同様に人間らしいものであったが、冷徹な雰囲気は変わらない。


「だが、危機意識が乏しく、詰めの甘いところは変わらずだ……やはり大物になれる器ではない」


 まるでイーゲルという男を知り尽くしたかのように、アールグレイは語る。

 一定の評価を持ちつつも、彼の態度もまたガイモン同様の侮蔑に満ちていた。

 自らの手を強く握り締め、男は殺意を迸らせる。


「それが命取りとなることも知らずにな……」


 憎悪が渦となって、その場の雰囲気を呑み込む。

 そんな男を見つめながら、ガイモンとダージリンはわずかに頷くのだった。






 青色灯の灯る通路を、イーゲルたちは進む。

 実務的なやり取りを少し交わしつつ、彼らは地上階へと向かうエレベーターの前へと辿り着く。

 階数灯が点滅しながら移動し、やがて目の前のドアが開いた時、二人はそこに鋭い目をした男の姿を認めた。


「イーゲルか」

「おお、ダイゴ……戻ったのか。どうだった?【宵の明星】側の反応は?」


 その男――ダイゴ=オザキに対し、イーゲルは問い掛ける。

 いつになく高揚した様子を見せる旧友に対し、ダイゴは頷いてみせた。


「想像以上ではあったな。プレゼンとしては大成功だったと言えるだろう」

「そうか。では、例の交渉もうまく進みそうか?」

「うむ……このままいけば、量産化における資金面での問題も、ある程度は解決できるはずだ」

「ならば、次の襲撃を成功させるかが鍵になりそうだな」

「そういうことになる……」


 饒舌に語るイーゲルと対照的に、彼の表情は変化しない。

 風のない水面を思わせる落ち着きの下に、どのような感情が潜んでいるのかを窺い知ることはできない。


「しかし、こうも早く事が進むとは思っていなかった。まさにSPS細胞さまさまと言ったところだな」

「……確かにな。しかし、それを有効に活用したのはムラカミ博士の力によるものだ」

「そうだな。荒唐無稽な研究をするだけの老人かと思えば、なかなか良い仕事もしてくれるものだ」


 ただ、今のイーゲルにとって、相手の態度などお構いなしである。

 己が思うままに事が運んでいる現実は、その真逆の場合と同様に人の平静さを失わせるものだ。

 それを見咎めたわけではないのだろうが、彼の斜め後ろにいたフェリアがおずおずと口を挟む。


「すみません。代表、そろそろ次の予定が……」

「ああ……そうか。すまなかった。では、ダイゴ……またのちほど」


 公私ともに信頼する赤毛の秘書の言葉を受け、イーゲルはエレベーターに乗り込む。

 ドアの閉じる瞬間、わずかに頭を下げたフェリアの姿が、ダイゴの目には映っていた。


「荒唐無稽か……確かに傍からは、そう見えたかもしれんが……」


 一人取り残された形での静寂の中、ダイゴはつぶやく。

 思いを馳せるような男の目には、いつもの紅い輝きは見られない。


「アイダス=キルトも、そしてムラカミ博士も……そうは考えていなかった。可能性を肯定するも否定するも、すべては人次第……」


 独り言のようなその言葉は、自分に言い聞かせているようにも見える。

 ここにダイゴ=オザキという人間を知る者がいたら、意外に感じたことだろう。

 ただ、それも一時のことであり、すぐに男の口元には歪な笑みが浮かび上がる。


「イーゲルよ……その狭量さが、お前を滅ぼすことになるのだぞ……」


 そして最後の一言と共に、黒き殺意が冷たい空間へと解き放たれた。


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